第173話
漆黒の夜空に浮かび、煌々と輝いているのは宝石のように丸く赤い月。
その月明かりを浴びながら、シャル様の深緑の大きな瞳がこちらを見つめています。
一国の王女だけあって立っているだけで絵になります。
と、そんなことを考えている場合ではありませんでした。
「シャル様、どうしてこのような場所にお一人でいらっしゃるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん? 決まっておろう、其方と共に行くためだ」
「……私が何のためにここへ来たのかご存知なのですか?」
「反教皇派を殲滅するためであろう?」
何を今さらとでも言わんばかりに小首を傾げるシャル様。
ああ、やはり気づいていらっしゃったのですね。
せめてもの救いといえば、感じる気配シャル様だけで他には誰もいないということでしょうか。
「ちなみに、このことを誰かに話したりは?」
「無論、誰にもしておらぬ。その方がアデルもよかろう?」
「お気遣いありがとうございます」
片手を胸に添え、丁寧に頭を下げると、シャル様は満面の笑みを浮かべながら頷きました。
「で、これからどうするのだ?」
「そうですね」
尖塔が空高く突き刺さり、何棟もある教会に目を向けます。
正面の入り口は大きくて頑丈な木製の扉で閉ざされていました。
あそこから入れば、特務部隊と鉢合わせてしまう可能性があります。
ならば――。
「シャル様、こちらへ」
私とシャル様は教会の裏側に回りました。
耳を澄ましてみますが、少なくとも人の気配はしません。
どうやらこちら側には誰もいないようです。
「ここから入りましょう」
入り口よりも一回り小さな木製の扉を指さします。
「うむ。だがアデルよ、鍵がかかっておるぞ」
ドアノブに手をかけると確かに鍵がかかっているようで、捻ってもガチャガチャと音を立てるだけで扉は開きません。
さすがに私も鍵を開ける技能は持ち合わせていません。
となると、心苦しいですが取ることの出来る手段は一つです。
――バキッ!
"
―—申し訳ございません、後で必ず弁償します。
心の中でそう呟いてからシャル様と教会の中に入りました。
中に入って最初に感じたのはその狭さと暗さです。
天井が低く、窓も一つしかないからか光がほとんど差し込まないため、やや陰鬱な雰囲気があります。
壁際に設置された棚には大きな樽がいくつも並べられています。
また、部屋の一角には大きな木製の箱が置かれていました。
どうやらここは物置きのようです。
「誰もおらぬな」
周囲を見回しながらシャル様が呟きました。
誰もいない方がこちらとしても都合がよいので助かります。
いるとすれば正面側の方でしょうし。
ただ、おかしいですね。
特務部隊はかなりの数がいたはず。
ここが反教皇派の潜伏先だとして怒号の一つや二つ、聞こえてきてもおかしくはないはずなのですが。
「――おや?」
「……どうしたのだ、アデルよ?」
しゃがみ込んだ私の背中越しにシャル様が声をかけてきました。
「……シャル様。ここ、何だか不自然ではありませんか?」
私は棚の左側の地面を指さしました。
「うん? 言われてみれば――ここだけ擦れたような跡がついておるな」
「ええ。棚を何度も動かさないとこのような跡にはならないでしょうね」
しかも、他の棚と比べてこの棚だけ何も置かれておらず、動かしやすくなっています。
「ふむ、つまり――」
「この棚は怪しいということです」
「ならば動かしてみるか」
私は静かに頷き、棚の側面に触れた手に力を込めました。
ズズッと音を立てながら、ゆっくりと棚が動きます。
棚があった場所から、下へと通じる階段が姿を現しました。
「――ここが本当の入り口、といったところか」
「わざわざ棚で隠してあるくらいですし、間違いないでしょう」
「うむ! 楽しみだな」
満足げな表情を浮かべるシャル様。
シャル様の言う楽しみが何なのか、それについては敢えて触れないようにしておきましょう。
シャル様と共に階段を下りていきます。
思ったよりも長く続く階段に戸惑いつつ、歩みを止めずに下っていきました。
暫くすると階段が終わり、木製の扉が視界に入りました。
特に鍵穴らしきものも見当たりません。
ゆっくりと扉を押して中の様子を窺います。
「これは……」
「……何かあったのか? アデル」
「いえ……いや、あったといえばそうなのですが」
そう、扉の先はただひたすらに奥へ奥へと続く廊下があったのです。
ただ、それにしてもこれは……。
「先が全く見えぬな。これはいったいどこまで続いておるのだ」
「分かりません。このような場所が教会の地下にあったとは……とにかく進みましょう」
「うむ」
私とシャル様は暗闇の奥へ続く廊下をまっすぐに進み始めました。
黙々と進むこと数分、突如として廊下が終わり、開けた場所に出ました。
私たちは辺りを慎重に見回しました。
奥へと続く道以外には何もなさそう――ん?
なぜかシャル様が上を見ています。
「赤い宝石……?」
天井には血のように紅い宝石が浮かんでいます。
どこか赤い月を連想させるその宝石は、眩くも不気味な輝きを放っていました。
――あのままにしてはいけません。
どうしてか分かりませんが、直感的にそう感じている自分がいました。
ただ、とにかく思ったのです。
あの宝石を放置してはいけないと。
「アデルよ」
「分かっています」
シャル様も私と同じ考えなのか、赤い宝石を睨みつけています。
「『――――英雄達の幻燈投影』」
再び"正統なる王者の剣"を再現した私は、天井に浮かぶ赤い宝石に向かうべく地面を蹴りました。
――届く。
赤い宝石を叩き斬ろうと"正統なる王者の剣"を振りかざしたその時。
「アデル!!」
シャル様の叫び声とほぼ同時。
薄暗い空間の中、二人の黒ずくめが私の目前に飛び込み、長剣を振るってきました。
空中では身を躱すこともできないため、"守護女神の盾"を再現して相手の攻撃を弾くことに成功しました。
着地するとシャル様のいる場所まで下がり、次の攻撃に備えるべく剣を身構えたのですが、黒ずくめたちはその場に立ち止まったままです。
「――悪いがのぅ、それを壊されると困るのじゃ」
「とっても大事なモノだからネ☆」
「そうそう」
奥へと続く道から聞き覚えのある声がしました。
「貴女たちは……」
「言ったじゃろう? どうせまた会えると」
奥の暗がりから姿を現したのは、街で助けた女性たち――セレナさんとディアナさん、そしてルナさんでした。
最上紳士、異世界貴族として二度目の人生を歩む 洸夜 @kouya0729
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