第79話 学園対抗戦編⑭

 その後もマリーは興奮した様子で、私たちと別れるまでずっと男性の話をしていました。

 あのようなマリーは屋敷でも見たことがありません。

 よほどあの男性の事が気に入ったのでしょう。


 誰かに恋をした時の感情の高ぶりというものは、分かっていても簡単に制御出来るものではありません。

 もう少し歳や経験を重ねればあるいは違うでしょうが、マリーの年齢を考えると土台無理な話です。


 兄としては少々複雑な気持ちですが、ここは優しく見守るのが一番でしょう。

 まあ、名前も年齢も、どこに住んでいるのかも分からない相手ですから、再会できるかどうかも分かりませんが。





 ――四日後。

 三日目から五日目にかけて、私たち聖ケテル学園は順調に勝ち進んでいきました。

 基本的には二日目と変わらず、リーゼロッテとヴァイスが出て対戦相手を圧倒、ただの一度も負けることなく完全勝利で終わるという形です。


 決して三校の生徒が弱いわけではありません。

 彼らも魔力量は同じフィナールであり、むしろ優秀な方達ばかりです。

 ただ、対戦相手が悪かったとしか言えません。

 ヴァイスはもちろん、リーゼロッテもリーラやリビエラ、シャルロッテとの戦闘を経て、随分と成長しているのですから。

 

 しかし、今日は一筋縄ではいかないでしょうね。

 何故なら今日の対戦相手は、オスカーとリビエラのいる聖ルゴス学院です。


 大会も終盤に差し掛かった六日目。

 現時点で全勝しているのは、私たち聖ケテル学園と聖ルゴス学院のみ。

 聖エポナ女学院も昨日までは全勝だったのですが、聖ルゴス学院に敗れた為、優勝争いからは一歩後退していました。

 

 全勝同士が対戦するのですから、今日が実質、優勝決定戦というわけです。

 会場内の観客席から聞こえる割れんばかりの歓声が、この試合の期待の高さを物語っていました。


「アデル君、緊張しているのかい?」

「シュヴァルツ先輩。そうですね、先程までは少々緊張していたかもしれません」

「ほぅ。アデル君でも緊張することがあるのか。興味深いな。だが、今は緊張していないと?」


 からかうような、意地の悪い笑みを浮かべるシュヴァルツ。

 私だって人間ですから、緊張くらいします。

 大勢の前で戦うことは初日で慣れましたが、なんといっても今日の勝者が優勝を決定づけるのですから。


 隣に立つリーゼロッテも、それが分かっているのでしょう。

 昨日までの余裕のある表情から一転して、眉間に皺を寄せながら一点をジッと見つめていました。


 視線の先は……なるほど、リーゼロッテの場合は緊張というより、気合が入って顔を強ばらせているのでしたか。

 リーゼロッテの視線の先には、リビエラがのんびりとしたような表情を見せており、こちらに軽く手を振っています。

 それがリーゼロッテの神経を逆撫でしているようで、目つきが段々鋭くなっていました。

 

 やれやれ、試合前に力を入れ過ぎては十全に力を発揮出来ないというのに。

 リーゼロッテの様子に苦笑しつつ、私はシュヴァルツの方を向きます。


「ええ。今日は優勝を決めるための大事な試合ではありますが、仮に私が負けたとしても、後ろにはヴァイス先輩がいます。リーラ先輩がいます。そして、シュヴァルツ先輩もいます。これほど信頼できる心強い仲間がいるのです。緊張する必要などどこにもありませんよ」


 そう言った瞬間、シュヴァルツは口を開けてポカンとしたような表情をしました。

 見れば、ヴァイスもリーラも同じような顔をして、私を見ています。


 はて? 何かおかしなことを言ったでしょうか?

