第66話 学園対抗戦編②

 壮行会から一週間後。

 いよいよ"学園対抗戦"へ出発する日になりました。

 開催地である公都シュッツヴェルグは、レーベンハイト公国の中央に位置している為、どの学校も例年前日入りをしているそうです。

 スポーツ競技と違い、下見や練習の必要が無い以上、あえて早めに現地入りする必要などないのでしょう。


 校門前に集合したのは、私を含めて九名。

 "学園対抗戦"に選手として参加する"五騎士"のシュヴァルツ、ヴァイス、リーラ、リーゼロッテ、私に加え、モルドレッド学園長とエリカ、フェリシア、そしてソフィアです。

 エリカについては、この前の学園用パンフレット撮影で完成した表紙をいたく気に入ったシュヴァルツの後押しを受けて、フェリシアについては、彼女の異能が距離や人数など関係なく学園と連絡がとれるからという理由でした。


 この世界にも電話のような通信手段はありますが、あくまでも一対一のみ。

 フェリシアの異能は腕章のような媒体が必要となる制約はありますが、不特定多数と瞬時に連絡が取れるというのは魅力的です。

 モルドレッド学園長は、"学園対抗戦"と同時に行われる"学園長会議"に出席する為、ソフィアは私達の引率者であり、試合で怪我をした際の救護役であること、そして電磁車の運転手をしてくださるとのこと。


「あの……ソフィア先生って運転免許を持ってたんですね」

「もちろんなのですっ。先生は大人の女性ですから」

「そ、そうですね」


 リーゼロッテの問いかけに対して、大人の・・・、を強調して自慢するように答えるソフィア。

 ニパッと笑顔を浮かべたソフィアの表情は、季節外れの向日葵ひまわりのように見えました。

 苦笑いを浮かべるリーゼロッテを横目で捉えながら、必要な荷物に漏れがないか確認します。


 前日に予め作成しておいたチェックリストと現物を確認しながら、レ点でチェックを入れていくこと約十分。

 全員分の漏れがないことを確認した私は、荷物を入れた扉を閉めます。

 まあ、仮に入れ忘れたものがあったとしても、大抵のものは宿泊するホテルに用意してあるとシュヴァルツから聞きましたし、せいぜい一時間半程度の電磁車の旅に必要となる手荷物など、それほど多くはありませんからね。

 

「シュヴァルツ先輩、荷物の確認完了しました」

「有難う、わざわざ済まないな」

「いえ、これくらい問題ありません」


 シュヴァルツから労いの言葉をいただきましたが、出発前に不備がないかチェックしておくのは当然のことです。

 その後、電磁車へと乗り込むと、ソフィアが運転席に座り、公都へ向かって走り出しました。





「ガウェインやエミリアも一緒に行ければよかったんだけど」

「大会の規定で決められていますから、仕方の無いことかと。スクリーン越しに応援すると言っていましたし、それで良いではありませんか」


 道中の車内で、リーゼロッテが軽く溜息を吐きながら言葉を漏らしました。

 会場は来賓や一般の観客で埋め尽くされるそうで、選手以外の学生の人数は厳しく制限されているそうです。

 かわいそうな気もしますが、会場と各学校は中継で繋がっており、試合の様子は会場に備え付けてある大型スクリーンを通して視聴出来るようになっているのだとか。

 ガウェインは「スクリーン越しに師匠に勝利の念を送っておきます!」と言っていましたが、どんな念を送ってくるのやら。

 

「そうだけど……。アデルだって、二人や親衛隊の子達が傍で応援してくれた方が嬉しいんじゃないかしら?」

「それはまあ、確かにそうですね」


 拗ねたように話すリーゼロッテに頷きました。

 応援されるのであれば、確かに近くでして頂いた方が嬉しいですし、力になるような気はします。

 ……親衛隊の方々は少々熱量が激しいので、周りの方のご迷惑にならないか心配になるときもありますが。

 その後もリーゼロッテと会話を続けていく中、電磁車はよく晴れた青空の下で山道を順調に進んでいきました。





 電磁車はほぼ予定通り、昼前に公都にあるホテルへと到着しました。

 ホテルというので専従のポーターやドアマンがいるかと思ったのですが、どうやらいないようです。

 不思議に思った私は、シュヴァルツに問いかけました。


「シュヴァルツ先輩、ここはホテル、なんですよね?」

「ん? ああ、そうだよ。ただし、正確には公国騎士団リッターオルデンの管轄する施設といった方がいいかもしれないな」

「公国騎士団の管轄する施設、ですか?」


 確かにホテルの入口付近には、ドアマンの代わりに騎士の方が二人立っていました。

 遠目に見えるホテルのロビーにも、よく似た服装の方や他校の生徒と思われる方の姿が見えます。


「"学園対抗戦"はその性質上、活躍した選手から公国騎士団の道に進む者は多いんだ。騎士団としても、早いうちから優秀な人材を確保する為に、この大会には全面的に協力している。宿舎となるホテルは騎士団から提供されているんだ。貸切という形でね」

