第36話 新人戦⑪
「『――――
最も早く攻撃に移ったのはオスカーでした。
異能を発現させたオスカーの両手には、白く光り輝く一本の見事な槍らしき武器が握られています。
形状は普通の槍と違い、切っ先が五本あり、昔の漁師が使用するような銛に似ていました。
二メートル以上はあろうかという大振りの槍。
オスカーはその槍を構え、身を深く沈めました。
――アレはいけませんね。
瞬時に判断した私は、対抗するべく自らの異能を発現させます。
「『――――英雄達の幻燈投影!』」
"正統なる王者の剣"と"雷を切り裂く剣"を握りしめた私は、オスカーに向かって地を蹴ろうとしますが――。
「フッ!」
私に向かって槍を突き出すオスカー。
すると、五つの切っ先は光線となって飛翔を始め、私に向かってきています。
「ハァッ!」
私は両手の剣を振り抜き、向かってくる光線を斬り付けました。
激しい火花が、その度ごとに飛び散ります。
昨日までの試合で槍を出して攻撃しているところは見ていましたが、この攻撃は初めてですねッ。
やはり力を隠していましたか。
「ハハハッ。さすが世界最高の魔力の持ち主だ。愉しませてくれますね!」
そう言った瞬間――。
光線に気を取られていた私の直ぐ傍まで接近していたオスカーは、両手に握られた長大な槍で攻撃してきました。
まさに完璧なタイミング。
後ろにも横にも回避する事は難しそうです。
横も後ろも無理なら残った手は一つしかありません。
前傾姿勢を取り地を蹴ると、私はあえてオスカーの懐に飛び込みました。
「なッ……」
まさか私が突っ込んでくるとは思わなかったのでしょう。
オスカーの顔は目を大きく開き、驚愕に包まれていました。
こちらに伸びてくる槍を二つの剣で逸らし掻い潜ると、右足でオスカーの腹を蹴りました。
そのまま左足で肩を蹴り、宙を一回転して距離を稼ぎます。
「ぐッ……!? 回避が無理と判断して直ぐに攻撃を、しかも敵に向かってくるというその決断の早さ。フフ、本当に噂とはあてにならないものです」
「私も驚きましたよ。槍の切っ先が飛んでくるとは思いもしませんでしたからね」
「貴方と対戦するのは分かっていましたからね。周りがもたらす噂ほど僕は貴方を過小評価していません。であるならば、警戒しておくのは当然です」
そう言いながら槍を構え直すオスカー。
いつの間にか槍の切っ先は元の形に戻っていました。
一度攻撃して終了、というはずもありませんか。
「さて……第二擊、行きますよ」
まず、初撃は五つの光線。
先ほどよりも一段階早くなった連続攻撃を、それこそ紙一重で迎撃します。
「お見事! だが、これはどうでしょう」
ほぼ全く同時に、上から槍が振り下ろされました。
タイミングには呆れるほど隙がなく、これを一人で行っているのですから見事というしかありません。
「くッ――」
何とかふた振りの剣で防ぎましたが、重い衝撃が足の先にまで響き渡りました。
剣と槍。
普通に考えればこちらの方が小回りも利くはずですし、剣の効果で私の身体能力も向上しているはず。
にもかかわらず、今のように矢継ぎ早で攻められるという事は、あの槍にも似たような効果があると考えるべきでしょうか?
結果、私は防戦一方になってしまっています。
致命傷は受けていませんが、槍の打撃により体のあちこちが痛みで悲鳴をあげています。
「どうしました? この程度ですか? であるならば僕に勝つことなど出来ませんよ?」
オスカーは余裕さえ覗わせる表情をしています。
確かにこの状況を打破するには――何か一つ、相手の予想を上回る攻撃をする必要がありますね。
今見せてしまうと後々困るのですが、負けるわけにはいきません。
勝利を捧げると約束しましたしね。
私は覚悟を決めるとオスカーを見据え、剣を握り締めたままの両手を広げて声を張り上げます。
「『――――英雄達の幻燈投影!』」
直後、オスカーを取り囲む檻のように炎のカーテンが現れ、幾重にも壁をはためかせて揺らいでいました。
「これは……リーゼロッテ様の『灼熱世界』!?」
驚きの声を上げるのはオスカーだけではありません。
有り得ない光景を目にした観戦者もざわついていましたが、今は後です。
私は瞬時に間を詰め、"灼熱世界"の中にいるオスカー目掛けて"雷を切り裂く剣"を投射しました。
「――――ッ!?」
オスカーは槍を振り下ろし、迫る鋭剣の迎撃に成功します。
「まだですよっ」
「何ッ!?」
続けざまに私はもうひと振りの剣、"正統なる王者の剣"も思い切り投げつけました。
私が両方の武器を手放すとは思っていなかったのでしょう。
オスカーは再び驚きの声をあげます。
しかし、振り下ろした槍を今度は勢いよく振り上げて、二擊目も対処してみせました。
「お見事です。が、流石に体勢が崩れていますよ!」
「ば、馬鹿なッ……!」
"灼熱世界"を通り抜け、目の前に現れた私を見たオスカーの顔は目をこれでもかと見開いています。
ふう、私自身が発現した異能であれば同様の効果が得られるようですね。
