第122話 前夜祭での出来事

 今年の"国別異能対戦"は、前夜祭パーティ、その翌日に開会式、試合は一日二試合の総当たり戦、全ての試合が終わった日に閉会式というスケジュールになっているそうです。

 開催場所は毎年変わりますが日程は常に同じとのことで、私たち代表選手五名、それにリーゼロッテの護衛であるリビエラを入れた六名で前夜祭に参加しました。


「お前がアデル・フォン・ヴァインベルガーか?」


 いきなり声をかけられたので反射的に振り向くと、そこにいたのは燃えるように真っ赤な髪を逆立たせ、深緑色の目を持つ男性でした。


「その通りですが――貴方のお名前をお聞きしてよろしいですか?」

「カエサルだ。カエサル・デル・ヴァルダンブリーナ。はじめまして、アデル・フォン・ヴァインベルガー」


 一言で彼を表現するのであれば、王と評するのが相応しいでしょう。


 最初に思い浮かべたのは白銀で造られた鎧でした。

 私を見下ろす長身に、険のある目つきは強靭で隙がまったくありません。

 端麗な顔立ちは鋭すぎる刃のようで、触れ難い雰囲気があります。

 何よりも存在感がありました。

 どれだけ人ごみに紛れていようとも、ひと目で居る場所を当てることができるでしょう。


 私は詰めていた息をそっと吐くと、目の前の男性に向かって一礼しました。


「はじめまして、カエサル・デル・ヴァルダンブリーナ様。……ヴァルダンブリーナ? もしや……」


 相手は無言のまま、唇の端だけをあげて尊大に笑いました。

 

「帝国の次期皇帝がアデルに何の用かしら」


 リーゼロッテがそう言って威嚇するような視線をカエサルに向けてもなお、彼は冷然としていました。


「どこかで見た顔だと思ったらリーゼロッテ・フォン・レーベンハイトか。久しいな。なに、世界最高の魔力を持つ男に興味があったから声をかけた、ただそれだけだ」

「相変わらずの態度ね」

「褒めても何も出んぞ」

「褒めてないわよ!」


 リーゼロッテはかたちの良い眉を、はっきりと分かるほどひそめています。

 

 彼女がこれだけ警戒するのも珍しいですね。


 今にもカエサルに掴みかからんとするリーゼロッテを宥めました。


「お二人は面識がお有りなのですか?」

「五大国はね。年に一度、"国別異能対戦"に合わせて会議を開いているのよ。私も何度かお父様に連れてきてもらったことがあって、そこでカエサルと初めて会ったの」

「ああ。そういえば、お前たちは婚約したのだったな。祝福しよう。喜べ、俺が誰かを祝うなど滅多にないことだぞ」


 口角を上げてニヤリと嗤いながら告げるカエサルに即座に反応したのは、やはりリーゼロッテでした。


「そういうところ! 祝福してる人の態度じゃないでしょ」


 リーゼロッテの言うことも当然といえば当然かもしれません。

 腕組みしながらというのは、私もちょっとどうかと思います。

 

「必要なのは結果だ。それとも、外面が欲しいのか?」

「物事は形からっていうでしょ」

「ふむ、一理ある。が……薄っぺらな人間の言いそうなことだ」

「ああ言えばこういう……貴方は祝いに来たの? それとも喧嘩を売りに来たの?」


 握り締めた拳をブルブルと震わせながらリーゼロッテが怒りを露にしています。


「決まっている。試合だ」

「ええ、そうよね。貴方ならそう言うだろうと思ったわよ!」

「落ち着いて下さい、リーゼロッテ」


 ただでさえ人目を引く存在感を醸し出しているカエサル。

 そこにリーゼロッテが大きな声を出したらどうなるか、少し考えれば直ぐに分かることです。

 何かあったのかと、前夜祭に参加している参加者の注目がこちらに集まりつつありました。


 シャルロッテは――良かった、まだ騒ぎに気づいていないようです。

 彼女まで加わったら更に混沌とした状況になりかねません。

 今のうちに何とかしないと。


 試合で熱くなる分には構いませんが、今はまだ前夜祭なのです。

 リーゼロッテには落ち着いていただかなくては。


「せっかくの可愛い顔が台無しですよ。リーゼロッテには笑った顔が一番よくお似合いです」


 彼女だけに聞こえるように顔を近づけて耳元で囁くように呟くと、途端にリーゼロッテの顔が赤く染まりました。


「ちょ、ちょっと……恥ずかしいでしょ」

「何故です? 私は本当のことを言っただけですよ」


 微笑みながらそう言うと、リーゼロッテは私を見上げたままモジモジし始めたのです。

 その表情が愛らしかったので思わず彼女の頬を撫でると、気持ち良さそうに目を細めるリーゼロッテ。


 良かった。

 これでひとまずは落ち着いていただけたようです。

 私はホッと胸を撫でおろしました。


 すると、唐突に。


「は、ははははは!」


 カエサルはさも、おかしそうに笑いました。


「いや、面白いものを見せてもらった。なかなか興味深い男だな、お前は」

「それはどうも」


 軽く一礼すると、まじまじと私の顔を見てきました。


「なるほど」

「なんでしょう?」

「今回ここへ来たのは、意外な収穫だったらしい」


 ――意外な収穫?

 いったい何のことでしょうか。


「そんなお前に一つ問おう。お前には夢があるか? 目標でも胸に抱いた理想や希望でもなんでもいい。これだけは譲れないというものが、お前にはあるか」


 カエサルの視線を真正面から受け止めました。

 その眼差しは有無を言わさぬ雰囲気がありましたが、どこか試しているようにも見えました。

 

「いきなりですね。もちろんありますよ」

「ほう?」


 リーゼロッテを一度見たあとに頷きを返しました。

 

 そう、私は大切な人をもう二度と失うつもりはないのです。

 

「そう仰る貴方にはあるのですか?」

「当然だ。――俺は、手にする」


 さながら舞台に立つ主人公のように、宙に浮かぶ何かを掴み取るような仕草をするカエサル。


 彼は――"したい"ではなく、"する"と言いました。

 願望でもなく、誓いでもなく、そして約束でもありません。

 当たり前に確約された未来の姿。


 小さく、ですが傲慢にせせら笑うカエサルは、鋼のように強靭な呟きでこう言ったのです。


「――――世界を、だ」

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