第33話 新人戦⑧

 エミリアは"王に捧げし必中の弓"を解除すると、膝をついた状態のアルフレッドに近づき、手を差し伸べました。


「ほら、立てる?」

「エミリアさん? ……あ! た、立てるであります!」


 差し出された手とエミリアの顔を交互に何度か見ていたアルフレッドでしたが、自分を起こす為だと気づいたのでしょう、"八腕に連なる悪魔"を解除すると、返事をしつつ手を取って立ち上がります。

 立ち上がる際に顔をしかめたのは、足の甲に出来た傷の痛みか、それとも肩の痛みでしょうか。


「ごめんね。威力は調整したつもりだったんだけど、痛かったでしょ?」


 試合だったとはいえ、傷つけてしまったことに罪悪感があるのか、エミリアが申し訳なさそうな顔をして、アルフレッドに謝りました。

 謝られたアルフレッドの方はというと、一瞬目を見開きましたが、直ぐに頭を勢いよく左右に振って、否定するような仕草をします。

 

「い、痛くなどないであります! それに、謝らないでほしいであります。全て自分が弱かったせいであります! 出来る事なら勝ちたかったでありますが、試合を続けても全て破壊される未来しか見えなかったのであります……」

「仕方ないわ。異能には相性があるもの。貴方の異能は強力だと思うけど、私の異能とは相性が悪すぎた。それだけのことよ」

「うっ……」


 中々手厳しい言葉ですが、事実として相性が悪すぎましたから、仕方ないと言えば仕方ありません。

 まぁ、アルフレッドでなくともエミリアの異能を防ぐ、もしくは対抗出来る異能はかなり限られるとは思いますが。

 項垂うなだれているアルフレッドにエミリアが声を掛けます。


「……私に勝つことは出来なかったけど、貴方の異能には驚かされたわ」

「で、ではお友達から――」

「あ、それは無理」

「そ、そんな……」


 エミリアの言葉を聞いたアルフレッドは、悲劇を一人で背負ったような深く沈んだ顔色になっていました。

 理想の女性と言っていた相手から無理と拒絶されては、あの落ち込みようも致し方ないのかもしれません。

 エミリアは振り向くと、私達の方へと歩き出しましたが途中で立ち止まり、アルフレッドの方へと顔を向けます。


「――次」

「え?」

「次に戦う機会があったとして、その時に貴方が私に勝てたなら考えてあげる」

「ほ、本当でありますか!?」

「ええ。でも大変よ? もう一度私と戦おうと思ったら学園対抗戦で戦うしかない。つまり、私もだけど貴方も代表に選ばれる必要があるということ」

「……なってみせるであります」


 落ち込んでいたアルフレッドが頭を上げ、真っ直ぐエミリアを見つめていました。

 瞳には力強い意志が宿っているように見えます。

 

「そう。再戦を楽しみにしてるわ、アルフレッド・・・・・・君」

「はい! 自分もであります!」


 エミリアも人をやる気にさせるのが上手ですね。

 希望を残してあげているというのは、彼女なりの優しさでしょうか?

 それとも多少なりとも気になるところでもあったということでしょうか?

 まあ、二人ともまだ一年生の身ですから、今年の代表に選ばれるのは難しいでしょうが、そこはフィナールクラスの魔力量を持つ二人。

 いずれ選ばれ、再戦を果たす機会も訪れるでしょう。


「お疲れ様でした、エミリアさん。お見事な勝利です」

「そうね、完勝じゃない。おめでとう」

「流石俺の妹だ。余裕だったな!」

「皆、有難う。後、兄さんウザイ」

「兄への対応が酷い!?」


 ガウェインに辛辣な言葉を投げかけるあたり、いつものエミリアのようです。

 

「エミリアもやるじゃない。理想の女性だなんて、そうそう言われることじゃないわよ」

「うっ……」

「そうだった! アルフレッドだけじゃなく、確かマーシャルも気になっていたと言っていたな。二人とも俺の異能で――」

「止めなさい!」

「あいたっ!」


 エミリアは試合開始前と同様に、つま先でガウェインの脛を思い切り蹴り上げました。


「いい、兄さん? これは私の問題なの。いつまでも小さな子供じゃないんだから、自分の事は自分でやれるわ。恋愛絡みなら尚更ね。それに、私的な異能の使用は厳禁でしょ?」

「ぐぬぬ」

「諦めなさい、ガウェイン君。エミリアさんの言っていることは正しい」

「師匠……」


 今にも泣き出しそうな顔で私を見てくるガウェインの肩にポンと手を置くと、柔らかな笑みを浮かべます。


「貴方はお兄さんなのですから、彼女が本当に困っている時に手を差し伸べてあげれば良いではありませんか? エミリアさんだって、本当に困っていたらガウェイン君を頼りますよね? 何と言っても大切な・・・お兄さんなのですから」


 "大切な"の部分を強調して告げると、エミリアは私の意図を察してくれたようで、頷いてくれました。


「勿論。その時は必ず兄さんを頼るからお願いね」

「! あぁ、任せておけ! アーッハッハ!」

「チョロいですね」

「チョロいわね」

「チョロい兄さんだわ」


 見事にハモった私達三人はガウェインに気付かれぬよう、溜め息を吐くのでした。


 次に聖ルゴス学院と聖エポナ女学院の試合が行われましたが、またもや聖ルゴス学院が二勝する結果となりました。

 ミネルヴァもユーノも善戦したのですが、一歩及ばず。

 ただ、昨日の試合を観戦した時にも感じた事ですが、聖ルゴス学院の二人が力を出し切っていないように見え・・ました。

 入学して僅か一ヶ月ほどで、それほど実力に違いが生じるとも思えないのですが、気のせいでしょうか?

