第132話 思い立ったら一直線

 世界を混乱させ、当時の人類を三分の一にまで激減させた"クリファ"を再び出現させる?

 そんなことが可能なのでしょうか?

 いえ、確信がなければわざわざ徒党を組もうとはしないはずです。


「"クリファ"を出現させる方法は分かっているのですか?」

「いえ……ですが、一つだけ分かっていることがあります」


 アイリスが真面目な顔で発言しました。


「それはいったいどのようなことでしょうか?」

「魔力です」


 魔力?

 "クリファ"とどういう関係があるのでしょうか?

 

「詳しいことは何も分かっていません。ただ、彼らが大量の魔力を集めていることだけは確かなのです」


 ちらりと、痛ましげな目で私を見やると、


「アデル様は世界最高の魔力量をお持ちだと聞いています。彼らの目的が"クリファ"の出現である以上、貴方が狙われる可能性は十分に考えられます」


 一斉に私に視線が集中しました。


 なるほど、教国の不穏な動きというのはこれのことですか。

 確かに私の魔力量は他の人に比べると、飛び抜けて多いです。

 しかも、元のアデルの魂と完全に結びついてからは、以前よりも更に魔力が増えたような気がするのです。

 自分の中に存在する魔力の器が大きくなったような、そんな不思議な感覚がありました。

 一度計測して以降は調べていないので何とも言えませんが、恐らく二倍にはなっているはずです。

 魔力が必要だというのであれば、私が狙われるのは当然でしょう。

 まあ、黙って捕らわれるつもりなど毛頭ありませんが。

 

「ご心配にはおよびません。むしろ私を狙ってくれるのであれば好都合です」

「え? どうしてですか?」


 アイリスが首を傾げて尋ねてきました。


「簡単なことです。魔力を集めていたということは、被害に遭われた方がいらっしゃいますよね? ということは、狙いが私に集中すればするほど他の方への被害が減少するということではありませんか」


 魔力をどのように集めているのかは分かりませんが、体内から魔力が枯渇してしまえば――シャルロッテと手合わせした時のエミリアの姿が頭を過ぎります。

 運良く私が"魔力供給"を発現できたから事なきを得ましたが、それがなければエミリアは危険な状態でした。

 私が狙われることで被害に遭われる方が少しでも減るのであれば、その方が良いのです。


「確かに魔力が枯渇した状態で発見された方は何人もいますが……信奉者の中には異能を操る者もいるのですよ?」


 暗に危険だと言っているのでしょう。

 今更です。

 何の罪もない人が襲われ、そして命に関わる危険な目に遭っている。

 それを知ってしまった以上、アデル・フォン・ヴァインベルガーの選ぶ道は一つです。


「私は、英雄になりたいのです」


 迷いも逡巡もありません。

 困っている人を助ける。

 全ての人を、と言うつもりはありません。

 私一人の力では、出来ることと出来ないことがあるのですから。

 ですが、私は異能を授かりました。

 ならば、目の届く範囲の人たちだけでも助けたいのです――私が私であり続けるために。


 不意に私の手の上に柔らかい感触がしました。

 視線を向けると、リーゼロッテの手が私の手に触れていました。


「ですが――」

「大丈夫ですよ」


 何か言おうとするアイリスの言葉を、リーゼロッテが遮りました。


「アデルは自分がこうと決めたら曲げないんです。だから、いくらアイリス様が言っても変わらないと思います。もちろん、私が言ったところで同じです」


 曲げないなんてことは――確かに無かったかもしれません。

 リーゼロッテは私に微笑みを見せると、続けて言いました。


「だけど、自分で決めたことは必ず最後までやり遂げる、そういう人なんです。だから――私はアデルを信じています」


 その言葉に、私は素直に頷いていました。


「アイリス様。この大会が終わったらクリフォト教国に伺っても宜しいでしょうか」

「え? それは……構いませんが、どうなさるおつもりですか?」

「決まっています。"クリファ"を出現させようと企む者たちを捕らえます」


 首謀者がいるなら、きっと教国内にいるはずです。

 相手の目的がはっきりしている以上、待つのは愚策。

 何しろ時間をかければかけるだけ、魔力を奪われる被害者が増えるのですから。


 呆気に取られたような顔をするアイリスとベネディクト。


「他国の人間ではありますが、"クリファ"は世界の脅威です。いかがでしょうか?」


 その言葉に、アイリスの目は大きく見開かれ、ベネディクトは目を瞑り考えるような仕草をしました。

 私が目で問うと、


「アデル様なら、本当に四百年前の英雄のようになれるかもしれませんね」


 フッと柔らかい表情で私を見ました。


「教皇様。宜しいのですね?」


 ベネディクトの問いかけに、アイリスがはっきりと頷きました。


「ええ。アデル様を信じましょう。この方なら教国を――いえ、世界を救ってくださるでしょう」


 世界を救うとは大袈裟な気がしなくもないですが、"クリファ"が出現する可能性があることを考えれば、あながち間違いとも言えませんか。


「ただし、レーベンハイト公王にはきちんと話を通しておく必要があります。アデル様はリーゼロッテ様の婚約者であり、世界最高の魔力の持ち主ですから。わたしから明日にでも直接レーベンハイト公王にお話します」

「承知しました」


 私たちだけで決めてしまっては、後々外交問題になりかねません。

 

「では、話もまとまりましたし、私たちはこれで失礼します」


 立ち上がって一礼すると、アイリスもソファから立ち上がりました。


「アデル様、今日は本当にありがとうございました。今回の代え難い出会いに感謝を」


 そう言って、アイリスが頭を下げました。

 傍に控えるベネディクトも頭を下げています。


「いえ、私たちもアイリス様にお会い出来て良かったです。ああ、次はお一人で出歩かれないようにしてくださいね。もしくは、ご用命いただければ私が会場まで同行致しますので」


 黒ずくめを捕らえたとはいえ、まだ他にいる可能性は十分考えられます。

 

「ふふ、ありがとうございます。でも大丈夫です。ちゃんとベネディクトや護衛を連れていきますから」


 ニッコリと微笑みながら告げるアイリスを見て安心した私は、もう一度一礼すると、リーゼロッテとともに部屋を後にしました。

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