第40話 幕間「世界を在るべき姿へ戻さんとする者達」

 聖ケテル学園からそれほど離れていない地点、具体的には数キロメートルほどの道路。

 ここから電磁車を走らせ道なりに山を下り進んでいけば、二時間ほどで公都に到着する。

 全寮制の学園に続く道だけあって、車通りは無いに等しい。


 その道路脇に、一台の電磁車がエンジンをかけたまま停止していた。

 車の傍らには、公国騎士団の騎士数名が何故か直立不動・・・・・・・で一列になっている。

 彼らの隣には、雪のような真っ白ではあるが、ナチス親衛隊を連想させるデザインの軍服で身形みなりを整えた、若い男性が立っていた。

 年の頃は二十代半ば。

 見目麗しい青年だった。

 澄み切った青空を連想させる美しい海碧かいへきの瞳に、黄金と見まごうばかりに輝く金髪。

 女性的というわけではなく、いかにも貴公子然とした涼やかな風貌。

 貴公子という点ではアデルも負けていないが、あくまでも人間の範囲内である。

 しかしながら、この青年はあまりにも人間離れした・・・・・・容姿をしていた。

 端麗な顔立ちは鋭すぎる刃のようで、かえって触れ難い。

 青年は立ち尽くす騎士達に目もくれず、車のドアを開けると、中に座っている者に笑いかける。


「やあ、"顔なし"。迎えにきたよ」

「これはこれは。わざわざ君が迎えに来てくれるとは思わなかったのだよ、"傀儡遣いプッペンシュピーラー"。いや、助かったのだよ、有難う」


 "顔なし"はそう言って、ゆっくりと車から降りた。

 両手を縛っていたはずの拘束具は、いつの間にか外されており、地面には残骸が散らばっていた。

 "傀儡遣い"と呼ばれた青年は、目を細める。


「全く、そう思うのなら遊ばないでほしいな。わざと負けて捕まるような真似なんて、趣味がいいとは言えないよ?」

「くはは、すまないのだよ。久しぶりに面白そうな逸材に出会ったものでね。つい、遊んでしまったのだよ。いやはや、才能に満ち溢れている若者は、やはり心躍るのだよ」

「ハァ……僕には理解出来ないな。人間なんて玩具オモチャでしかないだろうに」


 軽く溜め息を吐きながら、"傀儡遣い"は呆れ声を漏らした。 

 それに対して、"顔なし"は肩を竦めるのみだ。


「見解の違いというやつなのだよ。人間というものは存外面白い。特に今回出会った中でもアデル君は実に興味深いのだよ。何せ、私の異能で再現出来なかったのだからね」

「――へぇ」


 興味を持った"傀儡遣い"の目が妖しく光る。

 無理もない。

 "顔なし"の異能"千の無貌を持つ神"は、他者の姿かたちだけでなく、記憶や異能までも完全に再現することが出来る。

 今までに再現してきた数はそれこそ百や二百ではきかず、千に達するほどだという。

 その"顔なし"が初めて再現できなかったという相手だ。

 "傀儡遣い"が興味を持つのは当然のことだった。


「面白そうだね。今からそのアデルって子だけでも攫ってこようか? ――ああ、ただ攫うだけじゃあ面白くないな。周りの誰からも信用されなくなるように仕向けて、一人絶望しているところに手を差し伸べる、とか面白そうじゃない?」


 にっこりと柔らかに、まるで天使のような笑みを浮かべている"傀儡遣い"だが、言っていることは限りなく邪悪だ。

 しかも、冗談を言っている様子は全く感じないのだからタチが悪い。

 本心から述べているのは"顔なし"も分かっていた。

 ゆえに"顔なし"は苦笑を漏らす。

 事実、先ほど言ったことを実行してしまえるほどの力を、眼前の"傀儡遣い"は持っているのだ。

 

「それは止めておいた方がいいのだよ。私も遊んではいたが、シュヴァルツ・ラインハルトの力は中々のものだったし、また侵入するとなると、流石にあそこの学園長も動く可能性があるのだよ」 

「ふーん。そのシュヴァルツ・ラインハルトって子が警戒に値するかどうかはともかくとして。モルドレッド・フォン・ローエングリンは確かに面倒かもね」


 聞き覚えのある名前に、"傀儡遣い"の美しい顔が僅かに歪む。

 

「奴も我々ほどではないとはいえ、厄介な存在に変わりないのだよ。藪をつついて蛇を出すような事をせずともよいのだよ。"あの方"だって君にそのような指示は出していないのだろう?」