「そういうことでしたか」


 なるほど、だったらポーターやドアマンがいないのも納得できます。

 流石に騎士の方に荷物の積み下ろしをお願いするわけにはいきませんし、自分たちで運ぶとしましょう。

 入口に立っている騎士にお願いして台車を借りると、手早く荷物を運びました。


「そういえば、リーゼロッテ様」


 台車を押しながら隣を歩くリーゼロッテに声を掛けます。


「何かしら?」

「"学園対抗戦"には公王様も試合をご覧にいらっしゃいますよね?」

「そうだけど、それがどうかしたのかしら?」

「いえ、"五騎士"になったことや試合に出ることを言っておられるのかと思いまして」


 記憶の中――私の記憶、というよりはアデルの中にある記憶では、娘思いの優しい方、それがレーベンハイト公王でした。

 リーゼロッテが"五騎士"になったと知ったら、大層お喜びになるのではないでしょうか。

 そう思っていたのですが――。


「お父様にはまだ伝えてないわよ」

「え? そうなのですか?」


 私は思わず問い返していました。

  

「ええ、どうせなら直前まで秘密にしてお父様をビックリさせたいの。アデルの方こそ"五騎士"になったことを家に伝えているの?」

「私、ですか? 私も伝えておりませんよ。と言いますか、異能を発現出来るようになったことも連絡しておりません」

「……は?」


 私の言葉がおかしかったのか、リーゼロッテは口をぱくぱくさせています。

 山奥にある学園ですが連絡手段はありましたし、夏に帰省しようと思えば帰ることもできました。

 それをしなかったのは、異能が発現、そして"五騎士"になってからと自分を戒めていた為です。


「私もリーゼロッテ様と似たような理由ですよ。今までどうしようもなかった不肖の息子が、異能も発現出来て自らも経験した"五騎士"になったと知れば、少しは見直していただけるのではないかと思ったのです」

「アデル、貴方……」


 足を止めて、うつむくリーゼロッテ。

 彼女の肩は微かに震えていました。

 おや? なんでそんな悲しそうな顔をするのですか。

 ああ、私がこの世界に転生した最初の日のことを思い出しているのかもしれませんね。

 私としては辛いといったことは全く感じていないので、そのような顔をされると逆に困ってしまいます。

 

「お心遣い有難うございます。ですが、今までの私の行いに問題があったのですから、私のために悲しまないでください。私は大丈夫ですから」


 ポンポンとなだめるようにリーゼロッテの背中を数回叩くと、彼女は横を向いて「悲しんでなんていないわよ……」と、小さな声で絞り出すようにいいました。

 その顔が少しだけ赤く染まっていたのは、言わない方がよいでしょう。

 気を取り直して台車を押し始めたのですが、十メートルも進まぬ内に、再び立ち止まることになりました。

 ロビーを歩く騎士達よりも意匠を凝らした服装に身を包んだ男性が、目の前に現れたからです。

 

 ――そういえばこのホテルは公国騎士団管轄、であれば出会うのは必然かもしれませんね。

 内心驚いている私ですが、目の前の男性も同じなのでしょう。

 呆けたような顔をして立ち尽くしていました。


「お久しぶりです、お父様」


 静かに頭を下げ、まろやかに微笑むと、目の前の男性――つまりは私の父、ディクセン・フォン・ヴァインベルガーはハッとしたような顔をすると、かぶりを振り、次いで視線を私に戻しました。


「う、む。久しぶりだな、アデル。それで、なんでお前がこの場にいるのだ? ここは"学園対抗戦"の関係者が宿泊する施設のはずだぞ」

「何故、と仰られましても私が"学園対抗戦"に参加する選手だからですとしか、お答えできませんが」

「なん……だと?」


 ディクセンの瞳が大きく見開いています。

 信じられないといった表情にも見えますが、事実である以上、他に言いようがありません。

 私達の様子を見かねたのか、後ろにいたリーゼロッテが一歩前に出ました。

 

「久しぶりね、ディクセン」

「こ、これはリーゼロッテ様。お久しぶりでございます。……もしや、リーゼロッテ様も"学園対抗戦"に?」


 慌てた様子で頭を下げるディクセンでしたが、リーゼロッテがこの場にいることで察したのでしょう。

 震えるような声で問い返していました。


「そうよ。私は"赤騎士"として参加するわ。そして、アデルは"青騎士"としてね」

「アデルが"青騎士"として"学園対抗戦"に参加する? ほ、本当ですか?」


 リーゼロッテの口から告げられても信じられないのか、ディクセンは酷く狼狽えた様子で食い下がっています。

 今の今まで異能すら発現できなかったのですから、信じられなくても仕方ありません。


「ええ、当然だけど異能も発現して立派に使いこなしているわ」


 リーゼロッテは胸を張ると、「これでも信じられないのかしら?」と、私の襟元に付けられた徽章を指さしました。

 お気持ちは嬉しいのですが、何故そんな自慢げな顔をしているのですか……。


「リーゼロッテ様ならともかく、アデルが……アデルが"五騎士"に……"学園対抗戦"に参加する……? バカな……」


 ブツブツと、うわ言のように呟くディクセンが正気に戻ったのは、それから数分後のことでした。

 

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