第134話 魔力が欲しいのなら好きなだけ差し上げましょう
シャルロッテが試合場に現れると、会場内の歓声は一気に大きくなりました。
それもそのはず。
世界中から試合を観に来ているとはいえ、観戦者の大半はオルブライト王国の人々です。
自国で写真集が発売されるほどなのですから、この絶大な人気も当然といえば当然でしょう。
加えてレーベンハイト公国とオルブライト王国は、どちらも全勝中です。
オルブライト王国はまだヴァルダンブリーナ帝国との試合が残っていますが、この一戦に勝ったほうが唯一の全勝となるわけですから、観客が興奮しているのも頷けます。
そんな自国民の期待を一身に背負っているはずのシャルロッテですが、観客に向かって柔かに手を振りながら応える姿はあまりに自然体で、何の気負いも感じられません。
正面に立つシャルロッテを見据え、私は心を落ち着かせました。
シャルロッテ・ウル・オルブライト。
範囲内にいる対象の魔力を強制的に奪う異能。
間違いなく強敵です。
こうして向かい合っているだけでどこか底知れない何かを感じるのは、彼女の異能を知っているからでしょうか、それとも……。
ですが、シャルロッテの実力が聖ケテル学園で見たものであれば、勝負は私に分があります。
少なくとも、彼女の第一位階を攻略する手は考えついているのですから。
「フハハ! アデルよ、遠慮はいらぬぞ。思う存分かかってくるがよいっ。余も全力で相手をしよう」
滑らか、かつ高らかに言うシャルロッテに対して、私は胸に手を当て一礼しました。
「承知しました。私も本気をもって、シャル様の意志を受け止めさせていただきます」
「うむ! それにしても、中々に気合が入っているようではないか。さきほどよりも声色が高いぞ」
流石ですね。
気持ちを抑えていたつもりではあったのですが、見破られてしまいましたか。
「負けられない理由がありますから」
「ほほう、負けられぬ理由か」
「ええ。私はリーゼロッテのことが好きです」
「ぬっ!?」
「そして、ガウェインくんやエミリアさんのことももちろん好きです」
厳密に言えば、リーゼロッテと他の二人に対する好きには大きな違いがあるのですが。
「シャル様が三人と手合わせをされたことに対して、今さら何かを申し上げるつもりはございません。ですが、三人がシャル様に負けたという事実は残りますし、異能の相性から考えてこの先も勝つのは難しいでしょう」
魔力を奪われるという時点で、殆どの異能力者はシャルロッテに勝てはしないでしょうし。
「なるほど。だから其方が三人に成り代わって余に勝ってみせるというわけか。――面白い!」
シャルロッテはウンウンと頷きました。
「よかろう! 半端な心構えは礼を失するからな。余も最初から全力で行くぞっ」
「望むところです」
お互いに頷き合い、向き合うこと数秒。
「シャルロッテ・ウル・オルブライト対アデル・フォン・ヴァインベルガー、試合開始!!」
試合開始の合図とほぼ同時に、シャルロッテが手を振りかざしました。
「『――――
会場が眩い光に包まれます。
即座に腕で目を覆い下を向くことで、目を閉じることを回避しました。
すると、一瞬にして足元は薔薇で埋め尽くされてしまいました。
赤い薔薇から放たれる濃厚で甘い香りが鼻腔をくすぐります。
途端に全身の倦怠感に襲われました。
例えるなら、少しずつ魔力が抜け出ていくような感覚でしょうか。
「なるほど」
これが魔力を奪われる感覚ですか。
傍から見ていたのと、実際に体験してみるのとではまるで違うと言いますが、まさにその通りですね。
では、もう一つも試してみるとしましょう。
薔薇の中心に立つシャルロッテ目掛けて、右手を前に出しました。
イメージするのはヴァイスの異能"
「『――――
掌から雷撃が放たれました。
通常であれば、対象の身体を突き抜けて痺れと激痛を与えるのですが――。
「フハハハ! 余の『絶対なる王の領域』に死角はない! 無闇矢鱈に攻撃しても余の魔力に変換されるだけだ」
己の異能に絶対の自信を持っているのでしょう。
シャルロッテは笑みを浮かべています。
しかし、問題ありません。
少しずつ魔力が減っていくのを感じつつ、堂々と、シャルロッテへと踏み込みました。
どんどん二人の距離は近づいていきます。
もちろん、その間も私の魔力は奪われています。
「うん? そのように近づいても意味はないぞ。近づいて攻撃してこようが余の守りは絶対だ」
「分かっておりますとも。確かにシャル様の異能は攻防一体の素晴らしい異能
「フハハハ! そうであろう、そうであろう! ……ん?
シャルロッテは笑みを止めると、眉を寄せて首を傾げました。
「ええ。この異能には大きな欠点があります」
私はしゃがみこみ、薔薇の花弁に手で触れます。
「な、何をしておるのだっ。そんなことをすれば魔力を奪う速度が上がるだけだぞ!」
「問題ありません。それが狙いですから。ところでシャル様」
「なんだ」
「シャル様の『絶対なる王の領域』ですが、いったいどれほどの魔力を蓄えることができるのか気になりませんか」
「何を……何を言っておるのだ?」
相手の魔力を強制的に奪い己の魔力とする――恐ろしい異能ではありますが、際限なく奪うことができるものでしょうか?
私を除いた人たちの魔力量は多くても十程度。
器の容量は決まっているのですから、それ以上は注いでも溢れるだけです。
ということは、奪った魔力は一時的に"絶対なる王の領域"に蓄えられているはず。
「私の魔力が尽きるのが先か、それとも『絶対なる王の領域』が容量を超えてしまうのが先か、面白いと思いませんか」
「なっ……!?」
シャルロッテの眼と口が、大きく見開かれました。
「さあ、我慢比べといきましょうか。『――――
詠唱と同時に、赤い薔薇が眩い光に包まれました。
それも一本だけでなく、全ての薔薇が輝いています。
先程までとは比べ物にならないほどの速さで魔力が抜けていきますが、ここでやめるわけにはいきません。
更に魔力を込めると、だんだんと薔薇が輝きを増していき、心なしか膨らんでいるようにも見えます。
「よせ、よすのだ!」
「はあぁぁぁっ!」
シャルロッテは私に触れようとしますが――遅いっ!
魔力を手のひらに収束させて、一気に薔薇に放出しました。
ボンッ! という衝撃音をともに、眩い光が会場を、そして空を白く染めました。
光が消えると、足元を覆い尽くしていた赤い薔薇は一つ残らず消え去っていました。
「余の『絶対なる王の領域』が破られただと……」
呆然と立ちすくむシャルロッテ。
私は右足に力を込めて近づこうとしたのですが、視界が歪み、一瞬頭がクラッとしました。
いかに魔力量が増えたとはいえ、一気に約四分の一の魔力を消費したのはやや無謀だったかもしれません。
しかし、この機会を逃すことなどできませんでした。
絶対の自信を持っていた異能を破られたのです。
しかも力技で。
シャルロッテの心中は計り知れないものがあるでしょう。
ならばこそ、仕掛けるのは今が一番なのです。
「『――――英雄達の幻燈投影』……!」
叫び、私はシュヴァルツの"正統なる王者の剣"を握り締めると、シャルロッテ目掛けて猛然と走り始めました。
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