第109話 護衛はやっぱり必要なようです

 ディシウス王国へ向かう当日。


 私とリーゼロッテの前に現れたのは意外な人物でした。


「ウェリントン伯爵家当主、ハーヴェイより、リーゼロッテ様とアデル様の護衛を仰せつかって参りました。リビエラ・ウェリントンと申します」


 リビエラは私たちに向かってにこりと笑って礼をしました。


「道中、よろしくお願い致します」

「え、えぇ?」


 その予想外すぎる展開を前に、リーゼロッテは大口を開けてポカンとしていました。

 

 王族が国外に出る場合、如何なる理由があろうとも不慮の事故を考慮して護衛をつけるものです。

 何か起きた時には即座に動ける者が傍にいたほうが、送り出す側も安心できますしね。

 以前、聖ケテル学園に一時留学してきたシャルロッテが連れていたゼクスとノインが良い例でしょう。


「リビエラさん、よいのですか?」

「ええ、私はこういう時の為に今まで育てられてきたのですから。それに、お二人のことは公王様とディクセン様よりお聞きしています」

「なるほど」

「ああ、ハーヴェイは知りませんよ。あくまで私だけです。父はディクセン様から私に、お二人の護衛をするようにという命を受けただけですから」

「そして、城へ馳せ参じた際に私達のことを聞いたというわけですね」

「そういうことです」


 私とリーゼロッテの護衛をするのであれば、確かに婚約したことを知っている必要はあります。

 ただ、おいそれと誰にでも話せることではありません。

 どこから情報が漏れてしまうか分からないからです。


 その点、リビエラであれば代々公王家に仕えている点や、"顔なし"がリーゼロッテを襲撃した時の対応を考えれば、充分信頼できます。


 ――リーゼロッテは新人戦や学園対抗戦でのリビエラしか知らないので、かなり戸惑っているようですが。


「え? え? リビエラさんがどうして私たちの護衛を? しかも私とアデルのことを知って……?」

「それは道中にお話致します。なにせディシウス王国までの道のりは長いですから。こちらにお乗りください」


 そう言って、リビエラは黒塗りの大きな電磁車のドアを開けました。

 

「リーゼロッテ様。どうぞ先にお乗りください」

「そ、そうね」


 私に促されたリーゼロッテが車に乗り込みました。

 続けて私も乗り込みます。

 通常であれば、先にリビエラを乗せてから最後に私が乗り込むのですが、彼女の役割は護衛ということですからね。


 車の中は三人が乗り込んでもたっぷり余裕がありました。

 私とリーゼロッテは隣同士に座り、リビエラは向かいの席に座りました。


 まもなく電磁車は音も立てずに走り始めましたが、まったく揺れることはありませんし、座席がふかふかなおかげで乗り心地は最高です。

 

 リビエラはリーゼロッテにウェリントン家が公王家に代々仕える近衛騎士の一族であること、大きくなったらリーゼロッテに仕えるべく訓練を積んできたことを伝えました。

 

 時間が経つにつれ、リーゼロッテはこの状況を受け入れていたのですが、一つだけ気になることがあったようです。


「うーん、最初に会ったときがあの喋り方だったからかしら。今のリビエラさんと話していると何だか違和感があるわね」


 確かに。

 あの間延びした話し方と、今の話し方ではまるで別人です。

 リーゼロッテがそう感じてしまうのも仕方ありません。


 リビエラは困ったような笑みを浮かべていました。


「そう仰られましても、私はリーゼロッテ様に仕える護衛として育てられてきました。そして今、一時的ではありますがこうしてお仕えすることになったのです。事情を説明したこの状況で言葉を崩すのは……それと、私のことはリビエラとお呼びください」


 リビエラはプロ意識が高いようです。

 いえ、今まで積み重ねてきた成果をみせることができるわけですから、張り切っているといったほうがよいかもしれません。


「そうよね、ごめんなさい。だけど、私たちしかいない時は、以前の感じでもいいのよ? リビエラもその方が気が楽でしょう?」


 リビエラが少しだけ考えるような素振りを見せました。


「宜しいのですか?」

「もちろん」

「……本当に?」

「私がいいと言っているのだから、気にする必要はないわ」


 リーゼロッテが屈託のない笑顔をリビエラに向けると、彼女は私の方をちらりと見て、それからまたリーゼロッテを見ました。


「私が以前リーゼロッテ様とお会いした時のような振る舞いをするということは――こんなことをする可能性もあるけど、いいの~?」


 言い終わるよりも先にリビエラは席を立ち、私の隣に座ったかと思うと、私の左腕に抱きついてきました。


「な……っ!?」


 リーゼロッテがその蒼い瞳を大きく見開いて、ありえないほど狼狽えています。


 これは――楽しんでいますね。

 

 リビエラの目は先程とは違い試すような、それでいて面白がっているように見えました。

 すると、リーゼロッテは何を思ったのか、私の右腕に抱きついてきたではありませんか。


「駄目よ! 絶対に駄目! あ、アデルは私のなんだからっ!!」


 目に涙を浮かべながらリビエラを睨みつけるリーゼロッテの顔もまた愛らしいと思ってしまうのは、愛しい人が見せる表情だからかもしれません。

 おっと、見とれている場合ではありませんでした。


「リビエラさん、あまり私の可愛い婚約者をからかわないでください。本気にしているではありませんか」


 私の言葉を聞いたリビエラは抱きついていた左腕から離れ元いた席に座ると、すまなそうに頭を下げました。


「お許し下さい。リーゼロッテ様のお言葉が嬉しくてつい調子に乗ってしまいました。――それにしても、『私の可愛い婚約者』ですか」

「ええ、私の大切な婚約者です」


 私はリビエラの言葉に頷きつつ、自由になった左腕でリーゼロッテの頭を優しく撫でます。


「……貴方は変わりませんね。まあ、リーゼロッテ様だけに向けられているのであれば、喜ぶべきことなのでしょうけど」

「誰に対しても真摯に向き合うことを変えるつもりはありませんよ。ただ、リーゼロッテ様と他の方とのあいだに差ができたのは事実です」

「それはリーゼロッテ様の幸せそうなお顔を見れば分かります」


 リビエラは大きくため息を一つ吐いて、リーゼロッテの方を見ました。

 リーゼロッテは白い頬だけでなく耳まで真っ赤に染めて、うっとりとした表情で私に身体を預けていました。

 

「リーゼロッテ様、リビエラさんには普段から護衛として接していただきますが宜しいですね?」

「はぁい……」


 間延びした返事になっているのは、私が頭を撫で続けているからでしょうか?


「人前では自重してくださいね」

「もちろんですよ」

「じゃあ、私の前でも――いえ、やっぱりいいです」


 リビエラは言いかけてから直ぐに否定しました。


「宜しいのですか」

「ええ、言ったところで無駄なような気がしますし。さて――」


 言葉を切ると、リビエラは頭を下げました。


「これからよろしくお願い致します」

「はい。こちらこそよろしくお願い致します」


 こうして、頼りになる護衛とともにディシウス王国へと向かうのでした。

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