第103話 エステルの誕生パーティー 中編

「あの、エステル様は僕との婚約についてどうお考えなのですか?」


 ミシェルは絞り出すような声で公王に問いかけました。

 もっともな質問です。


 この世界では、王族や貴族の婚約は親同士が決めることが多いと聞きます。

 一番の理由としては、いつか起こると預言されている"災厄"に備えるべく、異能の血統を絶やさぬためだそうです。

 

 昔、ある貴族の男性と異能を発現できない一般女性が恋に落ち、周囲の反対を押し切って結婚したそうなのですが、二人のあいだに産まれた子どもの一人は、異能を発現することができなかったとか。

 

 そのことを知り、異能の血を絶やすことを恐れた王族や貴族たちは異能を発現できる者同士、つまりは王族や貴族以外と婚姻を結ぶことを禁止したそうです。


「そのことについては何ら心配することはない。何故なら、エステルが七歳の時からずっと言い聞かせてきたことだからな」

「は……?」


 ミシェルが呆けた顔で固まってしまいました。

 

「エステルにはこの五年間、将来の伴侶となる相手はミシェルだと伝えていたのだ。もちろん、ヴァインベルガー家の次男であることやどんな顔なのかもディクセンを通じて知っている。今日、婚約発表をすることも含めて、エステルは了承しているのだ」


 初めから仕組まれていたということですか。

 ただ、リーゼロッテにも秘密にしていたのか、彼女は食い入るように公王を凝視しています。


「そうですか……」


 ミシェルはそう呟くと目を瞑り、考える素振りをみせました。

 正直なところ、二人の親である公王とディクセンが既に決めており、相手となるエステルも了承している以上、ミシェルに選択肢はないに等しいです。


 ここで理由なく断れば、親の顔に泥を塗ることになりますし、エステルだって傷つくでしょう。

 

 ただ、気になることもあります。

 沈黙が続き、少しだけ重苦しい雰囲気が漂い始めた場で手を上げました。


「口を挟むことをお許しいただけますか」

「いいだろう」

「ありがとうございます。ミシェルとエステル様の婚約は大変喜ばしいことだと思います。ただ、結婚となった場合、エステル様はヴァインベルガー家に嫁がれるということでしょうか?」

「そのつもりだが、何か問題でも?」


 レーベンハイト公王家の子どもに男子はおらず、リーゼロッテとエステルだけのはずです。

 そのうちの一人を他家に嫁がせるということは、リーゼロッテは嫁がせずに婿を取るという考えですか。

 

「いえ、お答えいただきありがとうございます」


 公王に向かって一礼しました。

 

「公王様」


 それまでずっと黙っていたミシェルが口を開きました。

 瞳の奥は、どちらにするか決意したような光を帯びています。


「エステル様との婚約、謹んでお受けします」

「そうか! いや、良かった。なあ、ディクセンよ」

「はっ! ミシェル、よく決断してくれたな」


 公王とディクセンは、ホッとしたように表情を崩していました。

 自身の婚約ではないにもかかわらず、リーゼロッテとマリーも安心したような笑みを浮かべています。


「アデルの件があったからな。もしも断られたらどうしようかと気を揉んでいたのだ」

「それは、何とも申し訳ございません」


 再び公王に向かって、深々と頭を下げました。

 まさか私を引き合いに出してくるとは……いえ、仕方ありませんか。

 王族の言葉を断るなど、普通は有り得ないことでしょうから。


「よいよい。これで安心してもう一つの話ができるというものだ」

「もう一つの話、ですか?」

「実はな……今日は一人、他国からある人物がやってくるのだ」


 公国と繋がりが深い国といえば、やはりオルブライト王国でしょう。

 ということは、まさかシャルロッテがやってくる?


「やってくるのは隣国のディシウス王国の使者だ。なんでもリーゼロッテに求婚をしたいと、第二王子が言っているらしい」

「お、お父様! 初めて聞いたんですけどっ」

「当然だ。今初めて話したのだからな」


 しれっとした公王の物言いに、先ほどまで笑みを浮かべていたリーゼロッテは凄い勢いで取り乱しています。

 その場にいた私を含めた全員が、驚いたように目を丸めていました。


 ディシウス王国はレーベンハイト公国の北に位置する国で、確か今は女王が治めていると聞いています。

 "災厄"の際に活躍した五大国には劣りますが、近年はこの女王の活躍により急激に発展しているとか。

 

 年に一度の割合で使者が行き来して挨拶を交わす程度で、特に目立った交流はなかったはずです。

 

「な……なんとお答えになるおつもりですか?」

「そうだな。私としては受ける受けないは別にして、会ってみてもよいと思っている」

「王子を受け入れるのですかっ!?」

「何をそんなに驚くことがある? 別に他国だから婚姻関係を結んではいけないという決まりはないのだ。オルブライト王国が良い例だろう?」

「それはそうですが……」


 リーゼロッテの顔色が悪くなっています。

 

「求婚を望んでいるのが第一王子であれば、私も断るつもりだった。だが、望んでいるのが第二王子なら話は変わってくる。交渉次第では公国に婿としてくる可能性も考えられるからだ」


 リーゼロッテが他国に嫁いだ場合、公王家は今の代で潰えることになります。

 実際は、リーゼロッテやエステルの子どもが公王家に養子に入るといった方法もありますから、完全になくなることはありませんが。


「それに……リーゼロッテは現在婚約していないのだしな。私とて娘の幸せを第一に考えている。だが、誰とも婚約していないのに、他国とはいえ王族に対して理由もなく断るわけにはいかないのだ。それは分かるな?」

「……はい」


 リーゼロッテはどこか魂の抜けたような顔をして頷いています。

 

 公王の言い分は確かに正しいでしょう。

 身分の高い者であればあるほど、礼儀や形式を重んじるものです。

 

 リーゼロッテはわずかに顔を歪めて私の方を見ました。


「……」


 私は息を詰め、唇を噛みました。


 リーゼロッテの張り詰めた視線に込められたものを、私は如実に感じ取ってしまったからです。


 もしも――私と婚約破棄をしていなければ、もしも、私が婚約を再び結んでいれば、この話が来ることはなかったでしょう。


 ですが、私はどうしても言葉にすることができませんでした。

 

「ディシウス王国の使者とは誕生パーティーの後に会うことになっている。リーゼロッテ、お前も同席しなさい」

「……はい」


 力なく頷くリーゼロッテを見て、私は数秒間、かつて覚えがないほど強烈な葛藤に見舞われました。

 そして、気づいた時には思いもよらない言葉を選択していました。


「私も、私も同席させてはいただけませんか」

「アデル!?」


 ぎょろりと目を剥くリーゼロッテ。

 同じようにミシェルたちも目を見開くなかで、公王だけは柔和な笑みを浮かべていました。


「いいだろう。アデルも同席することを許す。ただし、名目上はリーゼロッテの護衛騎士としてだ。よいな?」


 それはそうでしょう。

 リーゼロッテの隣に同じ年頃の男性が座っていたら、使者の方も不審に思うはずです。

 

 ゆっくり息を吸い、吐いてから、私は口を開きました。


「ありがとうございます、畏まりました」

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