第119話 突然の来訪者
アデルがディシウス王国から帰国し、公王と面会した翌日の朝。
レーベンハイト城の城門を守護する騎士たちの眼前に突然現れたのは三名。
一人は白シャツに黒のスラックス、そして赤いジャケットを羽織った金髪の男性。
もう一人は黒いスーツで身を固めた金赤髪の女性。
そして最後の一人は純白のドレスを纏い、どこかリーゼロッテに似た面差しの、銀髪の美女だった。
端整な顔立ちに均整のとれた肉体で、姿勢もスタイルもいい。
美女は金髪の男性の隣で寄り添うように身を寄せている。
「おー、ドンピシャってやつだな。さすがノイン、見事なもんだ」
「お褒めにあずかり光栄っス」
驚く騎士たちの視線を平然と受け止め、まったく悪びれた様子のない男性は金赤髪の女性――ノインを褒めると、ノインはペコリと頭を下げる。
「お、お前達! いったい何者だっ!」
ようやく我に返った騎士の一人が、三人の侵入者に向かって叫ぶ。
「あらあら、私の顔を忘れてしまったというの? だとしたら悲しいわ」
「何を言って……はっ!? あ、貴女はまさか……」
「思い出してくれた?」
ニコリと微笑む美女に対して、声を荒げていた騎士の顔はみるみる青ざめていく。
そう、レーベンハイト公国で彼女のことを知らない者はいない。
何故なら――。
「し、失礼しました! メアリ王女!」
「王女は恥ずかしいからやめてちょうだい。今の私はオルブライト王国の王妃なんですからね」
そう言って騎士を窘めるメアリだが、その表情は柔らかいままだ。
と、そこで騎士たちは気付く。
オルブライト王妃であるメアリがここまで寄り添う男性など、一人しかいない。
再び視線を集める形となった男性はにんまりと笑うと、片手を上げた。
「
「しょ、少々お待ちください!」
◇
十分後。
キースたちが通された場所は、謁見の間ではなかった。
レーベンハイト公王、ユリウスの私室である。
ユリウスがごく私的な話をするときにのみ通される部屋だ。
執事は、急に現れた三人を笑顔で――笑顔以外の表情を見せずに案内した。
キース、メアリ、ノインの順番で部屋に入る。
待っていたのはユリウス一人だけだった。
「突然の来訪にもかかわらず会っていただき感謝する。……と、堅苦しい挨拶はともかく久しぶりだな、義兄。ちょっと見ない間に老けたか」
キースは一礼した後、着座の許可も取らずに、ユリウスの正面に座りながら話しかける。
「お前というやつは……まあよい。久しぶりだな、キース。それに――メアリも元気そうでなによりだ」
「お久しぶりです。お兄様もお元気そうで私も安心しました」
メアリはキースの隣に座ると、笑みを浮かべた。
「うむ。ところでよいのか? 国王とその妃が国を離れてやってくるなど」
「なに。うちには優秀な部下がたくさんいるんでね。俺がいなくても王国は問題ないのさ」
ユリウスの言葉に、キースはウィンクで応える。
キースが世界中からスカウトした人材は非常に多い。
自身の目で見て、これだと思った人間に声をかける。
その全てが優秀で、幅広い知識や才能、身体能力や異能をもった者ばかりだ。
「それに、王国にはシャルを置いてきているからな。仮に
「シャルロッテか。確かにあの子がいれば安心だろう。シャルロッテと違って貴様には戦う力などないしな」
「あっはっは! 俺には人を見る目しかないからな」
キース自身に戦う力は一切ない。
異能を発現できない普通の大人の男性と同じ程度だろう。
「大丈夫です。私がお守りしますもの」
確かにメアリの異能であれば、キースを守ることは容易いはずだ。
それほど彼女の異能は守りに長けている。
「おう、頼りにしてるぜ」
義兄の目の前だというのにキースはメアリの頭を撫でる。
途端にメアリはうっとりとした表情に変わった。
ひどく幸せそうに見える。
そんなメアリを間近で見守れることがキースも嬉しいのか、目を細めた。
二人の世界が構築されていた。
残されたユリウスとノインは呆れ顔だ。
――初めて会った時からこの男はこういう奴だった、とユリウスは小さくため息を吐く。
だが、仲の良さを見せつける為にわざわざ公国に来たわけではないだろう。
「……で、今日はいったい何用で来たのだ」
「ああ、二つあったんだ。一つは――アデルとリーゼの婚約おめでとう」
「――!?」
ユリウスが背筋をただし、驚愕の色が瞳に現れる。
まだ公には発表していない情報だ。
いつ知ったというのか。
「言っただろう。うちには優秀な部下がたくさんいるってね。情報ってやつは生ものだからな。早く仕入れておけば、それだけ対処もしやすくなるだろう」
キースはなんでもないことのように言ってのけたが、つまりは世界中に情報網を持っているということになる。
ということは、だ。
「ディシウス王国の件も知っているということか」
「もちろん」
「ふむ……」
であるなら、あの国の狙いも分かるかもしれない。
そんな期待をユリウスは抱いていたいたのだが、
「ああ、悪いけど俺が知っていることはそう多くないぜ。あの国は謎が多くてね。表面的なことしか探れないんだ」
キースより、やんわりとさされた。
その言葉に、ユリウスは大いに落胆する。
「まあ、何か分かったら義兄にも教えるからよ。それにしても、アデルとリーゼがねぇ」
「やらんぞ」
「ははっ、さすがに正式に婚約した者同士を無理やり引き裂くなんて酷いことを俺がするわけねえだろ。あくまで祝いにきたのさ」
「……とりあえずは額面通りに受け取っておこう」
今のところは動きはしないだろう。
あくまで、
「そりゃどーも。さて、もう一つの話をしておくか。どっちかっていうと、こっちの話がメインなんでな」
「なんだ?」
「最近教国の動きが怪しい。近々何かしらの行動を起こす可能性がある」
「なっ、なんだと!」
教国が動くことだけはないだろう、ユリウスはそう考えていた。
国民は一つの宗教を信仰し、教皇も兼ねている国王が絶対的な権力をふるう宗教国家――それが教国である。
「国王の指示によるものか?」
「いや、どうやら一部の者たちによる暴走みたいだな」
「……妙だな」
国王の言葉が絶対の教国で、そのようなことが起こることなどありえない。
ディシウス王国のことといい、いったい何が起こっているというのか。
「それに関連してるかどうかは不明だが、リーゼが狙われる可能性がある」
「!? ……本当か?」
「ああ。まあ、この話を聞いてどう動くかは義兄に任せるぜ」
そう言うと、キースはスッと立ち上がった。
続いてメアリも立ち上がる。
「キース」
「ん?」
扉の前で振り返るキースと視線を交わしたユリウスはゆっくりと頭を下げた。
「助かった」
「恩に着てくれていいんだぜ。じゃあ、国別異能対戦でな」
キースはにやりと笑い、本当か冗談か分からない言葉を残して去っていった。
聞いた話を全て鵜呑みにするわけにはいかないが、アデルとリーゼロッテの婚約を知っていた以上、キースの情報網は侮れない。
可能性が少しでもあるのなら、それに対応するべく手を打っておくべきだろう。
このあと直ぐにユリウスは、リビエラとその父であるハーヴェイを城に呼び出した。
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