第71話 学園対抗戦編⑦

「いやはや、動き出しといい、瞬時の判断力といい、見事なお手並みです。ディクセン様は貴方のことを"不肖の息子"などと言ってらっしゃいましたが、どうやら謙遜だったようですね」


 邪気の無い爽やかな笑みを浮かべながら、クラウディオが近づいてきました。

 不肖の息子、ですか。

 ふふ、記憶の中にあるアデルの行いを思い返せば、そう評価されても仕方の無いことかもしれません。


 ですが、気になりますね。

 無論、不肖の息子にではありません。

 

「クラウディオ様は、お父様と懇意にされていらっしゃるのでしょうか?」


 私のことを話す間柄ということは、それだけ身近で接する機会があるということです。

 ただの審判が、公国騎士団長であるディクセンと話をする機会があるとは思えません。


「ええ。去年まで公国騎士団の副団長として、ディクセン様の補佐を務めさせていただいておりました。年齢を理由に、今年の春に騎士団を退団しまして、現在はアデル様が泊まっていらっしゃるホテルの支配人を務めさせていただいております」

「公国騎士団の副団長を? なるほど、それで……」


 クラウディオの言葉に合点がいった私は、頷きを返しました。

 それならば、ディクセンから私のことを聞いていてもおかしくはないでしょう。


「しかし、副団長を務めてらっしゃったということは、クラウディオ様は優秀な方だったんですね」

「いえいえ、私など大したことはありませんよ。ディクセン様をはじめ、周りが優秀な方ばかりでしたから」


 そうやんわりと否定したクラウディオは、気を失ったまま地面に倒れているベルナードを、両手で持ち上げました。

 軽々と持ち上げたベルナードを、聖タラニス学園側に運んで行きます。

 行ってから戻ってくるまでの一連の動きには一切の無駄がなく、洗練された感がありました。

 全てにおいて徹底されている、それだけでクラウディオが優秀だということが分かりますし、物腰の柔らかさ故に安心もできます。

 

「さて、見たところまだまだ元気なようですが、このまま続けて対戦されますか?」


 視線を上から下、そしてまた上へと変えながら、クラウディオは尋ねてきました。


 確かに、体力的にも魔力的にもまだまだ余裕はあります。

 大して動いたわけでもありませんし、何といっても私の魔力量は他のフィナールクラスの方のおよそ十倍ですからね。

 体力面を無視して、魔力だけで単純に考えるのであれば、一人で十回戦闘を行えるということです。

 続けて戦ってもよいのですが、これは個人戦ではなく団体戦。

 シュヴァルツに確認した方がよいでしょう。

 そう思った私は、聖ケテル学園側に振り返ろうとしたのですが――。


「お疲れ~。アデル君、今日はここまでだってさ」


 ポンと肩を軽く叩かれたので振り返ると、そこにいたのはヴァイスでした。

 柔和に微笑むその姿は天使のようで、まさに会場内に舞い降りた白き御使い。

 いつの間に、と思うのは野暮ですね。

 ヴァイスはそれだけの力を持っているのですから。


「今日は、ですか?」

「そう。今日は、だよ」


 壁際へと目を向けると、シュヴァルツが頷いていました。

 ふむ。

 私がまだ戦えることは、シュヴァルツも充分理解しているはず。

 にもかかわらず、今日はここまでということは――ああ、そういうことでしたか。


「今日はあくまでもお披露目。全て手の内を見せる必要はない、といったところでしょうか?」


 それに対して、「よくできました」と言わんばかりに笑みを浮かべて頷くヴァイス。

 私を下げる理由が他に思いつきませんでしたからね。

 まあ、既に新人戦の時での私を知っていらっしゃる方が多いでしょうから、他校というよりは観客席に向けてなのかもしれません。


「承知しました。しかし、ヴァイス先輩が伝えに来てくださったということは、次の対戦は――」

「そう、ボクが出るよ。サクッと終わらせるからさ、アデル君は後ろでボクの活躍を見ててよね」

「勉強させていただきます」


 ヴァイスであれば、負けることなど万に一つもないでしょう。

 むしろ、次の対戦相手の方が気の毒でなりませんが……これは各学園の誇りがかかった試合ですからね、仕方ありません。

 私はヴァイスに一礼すると、クラウディオの方に向き直りました。


「というわけですので、よろしくお願い致します」

「承知しました。では、聖ケテル学園はヴァイス・フェンリスヴォルフ様に変更ということで」


 クラウディオに会釈をした私は、自陣である壁際へと足を運びます。

 


「お疲れ様。よくやってくれた。初戦の出だしとしては上々といって良いだろう」


 戻った私は、笑顔で出迎えたシュヴァルツから労いの言葉をかけられました。

 後ろに控えているリーラも、シュヴァルツの言葉に同意するように頷いています。

 視線をリーラから左にずらすと、リーゼロッテと目が合いました。

 「どうでしたでしょうか?」と言って、にっこりと笑い掛けると、彼女は目を逸らしながらも、「よくやった方じゃないかしら」とお褒めの言葉を返してくださいました。


「有難うございます。ですが、私が勝てたのもシュヴァルツ先輩やヴァイス先輩、そしてリーラ先輩やリーゼロッテ様達との手合わせをしてきたおかげです。私だけの力ではありません」


