第110話 男には退けない時があるのです
ディシウス王国の王都に着いたのは三日後の昼でした。
一番最初に目に入ったのはそびえ立つ巨大な白い壁。
直径三十キロを超える王都をぐるりと囲んでいるそうで、高さは二十メートルに達するのだとか。
なんでも四百年前の"災厄"時に造られたもので、人々を"クリファ"から守る役割を果たしていたそうです。
開放された状態の門をくぐり抜けると、公都と変わらぬ近代的な街並みが広がっていました。
街の中心を通るメインストリートは一直線に中央に向かって伸びており、中心地と思われる場所には、陽の光に照らされて純白に輝く巨大な城が建っています。
「緊張していらっしゃいますか?」
城の前に降り立った私は、隣のリーゼロッテに声をかけました。
いよいよ求婚してきた本人と会うことになるのです。
緊張しているのではないかと思い、声をかけたのですが――。
「いいえ、大丈夫よ。だってアデルがいるんですもの」
リーゼロッテはにこやかに微笑みました。
何と健気な言葉でしょう。
愛おしさのあまり思わず抱きしめてしまいそうになりましたが、すんでのところで我慢します。
今の私は婚約者という立場を公にはしていません。
それなのに無闇矢鱈に、しかも城の前でリーゼロッテを抱きしめようものなら、リーゼロッテ自身の名誉にも傷がついてしまうでしょう。
「ありがとうございます。もしもの時には私が必ずお守りします」
そう言うと、リーゼロッテは咲きほこる花のような笑みを浮かべました。
「それは私の役目なのですが……」
リビエラがなにやら大きなため息を吐いていますが、こればかりは譲れません。
大切な者は、私自身の力で守りぬくと決めているのですから。
城門に立つ騎士にレーベンハイト公国から来たことを伝えると、すぐに城内へ案内されました。
通された部屋でしばらく待っていると、扉をノックする音が。
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは、アルバートでした。
「リーゼロッテ様。遠路はるばる、ディシウス王国までお越しいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ遅くなってしまい申し訳ございません」
形式的な挨拶を交わした後、アルバートが謁見の間へ案内してくれました。
アルバート、リーゼロッテ、その後ろに私とリビエラが続きます。
「レーベンハイト公国第一王女リーゼロッテ・フォン・レーベンハイト様をお連れしました」
扉が開かれ、足を踏み入れた瞬間に多くの視線に晒されました。
ですが、それを敢えて無視するかのようにリーゼロッテは軽く一礼すると、アルバートの後に続いて中へ進んでいきます。
私とリビエラも置いていかれないように後に続きました。
「ようこそお越しくださいました。わたくしがディシウス王国を預かるセリスでございます」
私を含め、全員が呆けてしまうしかありませんでした。
なぜなら、玉座に座っていたのは私たちとそれほど歳が離れたようには見えない、とても美しい女性だったからです。
やや黄色みを帯びた白色――
傍から見れば間抜け極まりない有様で、自己弁護するのもみっともないですが、そうなって仕方ないだけのものが彼女にはありました。
目鼻立ちが整っているというだけでなく、どこか明らかに違っているのです。
王国を預かる、ということは目の前にいるこの女性がディシウスを治める女王のはず。
つまり、ギルバートの母親だということなのですが、私たちと変わらぬ歳の子を持つ親にはまったく見えません。
本当だとしたら、女王は今おいくつなのでしょうか?
そんなこちらの心情を察しているのか、セリスはあえて何も言わず微笑みだけを湛えていました。
このままでは流石に失礼にあたると思った私は、周りの者に気づかれない程度に、小さく咳払いをしました。
「レーベンハイト公国第一王女、リーゼロッテ・フォン・レーベンハイトでございます」
リーゼロッテがゆっくり頭を下げると、セリスは笑みを浮かべたまま頷きました。
「さて、この度はわたくしの息子であるギルバートがリーゼロッテ様に婚約を申し込んだことに対し、わざわざこちらまでお越しくださって感謝します」
「いえ……」
「さっそくギルバートとお会いしていただきたいと思っていたのですが……」
セリスはそう言ってリーゼロッテではなく、私の方に視線を向けてきました。
気づかない振りをするという手もありましたが、目が合ってしまった以上はそういう訳にもいきません。
目礼を返すと、セリスは目を細めました。
「後ろの方には見覚えがございます。確か――アデル・フォン・ヴァインベルガー様でしたか」
セリスの言葉に謁見の間がざわつきました。
今までリーゼロッテを見ていた視線が、一斉に私へと向けられます。
世界最高の魔力量の持ち主であることは、世界中に知られていますからね。
リーゼロッテの元婚約者である、ということも。
――気づかれたかもしれません。
婚約を破棄した関係であるはずの私が、リーゼロッテの護衛の一人としてついて行く。
普通であれば考えられないことです。
しかし、私とセリスに面識はありません。
どこで私のことを知ったというのでしょうか?
「アルバートが"
リーゼロッテを責めることはできません。
それに、仮にここで私が「違います」と言ったところで、調べればすぐに分かることですし、何よりも私はリーゼロッテを守るために一緒に来たのです。
ディシウス王国側にバレようとバレまいと、それは変わりません。
整列していた者たちの中でもいかつい男が血相を変えて進み出ようとしました。
セリスはそれを軽く手で制し、
「リーゼロッテ様のお気持ちはおおよそ察しがつきました。ですが、わたくしとしても何もせずに、はいそうですかという訳にはまいりません。アデル様――」
セリスはひたとこちらを見据えました。
「我が息子、ギルバートと一戦お相手いただけませんか? ギルバートと戦い、勝てばこのお話は最初から無かったことにいたしましょう。ですが、負けたらアデル様にはディシウス王国に来ていただきます」
「「なっ!?」」
リーゼロッテとリビエラが同時に驚きの声を上げました。
「なぜ、私をディシウス王国に?」
「アデル様はご自身の価値というものに気付いていらっしゃらないのですね。膨大な魔力に、類まれなる異能。どの国も喉から手が出るほど欲しい人材だと思いますよ。
セリスの言葉に私は違和感を覚えました。
まるで、私が目当てであったような言い方に聞こえたからです。
いえ、私がリーゼロッテについてくるかどうかなど分からなかったはず。
ならば――どちらでも良かった?
リーゼロッテと婚約を結ぶことができれば、公国と姻戚関係を築くことができるわけですし、ギルバートが勝つという前提ですが、ディシウス王国にとっては有利な状況と言えるでしょう。
「さあ、アデル様。いかがなさいますか?」
「ま、待って下さい!」
セリスの言葉を聞いて、今まで黙っていたリーゼロッテが我慢しきれないというように口を開きました。
「セリス様、そのような大事なお話をこの場ですぐに決めることなどできません。一度公国に戻り公王やアデルのご両親ともしっかり話さねば――」
なおも言い募ろうとするリーゼロッテの肩に手を置き、私は一歩前に進み出ました。
正面からセリスの視線を受け止めると、半ば勝手に口が開いていました。
「セリス女王の提案をお受けします。私の身一つでリーゼロッテ様をお守りできると言うのであれば望むところです。試合で決着をつけましょう」
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