第4章 学園対抗戦編

第65話 学園対抗戦編①

 十一月ノヴェンバーに入り、朝晩の冷え込みもキツくなってきました。

 学園を囲む森林の紅葉も見事なもので、季節の移ろいを感じます。

 こんなところまで地球に似ているのかと思うと、並行世界なのではと錯覚してしまいますが、神様は地球とは違う世界と仰っていましたからね。

 ただ、ここまで類似している点があると、何かしら関係があるのではと考えてしまいます。

 可能性は限りなく低いでしょうが、もしまた神様にお会いすることが出来ればお聞きしたいものです。





 一日の授業を終え、リーゼロッテと一緒に講堂の舞台裏に向かうと、シュヴァルツとヴァイス、そしてリーラが先に来ていました。


「シュヴァルツ先輩、遅れてしまったようで申し訳ございません」

「なに、式にはまだ時間がある。気にすることはないよ」


 片手を上げて柔和な表情を浮かべるシュヴァルツ。

 シュヴァルツ達は試合用の黒服を着用しています。

 私もリーゼロッテも同じなのですが、これには理由がありました。

 何故ならこの服装こそ、"学園対抗戦シュラハト"における正装であり、私達"五騎士"を激励する発足式が執り行われる為です。

 壮行会を行うと同時に"五騎士"の任命式も兼ねており、入学式以来一度も姿を見ることのなかった学園長、モルドレッド・フォン・ローエングリンが出場する一人ひとりに対して激励の言葉をかけるとのこと。

 恐らく、全国大会に出場する体育会系の運動部を激励するための壮行会と同じようなものでしょう。

 

「あれあれ~? アデルくん、もしかして緊張してる?」


 悪戯いたずらっ子のような意地の悪い笑みを浮かべて話しかけてきたのは、ヴァイスでした。

 

「緊張などしておりませんよ。"五騎士"という学園の模範となるべき役目に就いたこと、そして四百人の生徒の代表として"学園対抗戦"に出場するのだという実感を得ていたところです」


 そう、"五騎士"も"学園対抗戦"も私が望んで選んだ道です。

 喜び気持ちが奮い立つことはあっても、緊張などするはずがありません。


「な~んだ、つまんないの」


 ヴァイスは頭の後ろに両手を組んで頬を膨らませています。

 そんな事を言われても緊張していないものは仕方ありません。

 基本的に運動会や部活での大会に参加する時は、緊張よりもワクワクと心弾ませていましたからね。

 己が培ってきた成果を試せる絶好の機会ですし、頑張ろうと思うのは当然のことです。

 それに――。


「私一人で"学園対抗戦"に出場するのであれば、多少なりとも緊張したかもしれません。ですが、シュヴァルツ先輩をはじめとした頼もしい仲間が四人もいるのです。素晴らしいメンバーに恵まれているのですから、緊張する必要などないでしょう?」


 そう告げると、ヴァイスだけでなく他の三人も呆気に取られたようにポカンとしています。

 おや? 久しぶりにこのような表情を見た気がしますが、別におかしなことを言ったつもりはありません。

 シュヴァルツ達は優勝経験者ですし、リーゼロッテも第二位階まで発現出来る優秀な方ですから、安心して臨むことが出来るというものです。


「ぷっ、ハハハハッ! アデル君は真っ直ぐだねえ。でも『素晴らしいメンバー』か……よく分かってるね、うんうん」


 そう言って笑いながら肩をバンバンと叩いてくるヴァイス。

 ちょっと痛いです。


「フフ、緊張していないのならそれが一番だ。そうだな、どうせだからアデル君とリーゼロッテさんには今のうちに"学園対抗戦"についての説明をしておこう」


 私とヴァイスのやり取りを眺めていたシュヴァルツが口を開きました。


「"学園対抗戦"について、ですか?」

「ああ、そうだ。以前、アデル君から"学園対抗戦"について聞かれたことがあったが、覚えているかな?」

「もちろん、覚えております」


 入学直後のまだ異能が発現出来ない時のことなので、ハッキリと覚えています。

 確か、あの時はシュヴァルツが五人目で、ヴァイスが常に先陣をきって五人抜きをしていたと記憶しています。


「ヴァイス先輩が全ての相手から勝利なさっていたのですよね?」

「そうだ。だが別に負けるまでずっと戦う必要もないんだ」

「ん? どういうことでしょうか?」


 勝ち抜き戦だからこそ、先鋒であるヴァイスが一人で五人抜きをしていたと思っていたのですが、違うということでしょうか?