 "あの方"という言葉を聞いた"傀儡遣い"の肩がビクッと微かに震えた。

 表情こそ変化はないものの、隠しきれない畏怖が滲み出ている。


「分かっているよ、"顔なし"。――いや、"薔薇十字団"第九=二位メイガス、アレイスター・ローゼンクロイツ・フォン・ザラスシュトラ」

「その名は長ったらしいので嫌いなのだよ。"顔なし"か、せめてアレイスターで頼むのだよ、"薔薇十字団"第八=三位マジスター・テンプリ、ディートリヒ・フォン・ニーベルンゲン」

「はいはい、分かったよアレイスター。だったら、いつまでその姿・・・でいるつもりだい?」


 おどけたように仰け反るディートリヒに、アレイスターは意地悪く笑ってみせた。


「くはは、何日も同じ姿というのは久しぶりなのだよ、ディートリヒ。愛着が湧いたというやつなのだよ。なに、戻る頃には元の姿に戻っておくのだよ。それよりも――」


 そこで一旦区切ったアレイスターは、初めて未だ直立不動のままピクリとも動こうともせず、一言も声を発しない騎士達に目を向けて指を差す。

 

コレ・・はどうする気なのかね?」


 コレと指を差された騎士達は、身体を動かそうと全身の至るところに力を込めるが、指一本動かすことが出来ない。

 それどころか、口を開くことさえままならないのだ。

 彼らの内心は恐れ、焦り、怒り、様々な感情で入り乱れていたが、表情すら変える事が出来なくなっている。


「ん~、そうだね。アレイスターも無事に救い出せたし、このまま戻ってもいいんだけど……」


 そこでディートリヒは少しだけ考える素振りを見せるが、直ぐに両手をパンッと叩くと一つ頷き、蕩ける様な笑みを浮かべた。


「ごめんね、君達。直ぐに解放してあげるよ」


 そう言ってディートリヒが指を鳴らすと、騎士達の身体が動き出す。

 自由に動けるようになったのかと喜ぶ騎士達であったが、直ぐにそうではない事に気付く。

 一列に並んでいた騎士達は、お互いが向き合うと勝手に口を開き、それぞれの異能を発現させる。

 

「な、何で!?」

「おい! やめろッ!」

「か、身体が勝手に……一体どうなってるんだ!?」


 必死に抵抗を試みるが、まるで何かに操られているかのよう己の意思とは違う動きをする身体に騎士達は皆、恐怖に駆られていた。

 一歩一歩、ゆっくりとお互いに近づき合う騎士達。

 具現化した剣を持つ者、燃え盛る炎の塊を持つ者、尖った氷の槍を創り出した者。

 目と鼻の先まで近づき、異能を発現した手を振り上げる。

 

「ま、待て――ッ!」


 必死の抵抗むなしく振り下ろされた手は、騎士達を絶命させるに十分な力を持っており、地面には物言わぬむくろが出来上がった。


「相変わらず君の異能は見事なのだよ。傍から見たら勝手に殺しあったようにしか見えないところが、また素晴らしい。だが、殺す必要があったのかね? 少々おふさけが過ぎるのだよ、ディートリヒ」


 アレイスターの口調は非難めいたものではあったが、それは殺したことに対してではなく、生かしたまま生け捕りにした方が何かと使えるのでは、と考えていたからだ。


「いいじゃないか。解放してあげたんだから。生という呪縛から、だけどね」


 なんら悪びれずに邪悪な笑みを浮かべて言ったディートリヒは、笑いの取れなかった芸人のように肩を竦めるが、元々の風貌もあってか、そんな仕草でさえ絵になる。

 アレイスターも同じように肩を竦めた。


「全く、仕方ないのだよ。さて――帰るとするのだよ」

「賛成。早く帰って今やっている計画に着手しないと」

「くはは、また悪巧みかね?」


 いつもと変わらぬ調子で問いかけるアレイスター。

 「そんなはずはないだろう」とディートリヒは鼻で笑い飛ばした。

 

「悪巧みとは人聞きの悪いことを言うね。全ては"世界を在るべき姿へ戻さん"とする為さ」

「くはは、そういう事にしておくのだよ」


 お互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべるも一瞬。

 二人の目つきが変わる。

 と、同時に厳粛といっていい雰囲気が、辺り一帯に立ち込めていく。

 そして、アレイスターとディートリヒは揃いの言葉で締め括った。


「「全ては"あの方"の御心のままに」」

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