 私の異能、"英雄達の幻燈投影ファンタズマゴリー"は、あくまでも他人の異能を再現しているに過ぎません。

 毎日身体を鍛えてはいましたが、それだけではこうも容易くベルナードに勝てなかったでしょう。

 今まで学園で手合わせをしてきた経験があるからこそ、私は異能を最大限に活かせているのですから。

 

「ふふ、相変わらず何とも謙虚なことだ。その謙虚さがアデル君の強さに繋がっているとも言えるのだろうがね」


 別段、私自身は謙虚だとは思っていないのですが、どうも理解していただけないようです。

 私が強いか弱いかで言えば、流石に弱いとは言えません。

 その程度のことは理解しています。

 少なくとも、片手では足りない数の異能を再現出来るようになっているのですから。


 複数の異能を再現出来る時点で、他の方より優位性は増しますし、先に言ったように、発現回数を気にする必要もほぼありません。

 ん? 自分で言っておきながらなんですが、些かズルいですね。

 やはり、皆さんのおかげで私というものが成り立っているということを忘れずに、自身を律していかねば。


「ほら、そろそろヴァイスの試合が始まるぞ」


 シュヴァルツの言葉で思考を引き戻した私は、ヴァイスが居る方へと目を向けます。

 ちょうどクラウディオが名乗りを上げているところでした。

 ヴァイスの対戦相手は、オットー・ヴァレンタイン。

 遠目でも分かるほど大きく屈強な身体で、小柄なヴァイスと比べると、大人と子供という表現がぴったり合います。

 

 外見の特徴だけ見れば、圧倒的にヴァイスが不利なように感じますが、異能が重要な要素を占めるこの世界では、そんなことはありません。

 それは実際に相対している二人が、一番理解しているのでしょう。

 巨大なモニターに映るヴァイスの顔は無邪気な笑顔を浮かべており、これから試合を始める者の顔には見えません。


 対してオットーはというと、試合開始前にもかかわらず顔から汗がとめどなく流れ、地面へ滴り落ちています。

 呼吸も乱れているのか、肩が上下に揺れていました。

 蛇に睨まれたカエルの如く、彼からは覇気が全く感じられません。


 試合が始まる前からこれでは、既に結果は決まったようなものですね。

 モニターから視線を外し隣を見ると、シュヴァルツも同じことを思ったようで、私と似たような苦笑いを浮かべています。

 ヴァイスが言っていた通り、本当にサクッと終わってしまうのではないでしょうか。


 そうこうしている内に、ヴァイスとオットーは一定の距離まで離れました。

 クラウディオが先ほどと同じく、右手を上げて試合開始の合図を出します。

 が、一向にオットーはその場から動こうとしません。

 ヴァイスも同様に動く気配はありませんが、ヴァイスはオットーを誘っているようにも見えます。

 

「ん~? 来ないのかい? ほら、今なら無条件で一発キミの攻撃を受けてあげるよ」


 本当なのかどうかは別として、両手を広げてかかってこいといった仕草をみせますが、それでもオットーは指一本すら微動だにしませんでした。

 すると、今まで笑顔を見せていたヴァイスは大きな溜息を吐き、一転して能面じみた表情へと変わります。


「……はあ、つまんないね、キミ」


 何気なく呟いたヴァイスの一言に、ビクッと身体を震わせるオットー。

 彼の瞳の奥からは、怯えの色が見て取れました。


「これがアデル君だったらさぁ、正面きって向かって来てくれるんだけど――って、キミに言っても仕方がないか」


 いやいや、私が向かっていかないと、貴方が今みたいに拗ねるからですよ。


 ヴァイスは戦うことがとにかく好きなようで、手合わせの時間になると必ず言い寄ってきました。

 彼の相手が務まる者はシュヴァルツとリーラを除いては、私しかいないからです。 

 しかし、シュヴァルツとしては多くの生徒と手合わせすることで、私の異能の幅を広げたいと、生徒一人につき週に一回だけという制限を設けたのでした。


「まあいいか、来ないならサクッと終わらせちゃおう」


 まるで、ピクニックでも行くかのように軽く告げたヴァイスは、一歩踏み出します。

 その言葉と動きに反応してか、オットーの足が一歩、後ろに下がりました。

 次の瞬間。


「いいかい? これは試合、戦いなんだよ? 全く挑もうともせず、逃げの算段なんて立ててる者に勝利はないんだ――どんなときであろうとね」

「なっ!?」


 目の前にいたはずのヴァイスが消えたことで、オットーは驚愕の表情を浮かべています。

 ――疾い。 

 いつの間にかオットーの背後にヴァイスが立ち、彼の肩に触れた瞬間。


「『――――雷鳴の轟きヴォルスンガ・ブリッツ!』」


 オットーの肩を一筋の光が突き抜けました。

 ヴァイスの第一位階"雷鳴の嘆き"は、雷のような電撃を飛ばす異能です。

 かすっただけでも痺れと激痛に襲われる攻撃を、接触した状態で受けたとなると。

 

「――ッァァ!?」


 声にならない悲鳴をあげたオットーは、その場に崩れ落ちます。

 ヴァイスはピクリとも動かなくなったオットーに一瞥すると、興味をなくした玩具のように顔を背けました。

 

「勝者――聖ケテル学園、ヴァイス・フェンリスヴォルフ」

 

 勝利宣言を受けたヴァイスはこちらを振り返り、天使のような笑みを浮かべながら無邪気に手を振るのでした。

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