第107話 望んでいたはずなのに驚かれてしまいました
「公王様」
「なんだね?」
「リーゼロッテ様はどうされておいでですか?」
「リーゼロッテか、今は自室にいるはずだ。アデルたちを見送ってからずっとな。どうかしたのか?」
公王は少し訝しげな目を向けてきました。
あれからずっと自室に……やはり婚約のことを考えているのでしょう。
私があの時すぐに動いていれば――いえ、今は悔いている場合ではありません。
私は公王とディクセンの前で跪きました。
「公王様、お父様。お二人にお願いしたいことがございます」
「お願いしたいこと?」
「アデルよ、いきなり何を言うつもりだ」
「話す前に。近衛騎士の方々にはご退席いただけないでしょうか。とても大事な話なのです」
私の言葉に、二人は互いに困惑したような表情を浮かべています。
つい先程まで襲撃のことを話していたのですから無理もありません。
しかし、顔を上げた私の目を見た公王は、何かを感じ取ったのか、直ぐ近衛騎士たちに外へ出るように命じてくださいました。
「さあ、この場には私たち三人のみだ。大事な話とはいったい何かな?」
「ご配慮ありがとうございます。では、単刀直入に申し上げます」
「うむ」
「リーゼロッテ様ともう一度婚約を結ばせていただけないでしょうか?」
「そうか、リーゼロッテともう一度婚約を結びたいか――な、なんだとっ!?」
公王はダンっと大きな音を立てて玉座から立ち上がると、信じられないといった目を私に向けてきました。
公王はすぐ隣りに立つディクセンを見ましたが、当然のことながらディクセンも初めて聞いたことなので、何度も首を振っています。
ややあって落ち着きを取り戻した公王は玉座に座り直すと、大きく息を吐いてから私を見ました。
「すまない、少々取り乱してしまったようだ」
「いえ、急なことでしたので驚かれたのも無理はございません」
「そうだな。私の聞き間違いでなければ、アデルがリーゼロッテと婚約したい、と聞き取れたのだが……」
「間違っておりません。確かにそう言いました」
平然とした調子で告げると、二人とも顔を見合わせて驚愕の顔を浮かべました。
「それは、将来的にリーゼロッテと婚姻を結ぶということだぞ」
「もちろんです。私にはその覚悟がございます」
リーゼロッテの人生を背負う覚悟ができたからこそ、婚約を口にしたのです。
終わりを迎えるその日まで添い遂げる覚悟もせずに、軽々しく婚約したいなどと言うつもりはありません。
「今まで婚約をお断りしてきた無礼をお詫びします。そんな私が今さら何をと思われるかもしれません。ですが、私の全身全霊をかけてリーゼロッテ様をお守りします。どうか婚約を許していただけないでしょうか?」
"学園対抗戦"の時もこうして二人の前で婚約の話が出ましたが、その時は私の方から何度も断りましたからね。
もしかしたら気を悪くして反対される可能性も考えられます。
もちろん、何度でも誠意を伝えるつもりですが。
「許すもなにも、私としては望んでいたことでもあるし、反対する理由など何もありはしない。ただ、あまりのことに驚いてしまっただけだ。なあ、ディクセンよ」
「はっ! アデルよ、よく決心してくれたな」
ディクセンが、いつもからは考えられないほど柔かに笑いかけてきました。
それほどまでに喜ばしいことなのでしょう。
「公王様。リーゼロッテ様にもお伝えしたいのですが、呼んでいただけないでしょうか?」
「おお! そうだったな」
公王はそう言うと、外にいる近衛騎士に呼びかけてリーゼロッテを連れてくるように命じました。
ほどなくしてリーゼロッテが謁見の間に姿を現しました。
ずっと思い悩んでいたのか、リーゼロッテは疲れきったような顔を見せていましたが、私に気づくと表情を変えました。
「アデル!? 確か電磁車に乗って公爵家に帰ったはずじゃ……」
「少々問題が発生しまして。まあ、そちらは既に解決済みです。どうしてもリーゼロッテ様に言っておかねばならないことがあるため、こうして参上しました」
「私に? 何かあったかしら?」
リーゼロッテは首を傾げていましたが、そんな彼女の前まで近づくと、頭を垂れて膝をつきました。
リーゼロッテの白い右手を取り、手の甲に口づけをすると、透明感のある柔肌が僅かに赤くなりました。
見上げると、頬を紅潮させたリーゼロッテに向かってほほ笑みかけます。
「リーゼロッテ様。貴女の残りの人生を私にいただけませんか?」
「……え?」
「その代わりとは言ってはなんですが、私の残りの人生をすべて貴女に捧げます。終わりを迎える最後の瞬間まで、この命を貴女のために使うと誓いましょう。ですから、
リーゼロッテの頬は熟した林檎のように真っ赤に染まり、キラキラ輝く大きな瞳をじっと向けていました。
「それって……?」
私は立ち上がり、リーゼロッテの右手を両手で包み込むと、続きを口にします。
「私と婚約して、それから――結婚してください」
「……はい」
そっと頷いたその頬からは、一粒の大きな涙が流れました。
「嬉しい……」
ですが、言葉とは裏腹に口ごもったリーゼロッテは不安そうに目を伏せると、体ごとぴたりと擦り寄ってきました。
「アデルと一緒になれるのは嬉しいけど、ギルバート王子の縁談の話はどうしましょう……正式な書状でもって縁談を申し込まれたのだから、このままというわけにはいかないわ」
他国で書状のみとはいえ、王族から求婚されているわけですから、少なくとも放っておくなどは有り得ません。
しかも、書状にはリーゼロッテと面談したいと書いてあったのですから。
婿入りしても構わないという相手方――ギルバート王子の気持ちを考えると、ここはディシウス王国へ出向くのが一番でしょう。
「リーゼロッテ様。ギルバート王子とお会いしましょう」
「アデル……でも……」
「大丈夫です。私もご一緒しますし、何があろうと絶対に私がお守りいたします。既に私の命は貴女のものなのですから」
あの時のような後悔は、もう二度としたくありませんからね。
私がついていくと言ったことで安心したのか、リーゼロッテの表情は和らいでいました。
「ありがとう。貴方が一緒なら私も安心だわ」
「いえ。ですが、お会いするのはなるべく早いほうが良いかもしれません。日が開けば開くほど気をもたせてしまう可能性もあります――公王様。おや? どうされました?」
リーゼロッテから公王に視線を移すと、甘いものを食べ過ぎて胸焼けをおこした時のような顔をしていました。
隣りのディクセンもです。
何も口にしていないはずですが、いったい……?
「いや……若いというのは素晴らしいと思ってな。あのような台詞がすらすらと出てくるのは其方の教育の賜物か、ディクセン?」
「私が教えたと本当に思っていらっしゃいますか?」
「ふ、そんなはずがないであろう。恐ろしい息子をもったものだな。いや、ゆくゆくは私の息子にもなるのか」
二人は見つめ合うと、重々しく頷きあいました。
サッパリ理解できません。
特に恐ろしい息子、というのが。
「ふふ、お父様。この程度で驚いていてはいけません。アデルが本気になったらもっと凄いんですから」
リーゼロッテはそう言うと、何故か自慢げに胸を張りました。
「な、なんだと!」
公王がギョッとしたように目を剥いて、私の頭から爪先までを見ています。
リーゼロッテの言う本気とやらが何を指しているのか分かりませんが、私は私の成すべきことを為すだけです。
それから私は公王になるべく早い時期――できれば冬休み中にディシウス王国でギルバート王子と面談した方がよいことを提案し、結果、一週間後に場を設けていただくことになりました。
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