「一人で五人抜きするということは、一人で五試合を戦うということだ。つまり最低でも魔力を五は消費することになる。当然だが、ヴァイスといえども一撃で相手を倒せるときばかりではないから、もっと魔力を消費することもあった。体内にある魔力が枯渇したらどんな状態に陥るかは、二人も知っているね?」

「それは、はい」

「実際になりかけましたから……」


 シュヴァルツの問いに、私とリーゼロッテは二人とも頷きました。

 私自身は体験していませんが、リーゼロッテは枯渇一歩手前の状態になりましたからね。

 シャルロッテとの手合わせを思い出したのか、唇を噛み、手を強く握りしめています。

 大丈夫、その悔しさを覚えている限り、貴女はもっと高みを目指せますよ。


「ヴァイスは枯渇に陥ることなく全ての試合に勝利してくれたし、今回も彼一人に任せてもいいんだが、本来のルールは、仮に勝っていても次の者への交代が認められているんだ。前に言った異能の相性や、さきほど言った魔力の枯渇の問題があるからね。アデル君の"魔力供給"を使えば魔力の問題は解決するだろうが、"英雄達の幻燈投影"はともかく、"魔力供給"についてはなるべく他の者に知られたくないし、アデル君も試合前や途中で使いたくはないだろう?」

「そうですね。試合が終わった後でしたら構いませんが、それ以外はお断りします」


 身体強化という恩恵も受けることができることが分かっている以上、私の中では不正扱いです。

 それに複数の異能を発現出来ることを知る者は、少ないほうがよいでしょう。

 かつての"英雄"と同じだと騒がれるわけにもいきませんし。


「そう言うと思って、アデル君とリーゼロッテさんの二人については、一試合につき二戦までにしようと思う。まあ、アデル君の魔力量なら、一人で五試合戦っても枯渇することなどないだろうがね。後は、順番についても固定にしないつもりだ」

「順番を固定しないのですか?」


 ということは、リーラやシュヴァルツが試合に出ることも?

 私の疑問がおかしかったのか、シュヴァルツは苦笑しています。


「不思議そうな顔をしているね?」

「ええ、まあ。今までずっと五人目だとお聞きしていましたから」

「フフ、そうだな。でも、今回はアデル君がいるからね。レイ風に言うのであれば、『一緒に"五騎士"として"学園対抗戦"に出るのも悪くない』。そう考えたら、俺も"五騎士"として試合に出たいと思ったんだ。後ろで見ているだけでは、一緒に戦っているとは言えないだろう?」


 少し茶化すような言い方ですが、シュヴァルツの目は真剣そのものでした。

 何を考えているのか分からない印象だったのですが、今のシュヴァルツの気持ちはよく分かります。

 

「はい、私もシュヴァルツ先輩とともに戦いたいです」

「フフ、そうか。ハハハッ、やはりアデル君は面白い。順番については試合ごとに伝えるので、よろしく頼むよ」


 シュヴァルツの言葉に、私を含めた四人で頷きを返しました。





 発足式という名のお披露目は、時間通りに始まり、つつがなく進行しました。

 つつがなく、というのは語弊があったかもしれません。

 モルドレッド学園長が私達"五騎士"を呼んで壇上に上がった際には、大きな歓声が聞こえましたから。

 九割がた「「「アデル様~!」」」という声だったので、多少恥ずかしくもありましたが、激励と思えば有難いものです。


 横一列に並び、順番は奥からシュヴァルツ、ヴァイス、リーラ、リーゼロッテ、そして私です。

 進行は、モルドレッド学園長自ら"五騎士"一人ひとりを集まった生徒達に紹介する形でした。

 紹介を受けると、"学園対抗戦"の出場者であると証明する為の徽章きしょうを、黒服の襟元えりもとにつけてもらいます。

 この徽章には各学園長の魔力が込められており、徽章を身につけていないと会場に入ることが出来ないとか。

 

 シュヴァルツから紹介が始まり、「期待している」や「頑張りたまえ」といった激励の言葉を述べながら、モルドレッド学園長は徽章を取り付けていきます。

 リーゼロッテ以外の三人は慣れたものでしたが、リーゼロッテは若干緊張していたのか、ほんの僅かですが顔が強ばっていたように見えました。

 まあ、傍から見れば分からない程度なので、私以外に誰も気付いていないようでしたが。

 そして、最後の一人。

 つまり、私の番です。

 今までもそれなりに歓声が上がっていたのですが、私の紹介がされた途端に"アデル親衛隊"を中心とした、悲鳴にも似た歓声が講堂内に響きました。

 モルドレッド学園長の顔を見ると、苦笑しています。


「……申し訳ございません」

「いや、君を想ってのことだろう。謝る必要はない」


 確かにその通りなのですが、徽章授与の前に騒ぐのはやはり失礼に当たるでしょう。

 切れ長の瞳を細めて薄らと微笑を湛えるモルドレッド学園長の前に一歩進み出て一礼します。


「君の異能には強い可能性を感じている。自分の信じる道を進みなさい。――その先に英雄へと続く道があるだろう」

「え? モルドレッド学園長、それはいったいどういう――」

「頑張りたまえ」


 私が言葉の真意を聞く前に、モルドレッド学園長は遮るように私の襟に徽章を付け終えると同時。

 大きな拍手が起こりました。

 どこからなど目を向けるまでもありません。

 講堂のあちこちに居る"アデル親衛隊"にあおられた女子生徒が、一斉に手を打ち鳴らしたのです。

 全員の紹介が終わったことから、男子生徒も釣られて手を叩き始め、学園の全生徒による拍手は講堂全体に広がりました。

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