第172話
「……さて、皆さんにどう伝えるべきでしょうかね」
今までのことを正直に伝えた場合ですが、まず間違いなくついて行くと言うでしょう。
特にシャル様やヴァイス先輩は嬉々とする姿が目に浮かびます。
というわけで、正直に伝えるという案は却下にしましょう。
本当のことを伝えない理由は至極単純で、皆さんが危険に晒されるから――この一点に尽きます。
怪我ですめばよいですが、教皇庁で起きた襲撃の様子を見た後ですからね。
最悪の事態も考えてしまいます。
無論、相手が誰であろうと、どの様な危険が待ち受けていようともリーゼたちを守り抜くという気持ちはありますが、今回はとにかく時間との勝負です。
全員で向かうよりも、私一人で向かった方が早いでしょう。
ちょうど考えが纏まったところで、リーゼたちが待つ部屋に到着しました。
「アデル! お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
出迎えてくれたリーゼに声をかけ、空いていた椅子に座りました。
「戻ったか。どうであった?」
こちらを視認したシャル様がにこりと鷹揚に笑いながら訊ねてきたので、私は廊下を歩きながら考えた言葉を皆に伝えました。
ただし、全て作り話にすると怪しまれてしまうので本筋は概ねそのままにして、ですが。
事実と異なるところがあるとすれば、ルドルフ枢機卿から命を受けた特務部隊が反教皇派の拠点を捜索中であると伝えた点です。
もちろん、アイリス様と話をしたことも内緒にしています。
嘘を吐かねばならないのは心苦しいところではありますが。
「ふむ……」
シャル様が口に手を当てて何やら考えこんでしまいました。
特に齟齬のないように話したつもりなのですが、シャル様は勘の鋭い方ですからね。
気づかれてしまったかもしれません。
「ねえ、アデルくん」
「ヴァイス先輩、なんでしょう」
「反教皇派の拠点がどこにあるか、分からないんだよね?」
ヴァイス先輩が私の顔をジッと見つめています。
まるでこちらの真意を探るかのように。
「その通りです」
私は臆することなく返事をしました。
少なくとも今の時点では私も知らないことなので、嘘は言っていません。
「そっか、残念」
「残念、ですか?」
「そりゃそうでしょ~。遊び場が見つかったかもって期待してたんだからさ」
「……まさかとは思いますが、拠点が分かっていたらどうなさるおつもりだったのでしょうか?」
「ふっふっふ~、もちろん遊びに行くに決まってるよ~」
にっこにこの笑顔を咲かせながら話すヴァイス先輩。
ヴァイス先輩の言う遊びに行くとは、文字通りの言葉ではないことは言うまでもなく分かり切っています。
「……ヴァイス先輩、今回は護衛として来ているということをお忘れなく」
「あっはっは、分かってるって。冗談だよ、冗談」
「……そういうことにしておきましょう」
本当のことを言わないでおいてよかったと心の底から安堵しました。
「うむ!」
今まで黙っていたシャル様が頷きました。
「であるならば、余たちができることは待つしかないな。下手に動いたところでアイリス教皇に迷惑がかかるというもの」
「それでいいの、シャル?」
「仕方なかろう。ここが他国である以上、さすがに余も勝手に動くわけにはいかぬ。まあ、アイリス教皇から許しを得ているのであれば話は別だがな。それともリーゼには何かよい案でもあるのか?」
「それは……すぐに思いつきはしないけれど」
「ならば今は待つしかあるまい。のう、アデルもそうは思わぬか?」
シャル様は見透かしたかのように笑みを浮かべ、私に問いかけました。
やはり気づいていらっしゃる?
ですが、この場で確認するわけにもいきません。
「……シャル様の仰る通りかと思います」
「うむ! アデルも余と同じ意見のようだし、今日は遅い。いったん解散するとして、また明日集まるとしよう」
シャル様と私は周囲を見回しました。
リーゼやヴァイス先輩、リーラ先輩にガウェイン、リビエラも頷いたので席を立ち、部屋を出てから客館に向かいました。
客館に到着すると各々が割り当てられた部屋に入っていき、最後に残ったのは私とリーゼだけです。
「……アデル」
「どうしました?」
「その……大丈夫、よね?」
どこか不安そうな瞳で私を見つめるリーゼの肩は小さく震えていました。
街中で襲われたことによるものか、それとも教皇庁の襲撃を目の当たりにしたことによるものか、はたまたその両方でしょうか。
いずれにせよ、今日は刺激の多い一日でしたからね。
「大丈夫ですよ」
「……んっ」
そっと優しく肩を抱き寄せ頭を撫でると、リーゼは気持ちよさそうに目を細めました。
「今日は疲れたでしょう? ゆっくり休んでください」
そう言ってリーゼの額に軽く口づけをし、部屋に入るよう促すと、頬を赤く染めたリーゼは小さく頷きました。
「アデルもね、おやすみなさい」
「おやすみなさい、良い夢を」
パタン、とリーゼの部屋の扉が閉まったことを確認した私は、廊下の窓へと視線を向けました。
外にずらっと佇んでいるのは、殲滅作戦のために選ばれた特務部隊でしょう。
月明かりのみで見えにくいですが、先頭で指揮を執っているのはオフィーリアさんで間違いありません。
「さて」
アイリス様から許可を得ているとはいえ、堂々と特務部隊に同行するわけにはいかないでしょう。
とすると、私が取れる手段は一つしかありません。
手を上げるオフィーリアさんを見つめながら、私は行動に移すことにしました。
◇
「木を隠すなら森の中と言いますが――これは予想できませんでしたね」
オフィーリアさん率いる特務部隊の後をつけて到着したのは、教皇庁から南西に位置する教会でした。
教会は防壁らしき石の壁で覆われています。
本当にこの場所に反教皇派が潜んでいるのでしょうか?
特務部隊はまっすぐ教会へ進んでいますが、防壁に空いた唯一の入り口に数名を待機させており、同じように入り口から侵入するというのは難しそうです。
眠ってもらえば――いえ、いきなり事を荒立てるわけにもいきません。
入り口から少し離れた場所で壁を見上げます。
三メートル――この程度の高さであれば何とかなりそうですね。
軽く助走をつけて壁に向かって走ります。
テンポよく飛び上がり、壁に手をかけて飛び越えました。
タンッ、と地面に降り立つと同時。
周囲に気配を感じたのです。
——しまった!
咄嗟に気配のする方向へ視線を向けた私は呆気にとられてしまいました。
「……え?」
なぜなら――。
「遅かったではないか、アデルよ」
腰に手を当てて、華やかな笑みを浮かべるシャル様の姿がありました。
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