 いえ、こういう時の直感はよく当たります。

 明日の対戦では私とリーゼロッテが試合に臨むのですから、注意しておくべきでしょう。





 二日目の日程も無事に終わり、深夜。

 ふと、目が覚めた私は外の空気を吸うべく、寮を出ます。


 五月の夜は、真夜中だと流石に肌寒く、薄手の黒いカーディガンを羽織りました。

 木々に囲まれた学園ですが、真っ暗かというとそのような事はなく、空を見上げれば巨大な赤い満月が、明瞭な光をきっぱりと地上に送っています。

 散歩をするにはちょうどいい明るさですね。

 直ぐに自室へ戻らずブラブラと歩き続けていると、不意に人の気配を感じました。

 

 まさか、この前のような侵入者? と最初は考えたのですが、直ぐにその考えを打ち消します。

 先月の侵入者の一件から学園は、学園の半径五キロメートル圏内に監視システムを設置したと聞きました。

 シュヴァルツの話を信じるならば、それこそネズミ一匹たりとも侵入を許さない程の監視網だとか。


 少なくとも侵入者ではないことに安堵しつつ、私は足音を消して気配のする方向へ歩みを進めます。

 花の園の奥まった部分。

 寮からも学園からも離れた、人気のない場所にはいました。

 彼は確か……聖ルゴス学院のオスカー?

 一人で一体何をしているのでしょうか?

 私にはまだ気付いていない様子なので、もう少し近づいてみましょう。


「……ああ、分かっている。対象者……」


 オスカーの周りには誰も居らず、空中に向かって独り言のように喋っています。

 何やら不穏な言葉が聞こえましたね。

 ‘対象者’とは誰のことでしょうか。


「大丈夫だ。……最終……仕掛け……」


 くっ、ここからでは全ての声を拾うことが出来ません。

 ですが、これ以上近づけばオスカーに気づかれてしまう可能性があります。

 もどかしいですね。

 近づけば気づかれるし、近づかなければ聞こえません。

 私の直感が怪しいと告げています。

 仕方ありません。

 ここは危険があろうと、もう少し近づいて――。


「あれ~? そこにいるのはイケメン君じゃん。な~にをしてるのかなぁ~?」

「――!?」


 いつの間に!?

 後ろから不意に声をかけられた私は、振り返ると同時に相手の後ろに回り込み、相手の身体を拘束します。

 ん? 右手に伝わる柔らかい感触は一体?


「や~んっ。いきなり掴むなんて、意外と肉食系~?」

「え?」


 拘束した相手を見ると、聖ルゴス学院のリビエラでした。

 私の左手は彼女の左手を、そして右手は胸を掴んでいるように見えます。

 ええ、そうです。

 誰が見ても、私が乱暴をしているようにしか見えません。

 ですが、掴まれたリビエラはというと嫌そうな素振りは見せず、むしろ密着してきました。


「こう見えて私~、軽くないんだけどぉ。君だったらいいかな~」


 そう言ってスッと瞳を閉じるリビエラ。

 何がいいのかは分かりませんが、私は拘束を解除――せずに、彼女を優しく抱き上げると、音を立てぬようにその場を走り去ります。

 騒がしくなれば、オスカーに気づかれてしまいますからね。

 本当は何を話しているのかもう少し聞きたいところでしたが、仕方ありません。

 花の園を抜けた辺りで、立ち止まるとリビエラをゆっくりと下ろすと、彼女から一歩離れます。

 そして――。


「申し訳ございません。散歩をしていたのですが、急に後ろから話しかけられたものですから、驚いて咄嗟に拘束してしまいました」


 折り目正しく礼をしながら謝罪の言葉を述べました。

 彼女からしてみれば、よく知りもしない異性から抱きつかれた格好となったわけです。

 謝るのは当然と言えるでしょう。


「な~んだ、残念~」

「は?」

「ん~ん、こっちの話だから気にしないで~。私は別に気にしてないからいいよぉ。許してあげる~」


 リビエラは息遣いが感じるほど近づくと、笑みを浮かべながら謝罪を受け入れてくれました。


「有難うございます。リビエラさんも散歩をされていたのですか?」

「ん? ん~、そんな感じかな~」

「そう、ですか」


 ――ほんの一瞬。

 リビエラの笑みを浮かべている瞳の奥が揺らいだような気がしました。

 ですが、今回に関して非があるのは私の方なのです。

 これ以上の問いかけはしない方がよいでしょう。


「夜も更けてきました。月明かり以外は灯りもなく、足元も見えづらいでしょう。お送りしますよ」

「本当~? じゃあ、お言葉に甘えて送ってもらっちゃおうかな~」

「ええ。ですが、リビエラさん」

「ん~? なぁに?」

「何故、私の腕に抱きつかれているのでしょうか?」

「ふふ~ん、気にしない気にしな~い。ほら~、送ってくれるんでしょう~?」


 ニコニコと柔和な笑みを浮かべるリビエラ。

 ほぼ初対面の、しかも罪悪感を抱えた状態では離れなさいとも言えず、私はリビエラに抱きつかれたまま送り届けるのでした。

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