第168話
アデルは自分が倒した敵の懐を探った。
しかし所持品を調べても、正体につながる手掛かりはなかった。
ただ、それほど当てにしていたわけでもないので落胆はない。
(……それよりも)
横たわる敵を一瞥する。
全身黒ずくめ。
修道僧のようなフード付きの貫頭衣を纏っていた。
この服装には見覚えがある。
オルブライト王国でアイリスを攫った者たちも同じ服装をしていた。
つまり、同じ組織――反教皇派に所属している者たちである可能性が高い。
(ということは、彼女たちも反教皇派? だとすれば、最初から私たちに接触するのが狙いだったということになりますが、混乱に乗じて仕掛けてこなかったのは何故でしょうか?)
頭の中で考えを巡らせるが、正解に辿りつくには情報や証拠が不足している。
何よりも――。
(彼女たちに聞いたところで、はぐらかされてしまうでしょうね……仕方ありません。誰も怪我もなく切り抜けることができただけでよしとしましょう)
アデルはスッと立ち上がると、そのまま何食わぬ顔でリーゼロッテたちの所へ戻った。
「アデル!」
「ただいま戻りました」
「怪我は……していないわね」
リーゼロッテはホッと安堵する。
きっと大丈夫だと分かっていても、やはりどこか心配してしまう。
「貴女との約束を違えるわけにはまいりませんから。それに、敵の半分はヴァイス先輩が倒してくださいましたからね」
アデルは、こちらへ歩いてくるヴァイスへ目を向けた。
アデルは彼を労おうとしたが、先にヴァイスの方から話しかけられた。
「すごいね~、アデルくん。あの短時間で、しかも異能を使わずに敵を倒しちゃうんだから」
「いえいえ、ヴァイス先輩の方こそすごいですよ。"
これまで、ヴァイスが"雷鳴の嘆き"を使うところを何度も見てきたが、対象は全て個人だった。
複数人に対して使用しているところを見たのは、これが初めてだった。
「別に隠していたわけじゃないんだけどね~」
「知られてしまっても問題ないと?」
「もちろん。どうせ結果は変わらないし」
ヴァイスはあっさりとそう答えて、天使のような無邪気な笑みを浮かべる。
さすが"白騎士"というべきか、アデルは苦笑した。
次にアデルはガウェインへ言葉をかける。
「ガウェインくんも、ご苦労様でした。頑張りましたね」
労いの言葉と共に拳を突き出す。
「師匠……ありがとうございます!」
嬉しそうに自分の拳をアデルの拳に合わせて、ガウェインは大きく頷いた。
「――アデルさま」
周囲を警戒しながら、オフィーリアがアデルに話しかける。
「そろそろ移動された方がよろしいかと。あまりここに長居しますと人目がつきます」
襲ってきた敵を全て倒したからか、周囲を覆っていた"異能"は解除されていた。
まばらではあるが川道に人通りが戻り始めている。
「そうですね。彼らの処遇はどうなりますか?」
「私どもで処理しておきます――各員、倒れている者を拘束せよ」
オフィーリアの落ち着いた声に反応したのは、一般人に
"異能"が解除されるまでの間、何が起こっていたか知る由もなかった特務部隊の猛者たちだが、女性隊長の命令に疑問を抱くことなく、即応している。
さすがはプロといったところか。
隊員たちはてきぱきと動いては、一般人を遠ざけ、黒ずくめたちを拘束していた。
(ここは、彼らに任せておけば大丈夫でしょう)
アデルはセレナたちに歩み寄った。
「危険な目にあわせてしまい申し訳ございません。お怪我は……ないようですね」
「そこにおる少年が守ってくれたからのう」
「ありがとネ☆」
「ルナちゃん、感謝なのー」
暴力的な美貌を持つ、三人の視線がガウェインに向けられる。
それは、年頃の男性であれば誰もが顔を赤らめるものであった。
しかし、ガウェインは表情を変えることなく、小さく頷くのみだった。
リビエラとのやり取りが頭にあったからということもある。
だが何よりガウェインにとって、他の女性の好意などどうでもよかった。
今の彼の中で、異性に向ける『好き』の対象はリビエラしかいないのだから。
この行動によりリビエラのガウェインに対する好感度がアップしたのだが、彼は気付いていなかった。
「今日はお会いできてよかったです」
「いや、妾らこそ助かったのじゃ」
三人を代表してセレナが応える。
「いろんなことがありましたし、お送りしましょうか?」
「いやいや、それには及ばん」
アデルの申し出に対し、セレナは首を振る。
「ありがたいのじゃが、ちと用事があってな。妾らはこれで失礼するとしよう」
「そうですか……仕方ありませんね」
あまり食い下がると怪しまれる可能性があると考えたアデルは、素直に引き下がった。
「なに、どうせ
「それはどういう――」
アデルがセレナに聞き返そうとしかけたときだった。
「オ、オフィーリア隊長!」
大きな声がアデルたちの耳を叩く。
そちらに目をやれば、それまで他の隊員と言葉を交わしていたオフィーリアに駆け寄る、特務部隊の制服を着た男の姿があった。
オフィーリアの前で敬礼する男の顔は強張っている。
「何事だ」
「――きょ、教皇庁が襲撃されましたっ!」
「な、なんだと!?」
隊員の、思いもよらない報告に、オフィーリアは愕然とした。
(まさか、最初からこれを狙って?)
アデルはセレナたちの方を見るが、微笑むだけで考えを読み取ることはできない。
だが、襲撃を受けている以上、優先すべきは彼女たちよりも他にある。
「至急戻って来られたし、との聖下の命です!」
「分かった!」
「オフィーリアさん!」
アデルが声をかける。
振り返ったオフィーリアの表情に焦りの色が見える。
「私たちもお手伝いします」
「いや、ですが――」
「聖下の――友人の危機なのです。何もしないわけにはまいりません」
アデルの言葉に、リーゼロッテたちも力強く頷く。
「……感謝します」
ほんの僅かに考える素振りを見せたオフィーリアだったが、直ぐに敬礼した。
「各員、一刻を争う事態である。速やかに行動を開始せよ!」
敬礼と同時、一斉に特務部隊の猛者たちが動き出す。
「さあ、皆さまもお急ぎください」
オフィーリアに促されて、アデルたちも動き出す。
川道に一番近い車道には、見慣れた黒塗りの車が停まっていた。
アデルが一度だけ振り返る。
微笑を浮かべて手を振る三人の姿が何故か印象的だった。
「
セレナの発言は遠ざかるアデルに向けてのものであったが、アデルの耳に届くことはなかった。
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