第104話 エステルの誕生パーティー 後編
エステルの誕生パーティーに参加した貴族は数え切れないほど多く、会場用の広間は大変賑わっていました。
それもそのはず。
公王は公国に在籍している全ての貴族に招待状を送っていたのです。
公王の招待状とあっては断る者などいるはずもなく、多くは当主かそれに準ずる方がいらっしゃっているようです。
これだけの貴族が集まることはあまりないのか、あちこちで挨拶を始めています。
広間を見渡すとロートスの姿もありました。
隣には、ロートスよりも頭二つ分は背の高い男性が知り合いであろう貴族と談笑しています。
顔立ちが似ているところを察するに、恐らくロートスの父親なのでしょう。
考えは当たっていたようで、私に気づいたロートスが男性に声をかけたかと思うと、二人してこちらにやってきました。
「お目にかかるのは初めてですね。私はカール・フォン・ノイマンと言います」
「初めまして。ディクセン・フォン・ヴァインベルガーの息子でアデルと申します。後ろにおりますのは弟のミシェルと妹のマリーです」
親子ほどの年の差があるにもかかわらず、丁寧な言葉で話しかけてきたカールに、私も失礼の無いように挨拶を返しました。
ミシェルとマリーも私に倣ってお辞儀をしています。
「ディクセン殿のご子息は礼儀がしっかりとしていらっしゃるようですね。それに比べて我が子は……先日の件も申し訳ない」
ちらっとロートスの方を見たカールは、顔をこちらに向きなおすと、軽くではありますが頭を下げてきました。
ロートスが一瞬にしてギョッとしたような表情になりました。
ロートスだけではありません。
私たちの会話を横目で見ていた周囲の貴族も、同じく目を見開いていました。
中には、広間にそぐわぬ素っ頓狂な声を出している貴族もいます。
「正式な書面でも謝罪していただきましたし、お気になさらないでください。きっとロートスくんにも考えがあってのことだったのでしょうし」
「そう言っていただけるとこちらとしても助かります。……さあ、ロートス」
カールに促されたロートスが一歩私達の前に出てきました。
少々むすっとした顔で、カールと私を順番に眺めてから、彼は諦めたようにゆっくりと頭を下げました。
「……この前は、いきなりすまなかった」
「気にしなくてもいいのですよ。ただ、今度来るときは事前に教えてくださいね」
「わ、分かっている!」
ロートスはそう言い返すと、直ぐにカールの隣りまで下がりました。
ふてくされる子供のように唇を尖らせるロートスに、カールはやれやれと言わんばかりに首を振りました。
「まったく……これで謝ったと言えるのかあやしいところではありますが、今日はエステル様の祝いの場です。いずれまた、機会を設けさせていただきたいのですが、構いませんか?」
「それは……いえ、承知しました。まだ学生の身ではありますが、機会があれば是非」
「ありがとう」
そう言ってカールはかすかな笑みを浮かべると、ロートスとともに別の貴族のもとへ行きました。
……思っていた印象とだいぶ違いますね。
犬猿の仲というぐらいですから、人の目がある場とはいえ、もう少し横柄な態度をとってくるのではないかと思っていたのですが。
ただ、底は見えない感じはしました。
終始、物腰は柔らかく丁寧なものでしたし、笑顔を向けていましたが、好意は最後まで感じられませんでした。
反対に、悪意や敵意といったものも感じることはなかったため、最後の言葉にどう答えるべきか迷ったのです。
多くの貴族の目と耳がある中だったので、差し障りのない返事をしましたが、早計だったかもしれません。
◇
エステルの誕生パーティーと、それに付随して発表されたミシェルとの婚約は、
概ね、というのは、一部の貴族から鋭い視線がミシェルに向けられていたからです。
敵意というほどではなく、どちらかといえば妬みのようなものに近いです。
何かしでかすような感じはありませんし、仮にそうなったとしても近くには近衛騎士もいます。
とりあえずは対象の顔だけ覚えておくことにしましょう。
リーゼロッテの顔色は開始からずっと悪いままでした。
何度も「大丈夫ですか」と声をかけたのですが、彼女は力のない笑みで「大丈夫よ」と繰り返すばかり。
大丈夫なようにはまるで見えません。
このあとにディシウス王国の使者との会談が控えているというのに……大丈夫でしょうか?
