第120話 閑話 新学期の二週間

 私はエミリア。

 双子の兄のガウェインと一緒に、レーベンハイト公国の中でも歴史ある聖ケテル学園のフィナール生として日々を過ごしている。


 リビエラが聖ケテル学園に転入してきてから二週間が経った。

 最初のほうは新人戦の時の性格と全く違うから戸惑うことも多かったけど、今ではお互い名前で呼び合う程度には仲良くなっている。


 とは言っても、リビエラは常にリーゼロッテ様の傍にいるからじっくり話をすることはないんだけど。

 

 でも、それは必要なことだから仕方がない。

 

 リビエラが聖ケテル学園に転入する経緯をアデルくん達と一緒に聞いた時は驚いたけど、同時に納得もした。

 何といっても一国の王女様だもの。

 護衛の一人や二人くらい傍にいて当然だし、寧ろ今までいなかったことの方が不思議なくらいよ。


 シャルロッテ様が一時的に来られた時だって、ゼクスさんとノインさんの二人の護衛がついてたんだし。


 ……シャルロッテ様で思い出した。


 "国別異能対戦"はオルブライト王国で行われるけど、アデルくんは無事に帰れるのかしら?

 シャルロッテ様のアデルくんへのアピールは誰の目にも明らかだったし、シャルロッテ様のお父様――キース国王もアデルくんに興味を持ったように見えた。


 普通に考えれば、リーゼロッテ様と再び婚約したアデルくんに対して何か仕掛けるということは有り得ない。

 有り得ないんだけど、シャルロッテ様のあの行動力を目の当たりにしている私からすると、何事もなく終わる気がしないのよね。


 シュヴァルツ先輩やヴァイス先輩、それにリーラ先輩だっているんだし、アデルくん自身もここ最近は目に見えて強くなったのが分かる。



 演習場でアデルくんがシュヴァルツ先輩と手合わせをしている時のことだ。


 いつもであれば、途中までいい勝負をして最終的にはシュヴァルツ先輩に押し切られるんだけど、その日のアデルくんは違った。

 

 シュヴァルツ先輩の"正統なる王者の剣"を再現した後に、続けて第二位階である"勝利すべき王者の剣"までも再現したの。


 当然だけど、その場にいた誰もが皆驚いたのは言うまでもない。

 もちろん、私もだ。


 だって、アデルくんはずっと第一位階しか再現できていなかったんだもの。

 他人の第一位階を再現できるだけでも本当はすごいことなんだけどね。


 対戦する側からしてみれば驚異でしかない。

 一人につき一つであるはずの異能を、複数使ってくるんだから。

 第一位階限定とはいえ、そうそう対応できるはずがないし、私や兄さん、リーゼロッテ様ではアデルくんに勝ったことがない。


 対等以上に戦えるシュヴァルツ先輩たちがすごすぎるのよ。


 だけど、流石にこれにはシュヴァルツ先輩も驚いていたようだった。

 無理もないわ。

 

 でも、シュヴァルツ先輩がすごいのはそこからだった。

 一瞬目を見開いたかと思ったら、直ぐに同じ"勝利すべき王者の剣"を発現してアデルくんの"勝利すべき王者の剣"の威力を相殺した。


 あまりの威力に呆気に取られている私たちを前に、二人はお互いに笑みを浮かべているのだから訳が分からない。


「アデルくんはいつも俺を驚かせてくれる。今のは第一位階の異能に『魔力供給』をかけたのかい?」

「さすがはシュヴァルツ先輩です。一目で見抜かれましたか」

「やはりそうか。……いや、実に興味深い。魔力を流すことで俺の『勝利すべき王者の剣』を再現できたということは……」

「ええ、他の全ての第一位階を第二位階に昇華することが可能です」


 私は絶句した。

 隣に居る兄さんは「流石です、師匠!」っていつものごとく感心しながら目を輝かせて叫んでいたけど、将来が心配になってしまう。

 一応は私の兄なんだからもっとしっかりしてほしい。


 第一位階だけでもすごいのに、第二位階を全て再現できる――しかも、私たちと違ってアデルくんは魔力量が豊富だ。

 少なくとも一人で数十回は第二位階を発現できる計算になる。


 このとき私は、アデルくんなら何があってもリーゼロッテ様を守れるだろうし、シャルロッテ様やキース国王が仕掛けてきても大丈夫だと思った。


 