試したことはありませんでしたが、火傷を負わなくて良かったです。
そのまま地面を滑るような低空から、オスカーが片手で持っていた槍を奪い取りつつ、かち上げるような蹴りを
そこへ追い打ちをかける右の拳。
まともに食らったオスカーは"灼熱世界"の範囲外まで吹き飛びました。
「ぐッ……まさか武器を投げつけるとは」
「……頑丈ですね。完璧に鳩尾と顎に入ったはずなのですが」
「我がバーンズ家は武を重んずる家なのでね。幼少より一通りの武術や訓練をしてきているのですよ……痛いことには変わりありませんがね」
ふらつきながらも立ち上がるオスカー。
その瞳はまだ死んでおらず、やる気に満ちていました。
流石にフィナールの一員だけあって一筋縄ではいきませんか。
私は警戒しつつ、奪い取った槍に目を向けます。
――おかしいですね。
私の"英雄達の幻燈投影"は、相手の異能に触れる事で、異能を構成している情報や想いを読み取り、自身の異能として再現します。
そのことも考えてオスカーから槍を奪い取ったのですが……。
いつもであれば起こるはずの感覚が一切ありません。
私が再現できない異能なのか、もしくは――。
「……どうしました、僕はまだ負けを認めていません。それとも――武器を持っていない相手に攻撃するのは主義に反しますか?」
「そういうわけでは――いえ、そうですね。貴方は武器を持っておらず、私は武器を持っている。奪い取られた方が悪いといえばそれまでですが、あくまでもこれは試合です。であるならば、この槍はこうしてしまいましょう」
「なッ――!?」
私はオスカーの槍を後方へ放り投げました。
次に発現させていた二本の剣を解除します。
異能を発現出来るようになってからというもの、ここ最近はずっと頼りきりでしたからね。
たまには肉体自身に頼る戦いというのも良いでしょう。
武器を手放した私を見たオスカーは、訳が分からないといった顔をしています。
「オスカーさん、貴方は魔力をそれなりに消費しているようですし、このまま異能の戦いになれば恐らく私が勝つでしょう。ですが、貴方の目は諦めていない。でしたら、ここは一つ、
「理解出来ませんね。有利な勝負を捨て、敢えて拳で勝負する理由が」
「なに、私は自分のモノであれ、他の誰かのモノであれ、意志を重んじる人間です。貴方が諦めることなく私に挑もうとする、その意志を尊重しているに過ぎません」
「ふっ……本当におかしな人だ。ですが、感謝します」
その場で折り目正しく一礼してくるオスカーに私は共感を覚えます。
やはり紳士としての素質がありますね。
機会があれば育ててみたいものです。
「では、お言葉に甘えましょう」
「はい。では――いきますよ」
同時に地面を蹴った私とオスカーは瞬く間に間合いが詰まりました。
オスカーの右手が持ち上がり、ストレートを繰り出してきます。
顎に向かって伸びる拳を、寸前で回避した私は、一歩踏み込むと肘をオスカーの腹へと打ち込みました。
そして、そのまま彼の襟を掴むと左の拳で下から上へと振り抜き、体勢が上を向いたところからの背負投げ。
「がッ!?」
地面に倒れ込んだオスカーに止めを刺すべく、顔面に靴を落とそうとしますが、すんでのところで首を捻って回避されました。
オスカーは地面を踏みつける形となった私の足を掴むと、思い切り引っ張って私を地面に倒します。
「うおおおおおぉッ!」
オスカーは両手で私の足を掴むと、何と振り回して放り投げました。
「かはッ……」
背中を強打して息が詰まります。
視界が白から黒に変わりますが、それは気のせいなどではなく――。
「――――ッ!」
反対に踏みつけられそうになった顔面への攻撃を身体を捻ることで躱し、直ぐに立ち上がります。
「ハァハァ……さすが、ですね」
「オスカーさんこそ……ですが」
「ええ。次で終わりです」
お互いに肩で息をするまでに消耗していましたが、何故か私もオスカーも顔には笑みが溢れていました。
「ふッ!」
猟犬のように迫るオスカーの姿は、獲物を前に牙を剥く様そのものでした。
今度は眉間に向かって打ち込まれるオスカーの右ストレート。
それを躱して――!?
オスカーは顔面に打ち込む寸前に右の拳と止めると、左の拳を私の側頭部目掛けて振り抜きました。
咄嗟に素早く片方の手で迎撃すると、ミシミシと嫌な音を立てています。
「なんだとッ――!?」
「これで、終わりです!」
私はカウンター気味の一撃を整った美形に放ちます。
相手の意識を完全に刈り取るべく、こめかみを陥没させる勢いで叩き込みました。
「がぁァッ――――ッ!?」
攻撃後の無防備な状態で顔面への一撃を食らったオスカーは、後方へ五メートルほど吹き飛び、大の字に倒れこむとそのまま動かなくなりました。
「試合終了なのです! 第二試合は聖ケテル学園、アデル君の勝利なのですっ」
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