第72話 学園対抗戦編⑧

 そこから先の二戦は、対戦相手が変わっただけで、録画した映像を再生したような状況でした。

 三人目にせよ、四人目にせよ、ヴァイスと相対した途端、オットーと同じく怯えるばかりで戦う意志というものが全く感じられないのです。

 ヴァイスが動き、相手に近づいたと同時に"雷鳴の嘆き"の一撃を放って終了。

 他校とはいえ、代表に選ばれた生徒なのですから、それなりの実力はお持ちのはずです。

 にもかかわらず、異能を発現する素振りすら見せないとは……。


「何と言いますか、一方的過ぎますね。試合が始まる前から諦めているように見えますから、当然と言えば当然の結果なのでしょうけど」

「諦めているように、というよりも実際に諦めているんだろうな。彼らは、去年や一昨年の"学園対抗戦"でのヴァイスを見ているだろうからね」


 圧倒的な試合の流れに人知れず呟いた言葉でしたが、隣で試合を見ているシュヴァルツには聞こえていたようです。

 

「去年や一昨年のヴァイス先輩を、ですか?」

「ああ。言っただろう? "学園対抗戦"の様子は各学校で視聴出来るようになっていると。彼らは二年生以上の者ばかりだからね。ヴァイスが戦っている姿を見たことがあるんだろう」


 なるほど、ヴァイスは去年も一昨年も、一人で全ての試合に勝利していたのでしたね。

 終始一貫してヴァイスの優勢で試合が運び、一切の被弾もすることなく、その身に掠り傷一つ負わずに勝利したと聞いています。

 そんな化物じみた相手が、己の対戦相手として目の前にいたとしたら?

 確かに戦意を奮い立たせるのは難しいかもしれません。


「特にヴァイスの最初の対戦相手……オットー君だったか。彼は去年も"学園対抗戦"に参加していたはずだ。去年のことが頭を過ぎったのかもしれないな」


 シュヴァルツは苦笑しながら言っていますが、あながち間違いとも言い切れません。

 人間、あまりにも強烈な体験をすると、心的外傷となってしまうこともありますからね。

 

 視線をヴァイスに戻すと、聖タラニス学園最後の一人、ゼノスとの対戦が始まっていました。

 聖タラニス学園の代表選手は、誰もが大柄で屈強な肉体の方ばかりでしたが、ゼノスは更に大きく見えます。

 今までの三人と違ってゼノスの瞳からは、戦う気概が感じられますね。


「『――――金剛防壁テストゥド!』」


 開始早々、ゼノスは自らの異能を発現させました。

 ゼノスの全周囲、およそ一メートルほどに障壁が展開されたかと思うと、勢いよく地を蹴り、ヴァイスに向かっていったのです。

 いわおのような身体が、水平に宙を飛びました。

 ヴァイス目掛けて、肩を突き出して低軌道で突っ込んでいく姿は、まさにアメフトのショルダー・タックルのようです。


 一方のヴァイスはといえば、先程までと違い笑みを浮かべていました。

 戦うことが大好きなヴァイスのことですから、戦う意志を向けられて嬉しいのでしょう。

 突進の勢いで迫ってきたゼノスがヴァイスに触れたかと思った瞬間、ヴァイスの身体が揺らぎ、掻き消えました。


「あはははは! いいね、やっぱり戦いはこうでなきゃ」


 ゼノスの後方、約十メートルの場所でわらうヴァイス。

 振り向いたゼノスは驚く素振りを微塵も感じさせず、ヴァイスに向かって再度突進しました。

 

「『――――雷鳴の轟き!』」


 ヴァイスは右手を突き出し、ゼノスに向けて"雷鳴の嘆き"を発射します。

 ですが、電撃はゼノスの異能によって展開された障壁に阻まれ、霧散しました。

 

「ゼノスの異能"金剛防壁"は、本人を中心として全周囲に魔力障壁を展開する異能だ。物理攻撃はもちろん、ヴァイスの電撃といったものまで防御可能であり、あらゆる攻撃の侵入を阻む」

「あらゆる攻撃も、ですか。その割にはシュヴァルツ先輩もヴァイス先輩も焦ってはおられないようですが?」


 シュヴァルツの説明に対して、私は異を唱えます。

 そう、本当にどんな攻撃も防ぐのであればヴァイスに勝ち目はありません。

 去年も一昨年も、ヴァイス一人で全ての試合に勝利したということは、当然のことながらゼノスにも勝利しているということなのですから。


「あらゆる攻撃を防ぐと言っても、万能という訳ではないんだよ。一定以上の攻撃を加えると、障壁を破壊することが出来るんだ」

「一定以上の攻撃……」


 となると、アレ・・しか思い浮かびません。

 そう考えていたところに、ヴァイスの言葉が会場内に響き渡りました。


「『――戦死者を選定する乙女ヴァルキューレ!』」


 ヴァイスが異能を発動させると、彼と同じ大きさの電気人形が十二体、姿を現しました。

 これはヴァイスが創り出せる最大数です。

 次の瞬間、十二体の電気人形は一斉にゼノスに向かって行きました。

 一瞬で間合いを詰めた電気人形は、ゼノスを取り囲み、彼の障壁に拳と蹴りを繰り出します。

 疲れを知らない十二体の電気人形は、手や足を緩めることはありません。

 

