第68話 学園対抗戦編④

 父親であるディクセンと、久々の再会を終えてから数時間後。

 私は、ホテルの最上階を丸々使用した、目映まばゆいばかりのシャンデリアの灯りに照らされたフロアに居ました。

 ホテルの専従スタッフと思われる方が給仕服に身を包んで、会場内を行き来しています。


 何故、このような場所にいるかというと、"学園対抗戦"に参加する八つの学園関係者を一同に会した、立食パーティーの真っ最中だから。

 一つの学園につき、九から十人ほどなので、出席者数は七十名を超えることになります。

 新人戦の時と違い、会場内は和やかな雰囲気というよりは、重苦しい緊張感に包まれていました。

 まあ、明日から対戦する相手同士で仲良く食事をしましょう、というのも無理がありますから、仕方のないことではありますが。


 せめてもの救いは、学生同士のパーティーなので、ドレスコードが各学園の制服でよいということでしょうか。

 格式高いホテルの場合、昼間であれば黒の共布のジャケットにベスト、縞のコール地のスラックス。

 夕方以降であれば燕尾服かタキシード、こちらの場合は全てを白と黒でまとめるのが基本です。

 このピリピリした空気の中で、服装までガチガチに固めないといけなかったとしたら、若い学生の皆さんは、明日の開始前に疲れ果ててしまうでしょう。


「フフ、大丈夫かい?」

「ええ、このような場は初めてではありませんし、服装も正装ではありませんから。ただ、どこの学園の皆さんも笑って対応してくださっていますが、かなり神経質になっていらっしゃるようですね」


 シュヴァルツにエスコートされながら、他の学園の関係者への挨拶に回っている途中、気遣うような言葉を掛けられました。

 ですが、転生前は職業柄、正装や準礼装、略礼装など、様々な服装に身を包む必要のあるパーティーに参加した経験があるので、緊張などは特にしていません。

 シュヴァルツ自身、何度も経験しているからでしょう。

 微笑を湛える顔は自然体で、固さは感じられません。

 挨拶を交わしている際でも全く変わらず、前回優勝校としての余裕さえ窺えます。

 流石、"五騎士"筆頭といったところでしょうか。

 傍にいないヴァイスやリーラも緊張など全くしていないようで、聖ケテル学園用のテーブルの上に置かれた料理を、周囲の目を気にすることなく優雅に食べていました。


 しかし――私の隣にいる方は、そうではないようです。


「リーゼロッテ様、大丈夫ですか?」

「――え、何か言った?」


 聞き返してきたリーゼロッテの顔色は、いつもと比べて若干悪いように見えました。


「リーゼロッテ様にしては珍しく注意力が散漫なようですが、どこかお身体の調子で悪いところがお有りなのでは?」

「……そんなことはないわ。ほんの少し緊張しているだけよ」


 気丈に振る舞っていますが、やはり気になります。

 仕方ありません、本当に何も問題ないか確かめてみましょう。


「無理をするものではありませんよ。ちょっと失礼致します」


 そう言って私はリーゼロッテに近づくと、左手を自分のひたいに、右手をリーゼロッテの額に押し当てました。

 顔色が悪く見えたということは、風邪や熱の疑いがありますからね。

 本当であれば額と額をくっつけるのが一番なのですが、衆目を集めてしまいかねません。

 ここは手で妥協することにしましょう。

 うん、比べてみたところ、あまり大差はないように……おや?

 急激にリーゼロッテの額が熱くなっているような気がしますが、これはいったい?


「アデル君。それはいったい何のつもりかな?」

「何のつもりかと言われましても、リーゼロッテ様の顔色が悪いと思いましたので、熱がないか確認させていただきました」

「……そうか。もしかして、リーゼロッテさんの熱が上がってきていないかな?」

「その通りです。何故お分かりに?」


 シュヴァルツはリーゼロッテの額に触れていないはずですが……?

