第171話
謁見の間を後にしたアデルは、リーゼロッテたちと合流しようと考える。
先ほどの出来事を皆に伝え、これからのことを話し合う必要があった。
話し合うとは言っても、どうするべきかについてはアデルの中で既に決めているのだが。
「お待ちください、アデル様」
歩き始めたアデルに声をかけたのはベネディクトだ。
「お時間よろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
二つ返事で即答したのはベネディクトがあまりにも神妙な顔だったから、というだけではない。
彼が話しかけてきたということは用事があるのはきっと彼女だろう。
であるならば、自分にとっても都合が良い。
アデルは教皇庁内の一室へ招かれた。
部屋に入るとそこにはアイリスの姿があった。
アイリスはアデルが腰を下ろしてもなかなか口を開かなかった。
実際は言葉にしようとしているのだが、すんでのところで口を紡いでしまう。
アイリスの表情はそれほどまでに硬かった。
それに対して呼び出されたアデルは機嫌を損ねることもなく、アイリスの言葉を待っていた。
しばらくして、漸くアイリスが口を開く。
「――アデル様にお願いがございます」
それだけでアデルは、先ほどの謁見の間の一件だと察した。
「私に出来ることでしたら喜んで協力しましょう」
「……よろしいのですか? どんな内容か訊いていらっしゃらないというのに」
いきなり承諾されるとは思っていなかったのか、アイリスの声色には驚きが含まれていた。
「ええ。それに、内容は聞かなくてもおよそ見当はつきます。特務部隊とともに殲滅作戦に同行してほしい――といったところではないでしょうか?」
「アデル様は何でもお見通しなのですね」
アイリスは苦笑いしながら、アデルの問い掛けを間接的に肯定した。
「ですが、本当によろしいのですか?」
アイリスが心配するのは当然のことだった。
危険度で言えば今までの比ではないことはアデルも理解している。
だが――。
「今回の件、アイリス様も感じていらっしゃるのでしょう? 何から何まで出来すぎていると」
「それは……はい」
アイリスは一瞬迷う素振りを見せたものの小さく、しかしはっきりと頷いた。
そう、あまりにも出来すぎているのだ。
それも強硬派――いや、ルドルフ・ピエール枢機卿にとって都合の良いほうにである。
初めから仕組まれていたかのように。
だが、ルドルフが仕向けたという証拠がない。
証拠を見つけようにも時間もない。
だからこそ、アイリスはベネディクトを使ってアデルを呼び出したのだ。
アデルであればあるいは――と。
「アイリス様、私も違和感を覚えておりましたので、どうか気になさらないでください」
「……すみません、アデル様」
アイリスは、アデルに向かって深々と頭を下げた。
「どうしてアイリス様が謝るのですか?」
「今回のことはクリフォト教国内部の問題です。私が不甲斐ないばかりにアデル様のお手を煩わせることになってしまって……」
アイリスが「不甲斐ない」と言っているのは先ほど謁見の間であった出来事だけではない。
教皇でありながら強硬派を抑えきれずにいる己の未熟さと、解決のために教国外の人間であるアデルに頼ねばならない状況を悔いているのだ。
アデルの問いかけに答えたアイリスの顔には「情けない」と書かれていた。
「アイリス様、他人の手を借りることは悪いことではありません」
その姿に、アデルは諭すように優しく言葉をかける。
「これが教国内の問題だというのならなおのこと、貴女は積極的に私を頼るべきです」
「アデル様……?」
「教皇の責務として自分だけで何とかしたい、という気持ちは分からなくもありません。ですが、何よりも大事なことは今起きている問題を解決させることです」
教皇として周囲からの期待を一身に受けていることも影響しているのだろう。
加えて、自分のことは自分の力だけで、という考えが頭にあるのかもしれない。
アイリスが誰かに頼るということに慣れていないのだとアデルは感じていた。
「私がオルブライト王国でアイリス様とお会いしたときに言ったことを覚えていらっしゃいますか?」
「英雄になりたい、ですね」
アデルは力強く頷く。
「元々、私がこの国に来た目的もそのためですから」
目の前で困っている人を助ける。
困っている人とはアイリスのことだ。
「……そうでしたね」
アイリスも、誰に教わるまでもなく、アデルが自分のことを心配してくれているのだと理解していた。
「すみません、ではありませんね。アデル様、ありがとうございます」
再び頭を下げたアイリスに、アデルは満足げに頷きを返した。
「では、詳細を教えていただけますか」
「分かりました。特務部隊は殲滅作戦遂行に向けて現在、部隊の編成を進めています。編成が終わり次第、作戦を開始するものと思われます」
「あまり時間はなさそうですね」
「その通りです。作戦開始まで一、二時間といったところでしょう」
「今夜中に全て終わらせるつもりですか」
「特務部隊はそう考えているようですね」
「時間との勝負になりますね。どう動くかはこちらに任せていただいても?」
「アデル様に一任します」
「承知しました。時間もないことですし、直ぐに行動に移るとしましょう」
アデルは席を立つとアイリスに一礼し、部屋を後にした。
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