第106話 暗躍する者がいるようです

 倒した者たちをひとまとめにしていると、ヴァインベルガー家からルートヴィッヒが使用人を引き連れてやって来ました。


「アデル様、これはいったい……」

「ミシェルを狙った襲撃者たちのようです」

「なっ!?」

「詳しい説明は後です。お父様はまだお城にいらっしゃいますね?」

「はい。今日は遅くなるとお聞きしております」


 ちょうどよいです。

 エステルと婚約したミシェルを狙ったということは、すなわちレーベンハイト公王家に刃を向けたも同じこと。

 ディクセンだけでなく公王にも立ち会っていただきましょう。

 ただ、このまま連れて行くのは危険ですね。 

 

「彼らを城に連れて行きます。紐と布は持ってきていますか?」


 運転手に屋敷から人を呼んでくる際に、紐と布を持ってくるようにと伝えていたのです。

 するとルートヴィッヒは直ぐに頷きました。


「持ってきております」

「宜しい。紐で両手を縛り、布で口を塞いでおいてください。目を覚まして異能を発現されると困りますから」

「かしこまりました」


 すぐさまルートヴィッヒは連れてきた使用人たちと手分けして、倒れている襲撃者を次々と捕縛していきました。

 

「お兄様」

「兄上」


 車の中からマリーとミシェルが心配そうな目で私を見ています。

 流石にもう大丈夫だとは思いますが、二人を連れて行くわけにはいきません。

 笑みを浮かべると、なるべく優しい声色で話し掛けました。


「大丈夫です。後は私に任せて二人はこのまま屋敷に戻りなさい。ルートヴィッヒ、城に行くのは使用人だけでよいので、貴方は二人を頼みます」

「はっ、お任せ下さい」


 ルートヴィッヒがマリーとミシェルの乗る電磁車に乗り込み、屋敷へと戻っていくのを少しだけ見送り、私は残った使用人たちと襲撃者を連れて城に戻りました。



 城に到着すると、扉の前に立つ騎士が慌てて近づいてきました。


「アデル様、これはいったい……」

「お父様、いえ、ディクセン団長がまだこちらにいらっしゃるはずです。呼んできていただけませんか。ミシェルが賊に襲われたとお伝えください」

「しょ、承知しました!」


 騎士が走りながら城の中へ入ってから数分後。

 ディクセンとともに戻ってきました。

 

「アデル、ミシェルを襲った賊というのは?」

「こちらです」


 連れてきた男たちを車から降ろし、ディクセンに見えるように、横一列に並ばせます。

 全員意識を取り戻しており、眉を情けなく下げて、ディクセンを見上げています。 

 ディクセンは鋭い眼光で一人ひとり顔を眺めていましたが、見知った顔があったのか、ある男の顔を見た瞬間、目を見開きました。


「シモンズ子爵、そうか、其方がミシェルを狙うとは……」


 シモンズと呼ばれた男は、必死で何かを言おうとしていますが、口を塞がれているせいで聞き取れません。

 

「囀るな、申し開きは陛下の御前で聞く。ミシェルに手を出したということは、我がヴァインベルガー公爵家だけでなく、レーベンハイト公王家に手を上げたも同然なのだからな」


 その言葉に、シモンズはガクガクと震えていました。

 シモンズだけではありません。

 捕縛されている全ての者が同様に震えています。


「既に陛下は謁見の間でお待ちだ。アデル、お前もついてくるのだ」

「かしこまりました」


 先を行くディクセンの後に続き、私はシモンズを引きずって、その他の男たちは近衛騎士が引っ張って、城の中へと入っていきました。

 

 謁見の間には公王が玉座に座っていました。

 壁際にはずらりと近衛騎士団の騎士が並んでいます。

 リーゼロッテは……どうやら居ないようです。


 ディクセンはそのまま公王の横に並び立ちました。

 私は公王の前にシモンズたちを座らせると、その場に跪きました。


「夜分に参上した無礼をお詫びいたします」

「よい。アデルよ、ご苦労だった」

「いえ、家族を守るのは当然のことです」


 守ることが出来るだけの力を持っているのであれば、尚更です。

 

「口にして実際にやってのける者はそうはいないのだがな。まあ、今はよい。では、アデル。其方の話を聞こうか」


 公王の言葉によって、尋問が始まりました。

 私は城を出てから先の出来事を語りました。

 私たちの車をつけている者がいたこと、それに気付いて車を降り、異能を発現して襲撃者を倒したこと、指示を出していたリーダーと思われる男がシモンズであったことを述べていきます。


「そちらのシモンズ子爵でしたか。私の記憶が確かなら、彼はミシェルとエステル様の婚約発表の場にいらっしゃったはずです。ミシェルに対して鋭い視線を向けていたので、おそらく間違いないかと」