 不思議に思った私は、両手はそのままに首を傾げます。


「ふっ、ハハハ。分かるに決まっているさ」


 シュヴァルツはある一点を指差しました。

 見ると、リーゼロッテです。

 リーゼロッテが一体どうしたと――そう言えば、先ほどからずっと黙ったままですね。

 顔色は悪く、ないです。

 むしろ赤みが差し、血色が良くなっているではありませんか。


「リーゼロッテ様?」

「…………ハッ!」


 声を掛けると、まるで今気がついたかのような声を上げて、凄い勢いで後退りました。

 後ろに人がいなかったので良かったですが、そうでなければ誰かとぶつかりでもしたら、怪我をしてもおかしくないほどの速さです。


「急にビックリするでしょう! いきなり額に触れるなんてっ!」

「最初に、『失礼します』と前置きをしたではありませんか?」

「そういう問題じゃ――!」

「リーゼロッテさん、声が高い。周りが注目しているよ」


 シュヴァルツの一言でハッとしたリーゼロッテが周囲を見渡すと、会場内の視線は彼女に集中していました。

 しかし、リーゼロッテと目が合うと、皆さん何事も無かったかのように視線を逸らします。

 リーゼロッテは一度だけ「コホン」と咳をすると、シュヴァルツと私の顔を見ました。


「す、すみません。……もう。人混みと会場の空気のせいかしら、少し頭が重いだけよ。すぐに治るから心配いらないわ」

「そう仰るのであれば大丈夫かと思いますが、無理だけはなされませんように。明日からが本番なのですから。ご自身の体調を第一にお考え下さい」


 前回優勝校として、また第一王女として毅然とした振る舞いをする必要は、確かにあるかもしれません。

 ですが、ここで無理をして、"学園対抗戦"自体に支障が出ては、本末転倒ですからね。

 

「分かっているわよ。まったく、アデルは心配性ね。……ありがとう」

「ん? 最後、何か仰いましたか?」


 あまりに小さい、呟く様な声だったので聞き取れませんでした。


「何でもないわよっ。さあ、シュヴァルツ先輩。次の挨拶はどこですか?」


 無理やり話を逸らしましたね。

 まあ、パーティーも終盤に差し掛かってきていますから、早めに挨拶は済ませておいた方がよいでしょう。

 シュヴァルツが苦笑しながら、頷きました。


「次で最後だよ。君たちもよく知っているところだ。それは――」

「やあ、シュヴァルツ」


 声のする方に顔を向けると、そこにいたのは聖ケテル学園にとって毎年優勝を争う最大のライバル、聖ルゴス学院の生徒三人。

 一人は確か――ヴェラードでしたか。

 シュヴァルツよりも少しだけ背丈は低いものの、整った男らしい顔立ちをしており、やや紫みを帯びた深い青色の髪と金色の瞳をしていました。

 残る二人は、リビエラと……オスカーです。


 良かった。

 新人戦の後、本物のオスカーが無事に救出されたという話を聞いてはいましたが、こうして本人を目の前にすると、やはり安心しますね。

 二人がこの場にいるということは、代表選手に選ばれたということでしょうか?

 ヴェラードはシュヴァルツと握手を交わし、表面上は談笑を始めました。

 実際は腹の探り合いでしょうが、そちらは筆頭であるシュヴァルツに任せましょう。

 

「初めまして、オスカー・バーンズです」

「これはご丁寧に。こちらこそ初めまして。アデル・フォン・ヴァインベルガーと申します」


 オスカーから差し出された手を握り返して、お互いに自己紹介をします。

 うん、当然ですが違和感などありません。

 正真正銘、目の前にいるオスカーは本人です。


「僕の偽者をアデル君が倒してくれたと、リビエラから聞きました」

「追い詰めはしましたが、最終的に倒したのはシュヴァルツ先輩なのです」


 それにリビエラの助けが無ければ、成り立っていませんでしたし。

 と、リビエラに目を向けます。

 彼女はリーゼロッテと握手を交わし、話をしていました。

 リーゼロッテからすれば新人戦で負けた相手でもあり、再戦したい相手でしょう。

 リビエラを見る瞳に力強さを感じますが、リビエラ本人は全く気にしていない様子で、「久しぶりだね~」と暢気な返事を返していました。

 まあ、本来であれば護るべき相手ですからね。


「謙遜しなくてもよいのですよ」


 いや、本当に倒したのはシュヴァルツなんですけど……。


「私が不甲斐ないばかりにアデル君と、そして、リーゼロッテ様にご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありませんでした」


 悲痛な面持ちでオスカーは、深々と謝罪してきました。

 急に謝られて、リーゼロッテは

 自分が悪いわけでもないのに、こうして謝るとは。

 中々出来ることではありません。

 

「顔をあげて下さい、オスカー君。貴方は何も悪くなどありません。悪いのは"顔なし"です」

「ですが――」

「私もリーゼロッテ様も、何も気にしておりません」


 私の言葉を聞いて、リーゼロッテが同意するように大きく頷きます。

 

「それでもご自身が納得いかないのであれば、明日からの"学園対抗戦"に全力で臨んでください。それが私の望みです」


 「せっかく代表に選ばれたのですから」、と付け加えて満面の笑みを浮かべ頷くと、オスカーは目を見開いて驚いているように見えました。

 私としても、オスカーにありもしない負い目など、感じてもらいたくないですからね。


 暫くしてから、オスカーは一言だけ「有難うございます」と言って、もう一度私とリーゼロッテに頭を下げてきました。

 頭を上げた時の彼の表情は、とても晴れやかなものに変わっており、瞳からも迷いは感じられません。


 うん、良い表情です。

 私は思わず笑みがこぼれていました。

 リーゼロッテに目をやると、彼女も目尻を下げて優しげな笑みを浮かべています。

 私たちの周辺限定ではありましたが、試合の前日とは思えぬほど穏やかな空気に包まれ、立食パーティーが終わるまで私たちはオスカーと話し続けたのでした。

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