最上紳士、異世界貴族として二度目の人生を歩む

洸夜

プロローグ

第1話 最上紳士、神様に出会う

 私の名前は最上紳士もがみしんじと申します。

 年齢は四十歳、営業マンとして日々外回りに励んでおりました。


 "名は体を表す"とは昔の方は上手いことを言ったものです。

 私自身も名が示す通り、常に紳士である事を心がけてまいりました。

 最上家の家訓にも"男子たるもの常に紳士であれ"というのがございまして、幼い頃より父から厳しく躾けられました。

 そのおかげもありまして、今では誰よりも紳士であると自負しております。


 常に紳士として振舞うことは、場の空気が穏やかになるというのが持論でして。

 私事で恐縮ですが、就職してからこの年齢になるまで、常に営業成績一位を取らせて頂いておりました。


 何故過去形になっているかと申しますと、いつものように外回りをしていたのですが、偶然青信号の横断歩道を渡っている、五歳くらいの可愛らしい女の子を見かけたのです。


 小さい女の子が手を挙げて渡る姿は微笑ましいものがありますが、周囲に保護者が見当たらないというのはいけません。

 無事に渡りきれるように手助けするのも、紳士の務めとして当然のこと。


 女の子の傍に向かおうと一歩踏み出したのですが、あろうことか居眠り運転をしているトラックが女の子目掛けて突っ込んできたのです。

 考えるよりも先に身体が動いた私は、女の子をその場から突き飛ばすことに成功致しました。


 しかし、私自身はトラックに轢かれてしまったようで、現在は何も見えない暗闇の真っ只中というわけです。


 女の子は無事に助かったでしょうか? 

 それだけが心残りではありますが、最後まで紳士らしい振る舞いが出来たのです。

 父や母には申し訳なくもありますが、私らしい人生だったのではないでしょうか。

 ……それにしても中々お迎えが来ませんね?


 すると、何やら眩い光が目の前に現れました。

 ようやくお迎えが来たのでしょうか?

 光はどんどん人の形へ変化していきます。

 最後は美しい少年の姿になりましたが、一体どういうことでしょうか?

 思い切って、少年に話しかけてみることにしましょう。


「私は最上紳士と申します。あの、貴方様はお迎えの方でしょうか?」

「お迎えのようなものと言えなくもないんだけど……。意外と冷静だね、君は。自分がどうなってしまったのか分かっているのかい?」

「それはもちろんでございます。トラックに轢かれて死んでしまったのでしょう?」

「……分かっている割には取り乱しているようには見えないね?」

「特に悔いはございませんので。あ、いえ、一つだけありましたね。私が突き飛ばしてしまった女の子は無事でしょうか?」


 女の子の安否を尋ねると、目の前の少年は不思議なものを見たような目を向けてきました。

 はて? 何かおかしなことを言ったでしょうか?


「君は本当におかしな人間だね。自分のことよりも他人のことを気にするなんてさ。……まぁいいか。さっきの女の子ね。実際に自分の目で確かめてみるといいよ」


 少年がパチンと指を鳴らすと目の前が歪み、横断歩道の映像が浮かび上がりました。

 映像には手や足に擦り傷を負ってはいるものの、それ以外は無事な女の子の姿がはっきりと映っています。

 安堵した私は少年に向き直りました。


「良かった。命に別状はないようですね。女の子の安否だけが心残りだったのです。さぁ、私をあの世に連れて行って下さい」

「そんな場所には連れて行かないよ?」

「え……? ですが、貴方様はお迎えの方では?」


 少年は呆れているようでした。

 軽く溜め息を吐いてから、私の顔を真っ直ぐ見ながら話しかけてきます。


「はぁ……言えなくもないとしか言ってないでしょ。いいかい? 信じられないかもしれないけどボクは君たちのところでいう神様ってやつさ」

「何と! 神様でしたか。これは失礼致しました」


 神様に向かって一礼すると、またも神様は呆れたような顔をしています。

 何かおかしいことを言ったでしょうか?


「君といると何だか調子が狂うな……。光から少年に変化した者がいきなり神様だと名乗っても、普通は信じられないと思うんだけどね」

「それは簡単なことです。私、こう見えて人を見る目には自信がございます。ん? でも貴方様は神様ですから人ではないですね。……困りました」

「……あぁ、もういいよ。君が特殊な人間であることはよーく分かったよ」

「そうですか? ではお迎えでないのでしたら、わざわざ神様がどのようなご用件で私のところにお見えになったのでしょうか?」


 神様は私の言葉に姿勢を正し、少々困ったような表情をされました。

 どうされたのでしょうか?


「実は……すまない。君は本来、今日死ぬ運命じゃなかったんだ」

「死ぬ運命ではなかった?」


 それでは何故私は死んでしまったのでしょうか?

