第67話 学園対抗戦編③
「……頭の中がまだ整理しきれていないが、アデルが"五騎士"になったということは理解した」
「理解していただけたようで何よりです」
「だが、今までどれほど試みても一度も発現する兆候すら無かったというのに……いったいどんな異能を発現出来るようになったのだ?」
「それは――」
「ディクセン様、お久しぶりです」
ディクセンの問いに答えようとした私の言葉は、いつの間にか後ろまで接近していたシュヴァルツによって遮られてしまいました。
気配を消して現れるので、心臓に悪いです。
「うん? 君は……シュヴァルツ・ラインハルト君か、久しぶりだな。前回の"国別異能対戦"以来になるか」
「はい」
「見事だったと、今でも陛下はよく口にしておられる。今年も楽しみだと仰っていた。無論、私も楽しみにしている」
「有難うございます。今年はリーゼロッテさんにアデル君という優秀な後輩が"五騎士"に加わりましたし、きっと陛下やディクセン様のご期待に添えると思います」
シュヴァルツの言葉に、自然と口角が上がっていくのが分かりました。
自分の頑張りが自分以外の誰かに認められるというものは、どういったことにせよ嬉しいものですから。
それはリーゼロッテも同じのようで、普段でさえ美しい顔が綻び、より一層の輝きを放っているように見えました。
ただ、ディクセンはシュヴァルツの言葉が腑に落ちないといった様子で、眉間に皺を寄せていらっしゃいます。
「……リーゼロッテ様も仰っていたが、シュヴァルツ君までアデルの事を認めるような発言をするとはな」
「おや? ご子息が"五騎士"になったというのに、あまり嬉しそうではありませんね。アデル君は学園の誰もが認める優秀な学生ですよ」
「ううむ……そう、なのか」
ディクセンはまだ信じられないといった様子で、顎に手をやりながら難しい顔をなさったままです。
気持ちは分からなくはありません。
最初のうちは、大きな期待を寄せてくださっていたのでしょう。
ですが、いつまで経っても異能は発現せず、素行不良に陥り、どちらも改善の兆しも見えないのであれば、いくら親といえど見切りをつける可能性は充分考えられます。
親であれば我が子に対して、いつまでも無償の愛を持って支えるものだ、と言う方もいるでしょう。
しかし、子が一人の人間であるように、親もまた一人の人間ですから、やりきれないことも多々あったはず。
私自身、子を持った経験があるわけではないので、ディクセンの本当の気持ちを理解することは出来ませんが、今までのことがあった分、そう簡単に割り切れるものではないのでしょう。
「ディクセン様。どうせ明日には"学園対抗戦"が始まります。そこで今のアデル君の姿を見れば、きっと信じていただけると思いますよ」
柔和な笑顔でそう告げたシュヴァルツに、ディクセンは一言「……それもそうだな」と呟きました。
先ほどまでと比べて、いくぶん柔らかい表情で私に向き直ります。
いくぶん、と表現したのは、まだ眉間に皺を寄せており、ディクセンの視線が鋭かったからです。
「アデルよ、リーゼロッテ様やシュヴァルツ君が言っていることが嘘ではないと、私に証明してみせろ」
「リーゼロッテ様やシュヴァルツ先輩を嘘つき呼ばわりさせるわけにはまいりません。お二人の為にも、明日はお父様が今まで見たことのない私をお見せいたしましょう」
恭しく一礼すると、ディクセンの顔が一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情になりました。
学園に向けて出発する際にも、同じような表情をしていた気がします。
こちらに転生してから、言動はそれまでのアデルと比べて全く違うものになったのは、騎士団長として忙しくされていたディクセンも、アリシアや使用人達から聞いていたでしょう。
ですが、それはディクセンやアリシアからすれば、僅か三ヶ月程度に過ぎません。
以前のアデルだって、周囲の期待に応えようと必死に頑張っていた時期があったはずですからね。
残念ですが、生活態度を改めただけで関係を修復出来る段階ではないということでしょう。
リーゼロッテは、私とディクセンを交互に見やりながら、何やら落ち着かない様子でソワソワしています。
別に喧嘩をしているわけではないのですがね。
おっと、ちょうどディクセンに会うことができたのです。
他にも聞いておかねばならないことがありました。
「お父様、話は変わりますが、ミシェルとマリーは元気にしていますか? 風邪など引いていませんか? 怪我などしていませんか?」
学園に向けて出発する前に見た二人の顔が、頭の中に浮かびます。
あれから七ヶ月以上経っていますが、子供の成長は早いですからね。
ミシェルとマリーの顔を思い浮かべた私は、自然と顔が綻んでいました。