 首を傾げていると、急にシュヴァルツが「ふふ」っと吹き出して笑い始めました。


「……なるほど、たとえ負けても俺達が後ろに控えているから、優勝は揺らぎはしないと」

「そうです。ならば、緊張などしては勿体ないだけですし、今持てる力の全てを出し切った方がいいでしょう?」


 優勝がかかっている大事な試合、などと考えるから緊張するのです。

 シュヴァルツ、ヴァイス、リーラの三人がいる以上、優勝しないはずがないのですから、安心していつも通りの私で試合に臨むとしましょう。


「ふふ、君は本当に真っ直ぐだな。羨ましいほどに」


 眩しいものを見るかのように目を細めて呟くシュヴァルツでしたが、直ぐに一つ頷き、ヴァイスとリーラへと視線を投げかけました。


「その信頼には応えないといけないな。そうだな、ヴァイス、リーラ」

「もちろんですよ。アデルくん、思い切り試合を楽しみなよ」

「負けたとしても我々が何とかしてやる、気にせず存分に戦え。リーゼロッテ、お前もな」


 ヴァイスとリーラの言葉は力強く、そして頼もしく感じます。

 急に話を振られたリーゼロッテは、一瞬驚いたように目を瞬かせていましたが、フッと笑みを浮かべたかと思うと、頷きを返しました。

 さっきまでの表情とは一変して、肩の力も抜けたように落ち着いて見えます。


 うん、これならば力を最大限に発揮出来るでしょう。


「さて、初戦だが――アデル君」

「はい」


 シュヴァルツの呼びかけに短く答えます。

 

「向こうはどうやらオスカー君を出してくるようだ。やれるな?」

「もちろんです」


 そう返すと、私はシュヴァルツ達に一礼して中央に向かって歩き始めました。


 中央には既にオスカーがおり、私を見ています。


「アデル君と対戦するのを楽しみにしていました」

「楽しみにしていた、ですか?」


 新人戦の時のオスカーは、姿かたちこそオスカーでしたが、中身は"顔なし"という全くの別人でした。

 今回が正真正銘、初めての対戦ということになるのですが、楽しみにしていたとはいったい?


「リビエラから色々話を聞いたのですよ。僕の姿を模した相手と新人戦で戦い、そして勝利した時の話を。その話を聞かされた時から、ずっと貴方と戦いたいと思って自分を鍛えてきました」

「なるほど、そういうことですか」


 ようやく合点がいきました。

 実際に戦ったことがないとはいえ、自分の姿で、しかも異能を使いこなした者に勝った私に対抗意識を持ったということでしょう。

 自分がやっても負けるのか、それとも自分ならば勝てるのか。

 自問自答しながら、いつかくる対戦に備えて己を鍛えていたのです。


 そして、待ち焦がれた対戦相手が目の前にいる――なるほど、確かに私も同じ気持ちになったに違いありません。

 ならば、今はこれ以上の会話は不要でしょう。

 後は、お互いの異能チカラ異能チカラで語り合うのみです。


 私は、少し離れた場所で隙なく佇むクラウディオに視線を投げかけました。


「クラウディオ様、始めてください」

「承知しました。ではお二人とも、位置についてくださいますか」


 私とオスカーは頷きを返すと、会場の中央で向かい合いました。

 ピリピリと空気が音を立てそうなほどの緊張を帯びているようです。

 開始と同時にすぐ動き出せるように、オスカーの全身の様子や足の開き方に意識を集中させました。


 どんな人間であろうと、一人ひとりにそれぞれの癖というものが無意識に現れてしまうものです。

 このような対人戦において、情報を相手に与えてしまうことは、致命的なミスになりかねません。

 

 オスカーは中段気味に構え、前傾姿勢のまま腰を落としていました。

 明らかに開始と同時に異能を発現させ、突進してくることが分かる気配です。

 無論、彼の異能は中距離攻撃も可能ですから、突進と見せかけてということも十分あり得ます。

 本人ではないとはいえ一度でも対戦経験のある私が有利なのですが、そこはオスカーも分かっているでしょう。


 クラウディオが右手をゆっくりと上げるのを目で捉えながら、私は右手に力を込めました。

 最早もはや観客席の歓声は全く聞こえません。

 

「それでは第一試合、始めてください!」


 クラウディオが右手を勢いよく振り下ろしたのと同時に、私は猛然と地面を蹴っていました。

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