第128話 腑に落ちない決着

「いくぞ」


 私との距離を瞬時に踏み込むカエサル。

 瞬間移動のような体捌きで、気づいた時には私の目の前にいました。


「なっ!?」


 カエサルの左手にはいつの間にか白銀の騎士の剣が握られており、振り下ろしてきたのです。

 反射的に右手の"正統なる王者の剣"で攻撃を抑え込もうとしました。

 しかし、白銀の騎士六体分の力を取り込んだというのは本当のようで、じりじりと押されていきます。


「今の動きが追えるか……やるな」

「……私の場合、見えていたというよりただの予測です、よっ」


 押し返すのが無理だと判断し、後ろへ下がりました。


「予測だと? 面白い。次はもう少し早くいくぞ」


 カエサルの姿が消えました。


 ――疾いッ! と感じた瞬間、左手後方から飛来する剣を寸前のところで躱します。


「いつまで躱すことができるかな」


 私を中心にして風となったカエサルが駆け回っています。

 私の死角をついて次々と攻撃を仕掛けてくるカエサル。

 その全てをギリギリのところで回避します。


 当たり前ですが、カエサルの攻撃が見えているわけではありません。

 視覚でカバーできるのは前方に限られます。

 それでは何故避けることができるのか。


 視覚に頼らず、聴覚と肌に触れる空気の動き、相手の気配に集中していたからです。

 それらの情報をもとにカエサルがどこから、どのようにして攻撃してくるのかを予測し、すんでのところで回避しました。


「素晴らしいぞ。だが、これはどうかな?」


 目の前に現れたカエサルが剣を振ってきました。

 後ろに飛び退けると、突然右側から衝撃が走りました。


「ぐっ!?」


 無防備な状態で受けたことで、私の体は軽々と数メートル吹き飛ばされました。

 一瞬意識が途切れそうになったものの、直ぐに立ち上がります。


「今の一撃で立ち上がるとはな。褒めてやろう」


 "覇者の左手"による攻撃ですか……厄介ですね。


 剣での攻撃と見えざる攻撃、そのどちらにも集中しないといけません。

 ですが、これだけの異能です。

 私が使えばカエサルにも効果があるはず――ん?


 そこで違和感を覚えました。

 そういえばカエサルの異能を何度か受けましたが、身体中を駆け抜けるあの感覚が一度もきていません。

 いつもなら一度でも触れれば相手の異能を再現できるようになるのですが……。


「貴様に俺の異能を再現することはできん。『覇者の左手』の発現には制約があるからな」

「制約?」

「知る必要はないし、仮に知ったところで貴様にはできん」


 どうやらいつの間にか慢心していたようです。

 どんなにすごい異能だろうと、私の"英雄達の幻燈投影"であれば再現できると。

 人の数だけ異能もまた存在しています。

 再現できない異能があったとしても、何ら不思議ではないのです。


「どうする、負けを認めるのであればここで終わりにしてもいいぞ」

「提案はありがたいのですが、負けられない理由があるのですよ」


 五騎士選抜戦で戦ったレイや、学園対抗戦で戦ったオスカーたちの顔が過ぎりました。

 私だけの戦いであるなら構いませんが、彼らの想いを背負って、国の代表としてこの場に立っているのです。

 

「よい目をしているな。いいだろう」


 カエサルが左手の剣を高らかに振り上げました。

 すると、"覇者の左手"が剣に絡みつき、刀身が青白い光となって伸びていきます。


「次の一撃だ。これをしのぐことができれば貴様の勝ちだ」

「……しのぐことができれば?」

「そうだ。防御でも回避でも、貴様の好きにするといい」


 カエサルの眼がにやりと笑うのを見た――気がしました。

 剣は帯電したかのように発光を続けています。


 カエサルにとって勝敗など特に意味がないということでしょうか?

 今までのカエサルの言動から考えれば、嘘はついていないはずです。

 

「逃げるのも手だぞ。逃げられるものならな」


 逃げるつもりはもちろん、防御も回避もするつもりはありません。

 私は、"雷を切り裂く剣"を解除し、"正統なる王者の剣"を両手で持ちました。


「『――――魔力供給』」


 眩い輝きを放ち、"勝利すべき王者の剣カリバーン"へと姿を変えます。

 

 取るべき手段はただ一つ。

 こちらも最大の一撃を放つまでです。


 私が取れる手の中で最大火力といえば、シュヴァルツの"勝利すべき王者の剣"。

 これが通じないのなら、最後の手段――"魔力供給"を自分自身にかけるくらいしか手がありません。

 

 両手に力を込めて、空高く突き上げます。

 カエサルと視線が交差した次の瞬間――。

 

「――全てを灼け、不滅の刃!」

「はあああぁッ!!」


 攻撃のタイミングはまったく同じでした。

 お互いが放った閃光が、激流となって視界の全てを白く溶かしていきます。


 二つの異能がぶつかり合った衝撃は凄まじく、会場全体が激しく揺れているのを肌で感じました。

 吹き飛ばされまいと必死で踏ん張り、その場で耐え続けます。


 やがて揺れは収まり、白く灼かれた視界に、会場の風景が戻ってきました。

 地面は抉れていたものの、観客席の方は無事です。


 私のものとは明らかに強度が違いますね。

 やはり本人だと効果も違うのでしょうか……。

 後ろを振り返るとクラウディオが胸に手を当て、優雅に一礼していました。

 

 カエサルの方に向き直ると、後ろにいた六体の騎士は衝撃の余波を受けたのか仮面がひび割れており、純白の光に包まれています。


「耐えたか。貴様の勝ちだ、アデル」

「勝ち、ですか……」

「なんだ、嬉しくないのか? 誇っていいぞ。俺の攻撃を正面から受け止めたのは貴様で二人目・・・だ」


 ……私で二人目?

 では、最初の一人はいったい誰が――そう問いかけようとする前に、カエサルは「審判、俺の負けだ」と言って会場を後にしました。

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