「ミシェルとマリーか。もちろん二人とも元気だ。……二人とも、アデルが入学してから今まで以上に勉強や異能の練習に励むようになった。特にマリーはお前に褒めてもらうのだと張り切って……んんっ! まあ、なんだ。とにかくどちらも元気に過ごしている」
「そうですか! それは良かった。お母様や使用人たちも何事もなく過ごしていますか?」
私の問いに軽く頷くディクセン。
ヴァインベルガー家の住人も元気なようで何よりです。
三ヶ月という短い間でしたが、屋敷では執事のルートヴィッヒを始め、色んな出来事がありました。
今の私があるのも、彼らが協力してくれたからです。
やはり、この冬はちゃんと帰省して、学園での出来事を皆に報告するとしましょう。
「ミシェルやマリー、お母様たちにもお会いしたいですが、冬休みの楽しみにとっておきましょう」
「……お前は何を言っている? 三人とも明日からの試合を見に来るぞ」
「えっ! 本当ですか?」
私は少し身を乗り出すようにして、お父様を見つめました。
アリシアは恐らくディクセンと同じ反応をするでしょうが、ミシェルとマリーに会えるのは素直に嬉しいものがあります。
「ヴァインベルガー家は公爵家であり、私は公国騎士団の団長だ。"学園対抗戦"では優秀な人材を見極めておく必要があるし、公爵家当主としてこういった催しに参加するのは、貴族の務めの一つでもある。当然、アリシアやミシェル、マリーも例外ではない。私の場合は、決勝戦にお見えになる陛下の護衛につくという役目もあるがな。アデルよ、お前だって十歳までは参加していたはずだぞ」
ディクセンはそこまで言い切ると、訝しげな目を私に向けながら、溜息を吐きました。
ふむ、そういえばアデルの記憶の中にあったような、なかったような。
チラリと横に目を向けると、リーゼロッテも「大丈夫?」とでも言いたげな顔をしていました。
リーゼロッテも、第一王女として公王様と一緒に参加していたのでしょう。
いけませんね、あまり古い記憶はモヤがかかったかのように、曖昧な部分があります。
「申し訳ございません。入学前に高熱を発症して以降、記憶に不明瞭なところがありまして」
「むっ。そう、だったな」
折り目正しく謝罪すると、ディクセンが暗い声をあげました。
恐らく、
リーゼロッテも顔を俯いて、こちらを見ようとしません。
あの時と今とでは、私に対する彼女の接し方が随分と変わりましたから、気にしているのかもしれませんね。
ふふ、別に気にする必要などないのですよ。
リーゼロッテの頭を軽く撫でると、頭を上げて大きく見開いた目を向けてきたので、ニコリと笑みを浮かべます。
すると、今度はリンゴのように顔が真っ赤に染まりました。
ん?
ディクセンが信じられないものを見たというように、ポカンと口を開けたまま、私とリーゼロッテを見つめています。
平然としているのはシュヴァルツだけ。
いえ、口元に手をやり、小刻みに肩を震わせています。
「……アデルよ、その、リーゼロッテ様とは?」
「はい、仲良くお付き合いさせていただいております」
「な、なんだとっ!?」
「――っ!?」
「ああ。もちろん、同じ学園で学ぶ一年生のフィナールとして、ですよ」
「言葉が少々足りなかったですね」と付け加えて謝罪すると、ディクセンは何故か私ではなく、リーゼロッテの方を見ていました。
リーゼロッテは大げさなまでにガックリと肩を落としたかと思うと、頬を小さく膨らませて、細めた瞳でジロリと私を睨んでいます。
睨まれましても事実なのですし、困るのですが。
そんなリーゼロッテの反応を興味深そうに眺めていたディクセンは、「これは、もしかすると……」と、考えるような素振りを見せました。
「お父様?」
「ん、ああ、なんでもない。……話を戻そう。とにかく、明日からアリシアもミシェルもマリーも"学園対抗戦"の会場にやって来る。アデルは選手として、三人は来賓としてだから、会える時間は短いだろう。だが、全くないというわけではない。私の方でも、アデルが出場することを伝えておこう。では、私は急用を思い出したので行くぞ。リーゼロッテ様、失礼致します」
「え? ええ」
急に声をかけられたリーゼロッテは、目を丸くして頷くのみでした。
シュヴァルツにも片手を上げて挨拶を交わすと、まるで逃げるようにそそくさと退散するディクセン。
急用とはいったい何でしょうか?
私が首を傾げていると、シュヴァルツが声をかけてきました。
「フフ、アデル君の家族も見に来るようでよかったじゃないか」
「ええ、久しぶりに会えるので楽しみですよ」
二人に会ったら、まずは思い切り抱きしめて、それから頭を撫でてあげないといけませんね。
後は、屋敷でどんなことをしていたのか話を聞いて、そのことを褒めて、また頭を撫でて……ああ、早く明日になればいいのに。
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