 一部の貴族がミシェルに妬むような視線を向けていたのは確かです。

 襲われた時は暗がりだったので分かりませんでしたが、今は明るいですからね。

 覚えていた顔の中の一人と一致します。


 ただ、婚約発表会の場にいたのであれば、ミシェルに手を出したことが露見したら公王家も黙っていないことくらいは容易に思いつくはず。

 襲撃してきたこと自体は間違いありませんが、何故か腑に落ちません。


 何より、布で口を塞がれたままのシモンズが必死に首を振っているのが気になります。

 他の者も涙を浮かべて、これでもかというくらいブンブンと首を振っていました。


 ちらりと公王に視線を送ると、同じことを感じていたのか、公王が頷きました。


「シモンズ子爵の意見も聞いてみるとしよう」


 口が自由になったシモンズは、悲鳴にも似た声を上げました。


「陛下、そしてディクセン様。私は確かにミシェル様とエステル様の婚約を妬ましく思っておりました。しかし、襲う気など全くなかったのです。信じてください!」


 妬ましいと思ったことは認めるのですね。

 襲う気はないと言いつつも、実際には後をつけ、そして襲ってきたわけですが。


「それを素直に信じるわけにはいかぬ。其方らには実際に襲ったという証があるのだぞ。それともなにか。誰かに操られていたとでも言うつもりか」

「そ、その通りでございます! 私はパーティーの後、自分の屋敷に帰るつもりでした。ですが、いつの間にかミシェル様の乗る車の後をつけていたのです!」


 シモンズの言葉に、私は頭が痛くなりました。

 言っていることが支離滅裂過ぎます。

 嘘をつくにしても、もっと他に言葉があるでしょうに……。

 ただ、内容とは裏腹にシモンズが嘘をついているようには見えません。


「ディクセン、これはもしかすると……」

「はい、アレ・・と関係しているやもしれません」


 操られていたと叫ぶシモンズに、何かしら思うところがあったのか、公王とディクセンはお互いに頷きあっています。

 アレとはいったい?


「シモンズ子爵、通常なら公王家に関係のある者に手を出そうとしたのだ。厳罰は免れぬところではあるが、気になることがある。それが判明するまでのあいだ、其方らは投獄する。よいな」

「……はっ」


 公王が軽く手を振ると、即座に騎士が動いて項垂れるシモンズたちを連れ出していきました。

 扉が閉められたのを確認した私は、思い切って口を開きました。

 

「公王様、お父様。アレとはいったいどういうことでしょうか?」

「ディクセンよ。其方、伝えていなかったのか?」

「近衛騎士団に関わる重大なことでしたので」

「そうか……アデルよ。かなり前のことになるが、"薔薇十字団ローゼンクロイツ"の"顔なしニヒツゲズィヒト"を覚えているか?」


 "顔なし"!? 

 何故いまここでその名前が?

 不思議に思いつつ、私は軽く頷きました。


「学園から"顔なし"を捕らえたという連絡が入った後、私はディクセンに命じて近衛騎士団の騎士を学園に送った。世界の敵と評される"薔薇十字団"の一員だ。ありとあらゆる手を使って他の団員のことを吐かせたうえで、各国に協力を呼びかけたのちに殲滅戦を仕掛けるつもりだった」

だった・・・?」


 過去形ということは、実施できていないということです。

 ということはもしかして……。


「結論から言おう。"顔なし"には逃げられた。しかも向かわせた騎士全てを失うという最悪の形で、だ」

「な……」


 私は絶句しました。

 あの時の意味深な台詞も、助けが来ると想定していたから出た言葉ということですか。

 

 公王は言葉を続けました。


「騎士たちの死因には不思議な点があった。それはお互いがお互いの異能で殺しあったかのような傷が身体に残されていたことだ」

「お互いがお互いの異能で? 同じ近衛騎士団員同士でそんなことをするなど考えられませんね。それではまるで誰かに操られているようでは――まさか!」


 先ほどのシモンズの証言とあまりにも酷似する現象です。

 だとするなら、今回の事件を起こした黒幕は――。


「そうだ、"薔薇十字団"が関係している可能性が非常に高い」


 何故かは分かりません。

 ですが、これだけ似ているということは公王が言っていることが誤りだとは思えません。

 

 "薔薇十字団"――リーゼロッテの時といい、そして今回のミシェルといい、私の大切な者を傷つけようというのであれば、いいでしょう。

 相手が誰であろうと、どんなことがあろうとも、私は私の持てる全てを用いて必ず守ってみせます。


 そう、心に誓うのでした。

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