第165話

 目の前で起きた光景は"普通"とは程遠いものであったはずなのだが、三人の女性は至って平然としていた。

 アデルが近づくと、まず長身の女性が笑みを浮かべる。


「礼を言う。其方のおかげで助かった」


 年の頃は二十代の前半ぐらいだろうか。

 雪のように真っ白な長髪と琥珀色の瞳を持つ、長身の美女だ。

 

「ホント、しつこくて僕たち困ってたんだよネ☆ 君のおかげだヨ☆」


 長身の美女の右側で同じく可憐な笑みを浮かべたのは、アデルたちよりも少し上と思われる、ボブカットの黒髪に瑠璃色の瞳の美少女だ。

 

「ルナちゃんも感謝してるのー」


 こちらはアデルたちと同年代くらいだろうか。

 金髪の愛らしい美少女が赤銅色の瞳でアデルに微笑みかける。


 こんな表現が許されるなら、彼女たちは「典型的な美女、美少女」だった。

 確かに三人が並んで歩けば人の目を惹くことだろう。

 先ほど逃げ出した男たちがナンパをしたのも当然のことだった。

 だが、耐性のついているアデルは動じることなく、頭を振った。 


「当然のことをしたまでですから、どうか気になさらないでください」


 そう、礼を言われるようなことはしていない。

 アデルは、ただ自分の信念に従って行動しただけなのだ。


「それは違うぞ」


 白髪の美女がアデルの言葉を否定する。

 

「其方にとっては当然のことかもしれんが、実際に行動に移せる者は少ないのじゃ。現に其方以外の者たちは見てみぬ振りをしておった。ゆえに、其方の行動は称賛に値すると妾は思う」


 そう言ったところで、白髪の美女がハッとした表情を見せた。


「おお、妾としたことが。助けてもらったというのに、恩人の名前を聞いておらんかったな」

「いえ、名乗るほどの者では――」

「そういうわけにはいかん。そうじゃ、妾らも名乗っておらんかったな」


 「ありません」という間もなく、白髪の美女が自己紹介を始める。


「妾はセレナ・マリナじゃ」


 次に黒髪の美少女が微笑みかけた。


「僕はディアナ・マリナだヨ☆ よろしくネ☆」

「ルナちゃんはルナ・マリナだよー。ルナちゃんって呼んでねー」


 三人は初対面のアデルに対してフレンドリーに、まるで何の警戒心も懐いていないかのような態度で話しかけている。


 そんな三人に対してアデルの方はいつもと変わらなかった。

 三人の自己紹介に応じるべく、折り目正しく一礼する。


「はじめまして、アデル・フォン・ヴァインベルガーと申します。お名前から察するに皆さんは姉妹なのですか?」


 アデルの問い掛けにセレナが頷く。


「長女の妾、次女のディアナ、そして三女のルナじゃ」

「随分と仲がよろしいのですね」

「まあ、一緒におるからのう」

「ずっと、ですか」

「ずっと、じゃ」


 セレナの言葉に引っ掛かりを覚えるアデルだったが、思考を巡らせる前にディアナとルナが話しかけてきた。

 

「ねえねえ、アデルくんは時間があったりするのかナ☆」

「ルナちゃん、助けてもらったお礼がしたいなー」

「そうじゃな、アデルさえよければ一緒に街を歩くというのはどうじゃ」


 ナンパ男たちへの態度とは打って変わって積極的だ。

 だが、この状況に待ったをかける者がいた。


「申し訳ないんだけど、彼は私と一緒に歩いているからお誘いはご遠慮くださるかしら」


 リーゼロッテの腕は、三人を牽制するようにアデルの腕をしっかり抱え込んでいる。

 必然的に二人の距離はほぼゼロだ。

 彼女の行動は淑女の振る舞いから程遠いものだったが、異国の地で普段と違う服装であることも関係しているのだろう。

 リーゼロッテをよく知るシャルロッテと護衛の四人には、彼氏を取られまいとする姿に映って見えた。


「其方は?」

「私? 私はアデルの婚約者ですけど?」

「ほう、婚約者とな」


 セレナはアデルに視線を向ける。

 アデルはゆっくりと頷いた。


「ええ、私の可愛い婚約者です」

「アデルったら。人前で可愛いだなんて……」

「申し訳ございません。心に嘘はつけませんから。それに、こんなことを言うのはリーゼロッテだけですよ」

「……そういうことにしておいてあげるわ」


 そう言って見つめる間も、アデルとリーゼロッテの距離は変わらない。

 近くで見ている者たちにとって、二人のやり取りは、とにかく見ていて恥ずかしいものだった。


 特に、同年代のガウェインやリビエラには刺激が強い。

 ふしだらで見苦しい、という感想は不思議とわいてこないが、見ているだけでガウェインとリビエラは顔に血が上り、身体が熱くなるのを感じていた。

 それでも傍を離れるわけにはいかない。

 二人はなるべく直視しないように、周囲を見回すことで身体の火照りを鎮めようとしていた。


 だが、セレナは全く気にならないようだ。


「そうかそうか……ふむ」


 目の前でセレナは何やら考える素振りを見せたが、それも一瞬のことだった。


「妾らは別に構わんぞ。のう?」


 ディアナとルナが頷く。


「構わないって、どういうことかしら?」


 リーゼロッテは瞳に鋭い光を宿し、警戒心を露わに三人を見つめている。

 

「そのままの意味じゃが?」

「ま、まさか婚約者がいても関係ないってこと!?」


 クッ、と失笑を漏らす声がした。

 顔を向けるとディアナとルナが両手で口を押さえていた。


「何が可笑しいのよっ」

「フフ……いや、其方が勘違いをしておるようなのでな」


 未だに笑いの発作から逃れられない二人に代わり、セレナが苦笑交じりで言葉を返す。


「妾らが言った別に構わないというのは、アデルだけでなく其方も一緒にどうじゃ、という意味で言ったのじゃ」

「あ……」

「それに、二人の仲睦まじい姿を見て、邪魔をしようなどとは考えんよ。そのような者がおるのであれば会いたいくらいじゃ」


 リーゼロッテが「すぐそこにいますけど」という表情を浮かべる。

 自分のことだと気づいていないのか、それとも気づいていない振りをしているのか。

 シャルロッテが、会話に入ってきた。

 

「よいのではないか。余は構わんぞ」

「シャル!?」


 セレナたちは今日会ったばかりの相手だ。

 いくらお礼とはいえ、常識的に考えれば断った方がいいはずなのだが――。

  

「ボクも賛成」

「私もだ」


 ヴァイスとリーラもシャルロッテの意見に同意を示す。


「そんな、お二人もですか?」


 リーゼロッテは驚いているが、ヴァイスとリーラとて考え無しに同意したわけではない。

 もちろん、最初に提案したシャルロッテもである。

 それは、セレナたちから何かを感じたからだ。

 一種の"勘"に過ぎなかったが、三人は自分たちの勘を信じていた。

 しかし、この場で最終的な決定権を持っているのはただ一人――事の発端でもあるアデルだ。

 皆の視線がアデルに向けられるが、既にアデルの中でも結論が出ていた。


「ご厚意に甘えましょう。オフィーリアさん、よろしいですか?」


 それは特務部隊の護衛対象にセレナたちを加えるということだが、彼女は特段異を唱えることもなく、ただ静かに頭を下げた。

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