 ゼノスの"金剛防壁"は、はじめこそ何の変化も見えませんでしたが、攻撃が続くにつれ、ピシッと音を立てながら小さな亀裂が浮かんできました。

 

「ぬう――!?」


 その場にいても不利だと思ったのか、ゼノスは移動をしようと試みているようですが、全方向を電気人形に塞がれている現状では、動くことすらままならないようです。

 数というのは、最も単純にして、最も強力なる力の一つですからね。

 一つの完全なる個の前には、いくら数がいようと関係ないと仰る方もいますが、数の暴力というものは決して侮ることは出来ません。

 ましてや、ヴァイスと同等の能力を持った存在が十二体もいるのです。

 ゼノスに抗うすべがあるとは思えません。


 ゼノスの周囲に展開されていた障壁に浮かぶ亀裂は徐々に大きく、そしてそれは全体に広がっていき――最後には、硝子ガラスが砕け散るような音を立てて消え去りました。

 無論、障壁が消え去ったからといって、電気人形が攻撃の手を緩めるはずもなく。


「がはっ――!?」


 "金剛防壁"を失ったゼノスは、為すすべも攻撃を受ける形となり、その場に崩れ落ちました。


「んー、向かってくるまでは良かったんだけどね。段取りが去年と全く同じじゃあ駄目だよ」


 既に意識を失っているであろうゼノスを見ながら、やれやれといった感じで首を横に振るヴァイス。


「障壁を張って突撃、隙を見つけて第二位階を発現させようって魂胆が丸見えなんだよねー。もっと違う手を考えてくれなきゃ、つまんないよ? って、もう聞こえないか」


 地面に倒れ、うつ伏せのまま動かないゼノスに興味をなくしたのか、顔を上げたヴァイスは右手を上げて指を鳴らしました。

 パチン、という音とともに十二体の電気人形は音も立てずに消え去り、残ったのは傷一つ負わず綺麗なままのヴァイスと、倒れたゼノスのみ。

 

「勝者――聖ケテル学園、ヴァイス・フェンリスヴォルフ。よって、第一試合は聖ケテル学園の勝利です」


 ――こうして、初日の試合は完全勝利という形で、私達の聖ケテル学園が勝利を飾ったのでした。





 初日の試合を終えた後は、基本的に自由時間だそうです。

 明日以降に備えて、他の学校の試合を見て対策を考えたり、ホテルに戻って休息を取ったり。

 シュヴァルツ、ヴァイス、リーラの三人は特に見る必要もないと、早々にホテルへ戻ってしまいました。

 随分と余裕があるように感じてしまいますが、過去の戦績や今日の初戦の結果をみれば、当然のことかもしれません。

 ヴァイスだけでも、充分優勝出来る実力があるのですから。


 ただ、聖ルゴス学院のリビエラが本気でくるかどうかで、多少変わってくるかもしれません。

 きっとリーゼロッテが再戦を希望するでしょうし、あの時に比べてだいぶ成長しています。

 今度はどうなるか楽しみではありますね。


 さて、私とリーゼロッテが会場に残ったのには、当然理由があります。

 リーゼロッテは父親である公王に会うために、そして私も会場内にいるであろう家族に会うために。


「リーゼロッテ様。私に構わず公王陛下のところへ――いえ、やはり私もご一緒しても構いませんか?」


 新人戦の時は、お傍に居なかったせいで、リーゼロッテを危険な目に遭わせてしまいましたからね。

 公国騎士団が警備の為に会場内に配置されているといっても、百パーセント安心であるとは言えません。

 どんなに安全なように見えても人間である以上、不測の事態は起こり得るものです。


「え? それは別に構わないわよ。でも、アデルは大丈夫なの?」


 リーゼロッテは僅かに眉を寄せると、覗き込むような視線をこちらに向けてきました。

 はて? 大丈夫と言われましても、何か気にしなくてはいけないことがあったでしょうか?

 一応、王族や貴族向けの礼儀作法は、ルートヴィッヒから一通り学んでいますし、公王の前でも失礼はないかと思うのですが……あ!

 対外的には、私から"婚約破棄"を申し出たということになっていましたね。


 リーゼロッテが公王にどのような説明をしたかは分かりません。

 ですが、あの場では"婚約破棄"を回避する術はなかったでしょう。

 いわゆる"詰み"の状態だったのですから。

 であるならば、私は気にせず普段通りにするのみ。

 ですが、リーゼロッテが気になるというのであれば、そこはやはり考慮すべきでしょう。


「私は特に問題ございません。が、私がご一緒することがご迷惑でしたら、部屋の前で待機しておりますので」


 私の言葉聞いたリーゼロッテは目を見開き、否定するように手を振りました。


「め、迷惑じゃないわ。それに、部屋の前まで一緒に来るんだったら、お父様に挨拶しないほうが失礼でしょう」

「それもそうですね。承知しました、有難うございます」


 リーゼロッテは何やら小さくガッツポーズをしていますが、何故ガッツポーズを?

 理由が分からない私は、首を傾げるしかありません。

 まあ、行けば分かることでしょう。

 リーゼロッテとともに貴賓室に向かおうと歩き始めること数歩。


「――お兄様!」


 声のする方を振り返ると、声の主は私の可愛い妹――マリーでした。

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