第127話 白銀のロンド

 接近してきた六体の騎士たちは、握っていた武器で攻撃してきました。

 刃渡り七十センチほどの片手剣を、私の周囲に展開している"母なる聖域"目掛けて振り下ろしてきたのです。

 当然ですが、これしきの攻撃で結界が破壊されることはありません。


「ふん、そのくらい織り込み済みだ。『――覇者の左手』」


 そう言ってカエサルが異能を発現しました。


 今さら第一位階を発現したところで先程と同じ結果にしかならないはず――なっ!?


 カエサル自身に発現すると思っていた"覇者の左手"。

 しかし、そんな私の予測を吹き飛ばす光景が飛び込んできました。


 六体の騎士たちの剣が再び"母なる聖域"に触れた瞬間、騎士たちの体からカエサルの"覇者の左手"と同じ銀色に輝く腕のようなものが出現したのです。


 六本の"覇者の左手"の攻撃が突き刺さるや否や、結界にあっさりと穴が穿たれました。

 遮る障壁の無くなった剣と腕が、私の頭上に容赦なく振り下ろされます。


「くっ、おおおおぉ!」


 咄嗟に地面を蹴って後ろへ退かなければ、今ので串刺しになっていたことでしょう。


「異能は可能性という未知の原石だ。一度発現したからといって、最初の使い方だけに固執する必要はない。常に考え、何が最適であるかを創造できるものが一番強いのだ――この俺のようにな」


 カエサルの言葉に呼応するかのように、六体の騎士たちが剣を構えました。

 

 もう一度"母なる聖域"を展開したところで、同じように突破されてしまうでしょう。

 カエサルの元へいくにはまず、六対一というこの状況を何とかしないといけませんし、仮に突破できたとしても更に六体が控えています。


 周囲を固められている以上、隙をついてカエサルだけを狙うことはできません。

 なにより、もたもたしていたら控えている六体がやってくる可能性だってあるのです。

 覚悟を決めるしかありません。


「『――――英雄達の幻燈投影!』」


 だから私は、両手に発現させた"正統なる王者の剣カリブルヌス"と、"雷を切り裂く剣ブリッツ・シュヴェールト"を構え、こちらに狙いを定める六体の騎士たちと向かい合いました。


 敵を前に恐れてはいけません。

 数の上では圧倒的に不利かもしれませんが、こういう時は臆したほうが負けるのです。

 あの騎士たちは異能によって生み出された存在、加減などして通じる相手ではないのですから。


「――行きますッ!!」


 己を叱咤するように一声叫び、猛然と地を蹴りました。

 対する六体の騎士たちの反応も尋常ならざるものです。

 一斉に剣を振りかぶってきました。

 ですが、"雷を切り裂く剣"で身体能力が向上しているぶん、速度は私が上です。

 一気に距離をゼロにすると、一番近い一体に向かって剣を思い切り打ち下ろしました。


 私の剣が仮面を切り裂くと、騎士は剣を再度頭上高く振りかぶろうとしましたが、そこまででした。

 神々しい外見にそぐわない、人語ならぬ絶叫を上げて全身を硬直させたのです。

 直後、騎士の体は純白の光に包まれ、四散しました。


 ――これなら!


 カエサルの創り出した騎士は確かに脅威で、甘くはありません。

 しかしながら、今の私であればこちらに分があります。


 理由は至極単純です。

 今までの動きから推察するに、この騎士たちは個々の力量は均一化されており、突出した存在がいません。

 一糸乱れぬ動きで統率力は優れているかもしれませんが、一定で戦術に幅がないのです。


 ですが私は、"英雄達の幻燈投影"によってある意味別人になれるのです。

 故に、私が負けることは有り得ません。


 残った五体の騎士が、私の進路を阻むべく襲いかかってきました。

 私はまず、先頭の一体の攻撃を躱します。

 続けて斜めに振り下ろされる騎士の剣の先端に意識を集中し、身体を捻って回避しました。

 同時に、右手の"正統なる王者の剣"に神経を集中します。

 思い切り振りぬくと、騎士の仮面に吸い込まれるように命中し、そのまま二つに割れました。


 純白の光とともに消滅する騎士を気にすることもなく、次の騎士が行く手を遮ります。

 騎士の剣がすでに振り下ろす動作に入っているのを見て、回避が間に合わないと判断し、ガウェインの"守護女神の盾"を展開しました。


 キィン!! という硬質な音を立てながら剣を弾き返すと、騎士の姿勢が崩れました。

 "守護女神の盾"を騎士に押し付け、身動きが取れなくなったところに剣を突き刺すと、歪んだ悲鳴とともに騎士の全身が溶けていきます。


 ――残り三体です!!


 即座に立ち上がって振り返ると、残った三体の騎士が剣を高く掲げ、猛然と向かってきました。


「『――――魔力供給エイル』」


 逸る気持ちを抑えつつ"雷を切り裂く剣"に魔力を流し込むと、刀身が青白い輝きを放ちます。


「はあああぁぁ!!」


 雄叫びとともに、私は身体を回転させながら迫り来る騎士たちに剣を撃ち込みました。

 がつ、がつ、がつっ!! という鈍い音が連続し、三体の騎士の鎧を切り裂いていきます。

 会場内に閃光が走り、断末魔のごとき悲鳴があがりました。

 そのまま三体とも白い炎に包まれ、崩れ落ちていきます。


 その間、カエサルは腕組みをしたまま微動だにせず、傍に控えさせていた六体をけしかけることもなく、ずっとこちらを見ていました。

 私が攻撃しているタイミングを狙えば、無傷ではいられなかったでしょう。

 

 ――何度も機会はあったはず……何故、攻撃してこなかったのでしょうか?


 どう考えても理由が思いつきません。

 すると、カエサルは私に向かってパン、パンと手を叩き始めたのです。


「今の異能は先ほどと詠唱が違うな。ということは――面白い。俺の騎士を六体とも倒すとは見事なものだ」

「お褒めにあずかり光栄です。ですが、よろしいのですか? 貴方を守護する騎士は半分になりましたよ」


 カエサルが発現した白銀の騎士も残すところ六体のみ。

 この調子で同じように倒していけば、彼を守るものはいなくなります。


「守護する騎士だと? くっ、はははは! 貴様は勘違いをしているぞ」


 カエサルはニヤリと笑みを浮かべると、腰に手を当て言いました。


「貴様は、俺の『白銀の軍団』が騎士を召喚する異能だと思っているのではないか」

「……違うのですか?」

「当然だ。この騎士たちはあくまでも俺のためだけに存在する触媒にすぎん」

「触媒? いったい何の――むっ!?」


 そこまで言ったところで異変に気づきました。

 カエサルの身体が白く輝いているのです。

 それは、白銀の騎士を倒した直後の輝きによく似ています。


「我が騎士たちは統率力はあるが、個々の強さが突出しているわけではない。それは認めよう。しかし、だ。一体倒されるごとにその力が俺のものになるとしたら――いったいどれほどの力になると思う?」


 予想外の回答に、私はおもわず大きく息を吸い込みました。


 白銀の騎士の力を己の力にする――そんなことが可能だとしたら、いえ、それこそがカエサルの第二位階の本質だとしたら……。


「ここからは俺自ら相手をしてやる。ああ、残り六体が貴様を攻撃することはないから安心しろ。差が開き過ぎてはつまらんからな」


 そう言って、試合開始から今まで一歩も動くことがなかったカエサルがゆっくりと歩き始めました。

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