 尋ねようしたのですが、先んじて神様が言葉を続けます。


「本当ならね、そこに映っている女の子は、君が何もしなくても死ぬことはなかったんだよ。それどころか擦り傷一つ負うこともなかったんだ」

「ええっ!?」

「君が驚くのも無理はない。本来であればトラックが女の子にぶつかる寸前にスリップしてね、信号機にぶつかるだけで済むはずだったのさ。運転手は軽く怪我をしちゃうけどね」

「……と、ということは」


 私は恐る恐る、考えたくない事実を神様に尋ねます。


「うん。君は本来怪我を負う事のない女の子に擦り傷を負わせた上に、君自身は無駄死にしてしまったというわけさ」

「な、なんということでしょう……」


 余りに衝撃的な事実を聞いた私は、その場に崩れ落ちました。


「無駄死にだからといって落ち込む事はないよ。君の勇気は称賛すべきものだ。普通の人間であれば怖くて足が動くはずもないんだから」


 神様は優しい言葉を投げかけて下さいますが、私が落ち込んでいる理由はそんな事ではないのです。


「神様。私は別に無駄死にしてしまったことに対して落ち込んでいるのではありません」

「え? じゃあ何でそこまで落ち込んでいるんだい?」


 神様に問われた私は、俯いていた顔を勢いよく上げます。


「もちろん、女の子に怪我を負わせてしまった事に決まっているではありませんか!」

「えぇ!? そっちかい?」

「それ以外に何があるというのです!」


 神様は目を大きく見開いて私の顔を見つめていらっしゃいます。

 何をそんなに驚く事があるのでしょうか?


 すると、今度は大声で笑い始めました。

 ん〜、神様の考えておられることがさっぱり分かりません。


「アハハハッ。君のような人間は初めて見るよ。うん、面白い。君をこのまま死なせてしまうのは、勿体無いな」

「勿体無い、ですか? ではもしかして生き返らせて頂けるのでしょうか?」

「残念だけど、それは出来ないんだ。既に起きてしまった事象を戻すことは、神といえども軽々しく出来ないんだ」

「そう……ですか。では他に何か方法でも?」


 そこまで言うと神様はニヤリと笑みを浮かべました。

 ……あまり宜しくない笑みのような気がします。


「君を今いる世界とは違う世界に転生させてあげよう。転生先の文明は魔力という概念はあるけど地球と大差ないし、転生する身体は公爵家の継嗣で世界最高の魔力の持ち主。しかもまだ十四歳とピチピチだ」

「失礼ながら、ピチピチという言い方は古い気がするのですが?」

「魔力よりもそこに反応するの!? ……コホン。で、どうだい? 若返って人生のやり直しなんて心躍らないかい?」

「いえ、特には。私は別にいいので、他の方にでも――」

「そんな事言わないでさぁ! ボクを助けると思って一度転生してみてよおぉ!」


 神様は断ろうとした私の腰に縋り付いて泣きながら懇願してきました。

 そんな軽い気持ちで転生しても良いのでしょうか?

 ですが、泣いて縋りつく程にお願いされている以上、お受けしてみるのもいいかもしれません。


「分かりました。神様がそこまで仰られるのでしたら、公爵家継嗣の身体に転生させて頂きます」

「ホントかい!? それじゃあ――」

「お待ち下さい。その公爵家継嗣の方の命は大丈夫なのですか? まさかとは思いますが、元々ある命を無理やり引き剥がすとかではないでしょうね?」


 神様の方に視線を向けると、神様はビクッと身体を震わせて頭をブンブンと左右に振って違うとアピールなさっておられます。


「そ、そんな訳ないよ! 転生先の身体は大病を患っていてね。ここ数日高熱が続いているのさ。医者も打つ手なしでこのまま死んでしまう運命なんだよ。ね? 問題ないだろ?」

「……無理矢理でないのでしたら、問題はありません。ですが、私の命を使って救って差し上げることは出来ないのですか?」


 私の言葉に神様はポカンと口を開けてしまわれました。

 おや? どうやらまたおかしな事を言ってしまったようです。


「君は本当に……。結論から言えば君の命を使って彼の命を救うことは可能だ。だけどボクは彼を救うつもりはないよ」

「何故ですかっ!?」

「仮に君の命で救われたとしても、今の彼はある問題・・を抱えていてね。遅かれ早かれ死ぬ運命なんだ」

「問題ですか?」


 神様の意味不明な言葉に首を傾げます。

 今助かっても遅かれ早かれ死んでしまうとはどういうことでしょうか?

 

「それは実際に君が彼の身体に転生してみれば直ぐに分かる事さ。さぁ! 彼はもう死ぬ寸前だ。死んでから時間を空けすぎると転生が成立しなくなっちゃうからね。パパッとやっちゃうよ!」

「くっ……分かりました。転生してから確かめてみることに致しましょう。神様、わざわざ私の様な者に二度目の人生を与えて下さり、有難うございます」

「へっ……? ぷっ、アハハハハッ! 君は最後まで面白い人間だね。気に入った。転生先で君が無事に過ごせるように、一つプレゼントをさせてもらうよ」

「プレゼント?」


 神様は意地悪そうな笑みを浮かべながら、私に向かってウィンクしました。


「それも転生してから確かめてみなよ。じゃあねっ」


 神様の言葉を最後に、私の意識は途絶えたのでした。

 

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