第170話
謁見の間に入った直後、アデルとオフィーリアが耳にしたのは怒声だった。
「枢機卿が二人も亡くなったのだ! まずは捕らえた賊が何者か調べるのが先決であろう」
「調べるまでもないわっ! 教皇庁を襲撃するような愚か者など、反教皇派の危険分子どもに決まっておる!」
言い争っているのは謁見の間の両側の壁に整列している枢機卿たちだった。
オフィーリアはアデルに耳打ちをする。
「アデルさまから見て左側が保守派、右側が強硬派の枢機卿です」
アデルは右側に目を向ける。
そこにルドルフ・ピエール枢機卿の姿はなかった。
どうやらまだ来ていないらしい。
一方、その間にも、保守派と強硬派の言い合いは続いていた。
「其方らの言う通りだとして、どうするつもりか!」
「殲滅だっ」
「なっ!?」
保守派の枢機卿が目を見開く。
「この清らかなる教国に巣くうおぞましき獣どもが、あろうことか教皇庁に牙を向けたのだぞっ。逆に問うが駆逐する以外の選択肢があるのか!」
「それは……」
強硬派の枢機卿の鋭い声に、保守派の枢機卿たちは声を詰まらせる。
一瞬静かになったところで、ようやく一人の枢機卿がアデルの存在に気づく。
「――おお、アデル殿。来ていらっしゃったのですね」
保守派の枢機卿がアデルのもとへ近寄ると詫びをいれる。
「……いや、申し訳ありません、お見苦しいところを見せてしまいました。ささ、聖下がお待ちです」
「ありがとうございます」
アデルはニッコリと微笑み、部屋の一番奥、一段高い位置に据えられた椅子に座るアイリスのもとへ歩み寄った。
「まずは亡くなられた枢機卿お二人のご冥福をお祈りいたします……大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
アデルの目には大丈夫なようには見えなかったが、アイリスは笑顔を作ることで問題ないとアピールする。
無理をしているのは明らかだった。
「アデル様こそお疲れではないですか? 異能で負傷者の治療を手伝っていただいたと聞きました、ありがとうございます。かなりの魔力を使用されたのでは?」
アイリスは心配そうな表情でそう言った。
「それなりに消費したのは確かですが、疲れてしまうほどではありませんからお気になさらないでください」
「はぁ~、さすがですね」
目を輝かせてアイリスは感嘆の声を上げる。
それとほぼ同時に、速すぎず、遅すぎない勢いでドアが開いた。
開いたドアから現れたのは招集をかけた張本人――ルドルフ・ピエール枢機卿だ。
「遅れて申し訳ない。準備に時間が掛かってしまった」
形ばかりの謝罪をしたルドルフは、教皇アイリスや集まった枢機卿の視線を気に留めることなく歩を進めると、段差の手前で立ち止まった。
「襲撃から間もないにもかかわらず、こうして集まっていただき感謝申し上げる」
「ルドルフ枢機卿、皆を集めた理由を教えてもらえますか?」
謁見の間にいる者たちは招集の理由を知らない。
アイリスの問いは至極当然のものだった。
「もちろんです」
神妙な顔で頷いたルドルフは、保守派の枢機卿たちに目を向ける。
「ウィリアム枢機卿とルイス枢機卿のことは誠に残念であった。保守派の筆頭ともいうべき彼らと強硬派と呼ばれる我らとでは見解の相違こそあったが、世界の平和を願う気持ちは同じはずだ――そう思っていた」
ルドルフの言葉にアデルだけでなく、その場にいた全員が違和感を覚える。
保守派の枢機卿の一人が、真意を問うべく口を開く。
「思っていた、ですと? 何ともおかしなことを仰いますな。ルドルフ枢機卿の口ぶりだと、まるで世界の平和など願っていなかったと仰っているように聞こえます」
「そうだと言ったらどうするかね」
ルドルフが保守派の枢機卿と目を合わせ、互いの瞳をのぞき込む。
「……ありえませんな」
会話を再開したのは、保守派の枢機卿からだった。
「お二人のことは保守派の者は皆よく知っております。かく言う私もその一人ですが、誰よりも世界の平和に思いをはせておられたことを知っています。憶測で故人を貶めることは仰らないでいただきたいものですな」
「証拠ならある」
アイリスは表情を変えることなく椅子に座っていたが、内心では少なからず驚き、動揺していた。
亡くなった二人の枢機卿とは先日話をしたばかりである。
少なくともアイリスの目には二人とも平和を願う敬虔な信徒に見えた。
「捕らえた賊を特務部隊に調べさせたところ、反教皇派だと認めたのだが、興味深い情報を吐いたという報告を受けた。実は教皇庁に内通者がいて、内通者の手引きで今回の襲撃を計画・実行したとな。ああ、もちろん内通者が誰かも吐かせている。誰だったと思うかね?」
ルドルフの試すような――事実、試しているのだろう――問い掛けに、保守派の枢機卿はまくし立てるように「否」を返した。
「ありえない! 主席枢機卿ともあろう御方が、賊の言葉を鵜吞みにされるおつもりかっ」
やれやれと言わんばかりに首を振り、ルドルフはため息を漏らした。
「言ったであろう、証拠ならあると」
ルドルフは懐から二枚の紙を取り出すと、保守派の枢機卿に差し出す。
「賊の情報をもとにウィリアム枢機卿とルイス枢機卿の部屋を調べたところ、それを発見したそうだ」
「……そ、そんなバカな!?」
紙に書かれた内容に目を通した保守派の枢機卿は、倒れるように膝から崩れ落ちた。
紙には襲撃に関する情報がこと細かく記されていた。
それだけならば、まだ二人が関わったという決定的な証拠足りえない。
第三者が部屋に隠した可能性だってある。
だが、手紙の最後に書かれた名前は亡くなった二人のもので、筆跡もよく似ていた。
「本当にお二人が……?」
「確かに……よく似ている」
謁見の間に動揺が広がるが、ルドルフは素早く手を上げて場を制する。
「何故このような凶行におよんだのか話を聞こうにも、すでに二人とも亡くなっている。何より起きてしまった事実は変わらんし、今ここで議論している時間もない。そんなことよりもやらねばならん重要なことがある――聖下」
ルドルフはアイリスに恭しく会釈する。
「何でしょうか」
「今回の襲撃は教皇庁の、ひいてはクリフォト教国の根幹を揺るがす大事件です。これを正すには元凶――反教皇派を排除するしかありません」
「まさに!」
「然り!」
強硬派の枢機卿がこぞってルドルフに同意を示す。
保守派の枢機卿たちは沈黙している。
「反対する者は誰もいないようだ。では、反教皇派は特務部隊が殲滅しましょう――オフィーリア」
「追跡班からの連絡によれば、賊の足取りは掴めており何の問題も生じておりません。直ぐに殲滅作戦部隊を編成します」
「よろしい。不穏分子を絶滅する任は君に委ねる。速やかに、確実に実行するように」
「はっ」
ルドルフの指示に対し、軍帽を深くかぶりなおした女性士官の表情に怖じる色も気負う気配もない。
すでに決定した未来を告げるかのように、淡々と頷いてみせる。
「猊下のご期待には必ず沿います。我ら特務部隊にお任せください」
オフィーリアは敬礼を返すと、そのまま踵を返して謁見の間を後にした。
アデルもアイリスもそれを神妙な顔で見ていた。
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