 冬休みが始まる前と終わった後で変わったことといえば他にもある。


 アデルくんとリーゼロッテ様の態度だ。


 アデルくんは一見すると、それほど変わっていないように見えるけど、ふとしたときにリーゼロッテ様を見る目が今までと全然違う。


 とても自然で穏やかな目をしているし、何よりリーゼロッテ様のことが好きだという感情を隠していない。

 もちろん、他の女の子たちにも優しくて紳士的なところは以前と変わっていないけれど、それでもリーゼロッテ様と話をする時のアデルくんの表情を見ていると分かるのだ。


 リーゼロッテ様の方はアデルくんと両想いになれたことが嬉しいのか、常に顔を綻ばせている。


 時折、第一王女としての立場が気になるのか、顔を引き締めているけれど、アデルくんと目が合うと途端にそれが崩れてしまう。

 見つめ合ってお互い笑みを浮かべる姿に、私はもちろん周囲は甘い空気に包まれて思わず砂糖を吐きたくなってしまうことが何度もあった。


 私は、まあその、正直言ってそういうのがよく分からない。


 恋愛自体が分からないわけじゃない。

 知識としては分かっているつもりだけど、いざ自分がそういうことをするとなると……っていうところね。


 新人戦の時にアルフレッドくんに好意を寄せられたことがあったけど、あの時は本当に困った。

 表面的には、何でもないことのように振舞ったつもりだけど。


 お友達になるのは問題ない。

 だけど、その先のこととなるとまるで想像できない。


 アデルくんやリーゼロッテ様を見ていて、何となくいいなぁって思いはするものの、じゃあ誰かと付き合った方がいいのかなと考えると、それも何だか違う気がする。


 うーん。

 私も誰かを好きになれば変わったりするのかしら。


 そうそう、変わったといえばもう一人いた。

 兄さんだ。


 元々おかしな兄さんではあったけど、リビエラが転入してきてから何だか様子がおかしい。

 正確にはリビエラにからかわれてからなんだけど。


 兄さんはアデルくんを師匠と呼ぶようになってから、かなり真面目に鍛錬をするようになっていたんだけど、リビエラにからかわれた翌日から、今まで以上に取り組むようになったのを覚えている。


「師匠! もっと強くなりたいんです!」

「どうして強くなりたいのですか?」

「そ、それは……」


 言いよどむ兄さんの肩に手を当て、ニッコリと微笑むとみなまで言うなとばかりに頷いた。


「分かりました。私が貴方を鍛えてさしあげましょう。ガウェインくんの夢が叶うよう、私は協力を惜しみません」

「嬉しいです、師匠! よろしくお願いします!」


 やる気に満ちた兄さんの蒼い瞳が真っ直ぐにアデルくんを見た。

 そして、二人でガシッと固い握手を交わしたのだ。


「何を考えているのかしら、兄さんは……」

「ふふ、私には分からないわ。リビエラはどう?」


 分からないという割には、口に手を当てて笑いながらリビエラに視線を投げかけるリーゼロッテ様。


「さて……私もわかりかねます。ですが、まあ、どこまで本気なのか見守ってみるのが一番かと思います」


 リビエラは表情を変えずに言ったつもりだろうけど、一瞬だけフッと口元が緩むのが私には見えた。

 その表情にどこか見覚えのあった私は思わず目を瞬いた。


 ……まさか、ね。


 私は有り得ないだろうと思いつつ、兄さんとリビエラの顔を何度も見返した。

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