エステルの隣りでがちがちになりながらも笑みを浮かべるミシェルを遠目から眺めつつ、不安を感じていました。
◇
そして、公王とリーゼロッテ、そして私の三人は会談に臨みました。
ディクセンは私と一緒だと顔で分かってしまう可能性があるということで、同席していません。
ただし、何かあればすぐ駆けつけられるように近くで待機しています。
応接室で待っていた人物を見たとき、「おや?」と思いました。
どこかで見たことのある顔だったからです。
澄み切った青空を連想させる美しい
青を基調とした軍服にはところどころ金の刺繍が施されており、肩当てにはライオンと思われる紋章が象られています。
使者というにはあまりにも整った顔立ちをした使者に呆気にとられている私たちをよそに、目の前の使者はスッと立ち上がると柔和な笑みを浮かべました。
「突然の訪問で申し訳ございません。私の名前はアルバート・ダグラスと申します」
……似ています。
"
「いや、こちらこそお待たせして申し訳ない。ユリウス・フォン・レーベンハイトだ」
「リーゼロッテ・フォン・レーベンハイトでございます」
公王とリーゼロッテが腰を下ろしたのを確認してから、アルバートも座りました。
後ろに立つ私を一度だけ見ましたが、特に何も言うこともなく、彼は視線を公王たちに戻しました。
「いやはや、驚きました。噂にはお聞きしていましたが、リーゼロッテ様がこれほどお美しい方でいらっしゃるとは……。ギルバート様が心を奪われたのも頷けるというものです」
第二王子の名前はギルバートというようですね。
ですが、第二王子が直接リーゼロッテと会ったことはないはず。
いったいどこで……?
「リーゼロッテ様は現在、どなたとも婚約をされていないとお聞きしております。是非、一度ギルバート様とお会いしていただけないかと。正式な書状はこちらでございます」
アルバートが懐から一枚の書状を出しました。
書状に目を通した公王の手がぶるぶると震えています。
「こ、この書状に書いてあることに間違いないのか?」
「私は書状の内容を知らされておりません。ですが、それはギルバート様が直接書かれたものでございます。であるならば、全て真実かと」
二人の後ろに控えている以上、公王がどのような表情をしているかは分かりません。
しかし、何度も書状とアルバートを見返すほどです。
よほど重要な内容が書かれているのでしょう。
「……お父様。どのようなことが書かれているのですか?」
リーゼロッテが公王に問いかけると、公王はアルバートの顔を見ました。
「リーゼロッテ様に関わることなのです。問題ないかと」
公王は「それもそうだな」と言って、書状からリーゼロッテに視線を移しました。
「いいか、よく聞くんだ。これにはリーゼロッテとの面談希望日と、もう一つ、重大なことが記されている」
公王は緊張しているのか、いったん息を吐くと、トーンを押し殺したものに変え、言葉を続けました。
「もしリーゼロッテと婚約できるのであれば、レーベンハイト公国に婿入りしても構わないだそうだ」
「なっ!?」
驚きすぎて心臓が止まりそうになりました。
さきほど、公王自身がその可能性もありうると言っていましたが、会う前にそのような表明をしてくるとは……。
「今までは年に一度の使者による交流しかありませんでしたが、これは両国の新たな架け橋となる、素晴らしい縁談でございましょう」
アルバートはそう言って笑みを深めました。
「う、うむ。そうだな。だが、まずはギルバート王子と会ってみないことには話は決めることはできない。すまないが、日取りについては使者を通じて後日、返事をさせていただきたい」
「承知しました。ギルバート様にもそのようにお伝え致します。本日はお目通りいただき、誠にありがとうございました」
こうして、アルバートとの会談は終わりました。
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