第78話 学園対抗戦編⑬

 マリーとミシェルは直ぐに見つかりました。

 身贔屓みびいきかもしれませんが、二人とも非常に整った顔立ちをしています。

 観客が多くとも、マリーとミシェルを見つけ出すのは簡単でした。


「お兄様っ」


 私の姿を捉えたマリーが笑顔を振りまきながら、足早に近づいており、その後ろにはミシェルとアリシアもいます。

 今はまだあどけなさも残っていますが、あと数年もすれば、誰もが羨むほどの美男美女に成長することでしょう。


 私のところまで来たマリーは、私の腕に自分の腕を絡めてきました。

 兄妹にしては少々過剰なスキンシップな気もしますが、一人っ子であった私にしてみれば可愛いものです。


「マリー、それにミシェルとお母様、今日も来てくださっていたのですね」

「当然ですわっ。せっかくお兄様のお姿を間近で見れるんですもの。大会期間中は毎日応援に来ますわ! ねっ、お母様」

「ええ、そうね」


 マリーの問いかけに、アリシアは目を細めて笑みを浮かべていました。

 ミシェルも同意するように何度も頷いています。


「ありがとうございます。私もマリー達の顔が見れて嬉しいですよ」

「もう、お兄様ったら……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、更にギュッと私の腕に抱きつくマリー。

 

 ――ああ、やっぱり兄妹というものは良いですね。

 あまりの可愛さに、思わず空いている手でマリーの頭を撫でようとしたのですが、後ろから「んん!」と咳き込む声が。

 

「アデル。二人に何か大事な話があるんじゃなかったかしら」


 リーゼロッテが呆れたような声を上げたことで、本来の目的を思い出しました。

 

「そうでした。マリー、これから私とリーゼロッテ様と街に出て、お茶をしようということになったのですが、一緒に行きませんか? ミシェルやお母様も如何です?」

「まあ! 是非ご一緒させてくださいませっ。あ、でも……」


 両手を自身の胸の前で合わせて笑顔を見せていたマリーでしたが、直ぐに表情を曇らせます。

 何か不都合でもあるのでしょうか?


「どうしました、マリー? 何か用事でもあるのですか?」

「いえ、用事などありませんわ。ただ……私達がご一緒してはリーゼロッテ様がご迷惑なのではないかと思ったのですわ」

「何でかしら?」


 マリーの言葉が意外だったのか、リーゼロッテが首を傾げながら問いかけます。

 チラチラと何度もリーゼロッテの顔を見ていたマリーでしたが、決心したのか口を開きました。


「だって、リーゼロッテ様もお兄様と二人きりの方が嬉しいでしょう?」

「それはそうだけど……って、何を言わせるのよっ! そんな気を使わなくていいからマリーも来なさい! ミシェルも遠慮しなくていいのよ」


 マリーは、「それでしたら遠慮なくご一緒させていただきますわ」と、リーゼロッテに向かって、スカートの裾を持ち上げながら一礼しました。

 マリーが笑っていたように見えたのですが、気のせいではないでしょう。

 ミシェルの方も緊張したかのように顔を強ばらせつつも、「ありがとうございます」と、頭を下げていました。


「リーゼロッテ様、申し訳ございませんが、私の方は用事がありますので、ご一緒できません」


 申し訳なさそうな表情をするアリシア。

 

「そう? 残念ね」


 リーゼロッテはゆっくりと頷きました。

 

「ありがとうございます。アデル、お茶が終わったあとに、貴方のいるホテルまで二人を連れてきてくれれば、屋敷から車を出します」

「承知しました、お母様」

「お願いね。では、リーゼロッテ様。これで失礼致します」


 そう言って、去っていくアリシアを見送った私たちは、四人で会場を後にしました。





 時刻はお昼過ぎ。

 公国の中心地ということもあり、道路は人で溢れていました。

 周囲の建物には、洋服やアクセサリー、鞄に帽子や靴といった、様々な商品を扱う店舗がのきを並べています。

 もちろん、飲食店もあり、若い女性やカップルらしき男女の姿もありました。

 人々が行き交う喧騒に懐かしさを感じつつ、リーゼロッテ達に目をやると、彼女達は物珍しそうな顔でキョロキョロと周囲を眺めています。

 

 そういえば、リーゼロッテは王族、マリーやミシェルも公爵家ですからね。

 普段、一人で出歩くことなどないでしょうし、何もかもが珍しく感じてしまうかもしれません。

 

 容姿の整ったリーゼロッテ達はやはり目立つようで、通り過ぎた人が何人も振り返っています。

 あちこちで視線を感じますが不快なものではなく、どちらかというと羨望といったものに近いので、気にはなりませんでした。


 稀に目が合う方がいたのでニッコリと微笑むと、何故か恥ずかしそうに目を逸らして、逃げるように走り去っていかれるのですが、なぜでしょう?


 リーゼロッテたちはというと、周囲の視線に気付いていないのか、ウィンドウケースに飾られているものをじっくりと見て回っています。

 商品を眺めては目を輝かせたり、気に入らないものでもあったのか、眉をひそめたりといった、コロコロと表情を変える三人。

 ふと、ガラスに映る自分の顔を見ると、目尻が下がり笑みを浮かべていました。


 ――こういった何気ない日というのも、良いものですね。


 っと、いけません。

 ウィンドウショッピングもいいですが、お茶の為に来たのですから、どこかに入らなくては。

 

「リーゼロッテ様、あのお店などいかがでしょうか?」


 最初に目に付いたお店を指差しながら問いかけると、リーゼロッテは「いいんじゃないかしら」と、肯定の言葉が返ってきました。

 マリーやミシェルも特に反対しなかったので、私はお店の扉を開けて中に入ります。


「いらっしゃいま――せ」


 お店に入った途端、喧騒けんそうが一瞬で途切れました。

 店員とおぼしきウェイター姿の男性が、息を呑んだような仕草をして立ちすくんでいます。

 

「どうしたの、アデル? 早く中に――って」


 続いて店に入ったリーゼロッテも、店員と中にいる客の視線に気づいたようで、困惑したような表情になりました。

 ふと、お店の奥にあるディスプレイを見ると、"学園対抗戦"の映像が映し出されています。


 ということは、昨日の試合や今日の試合も流れていたのでしょう。

 私としたことが迂闊うかつでした。

 ここまで過敏に反応されては、私はともかくリーゼロッテやマリー達は嫌がるはず。

 別の場所――いえ、他のお店でも恐らくは同じような反応をされるのは目に見えています。

 ホテルのラウンジの方がいいかもしれません。

 

 そう思った私は、きびすを返そうとしました。


「お、お待ち下さい、お客様!」

「何か?」


 ウェイターへ顔を向けると、彼は勢いよく頭を下げてきたではありませんか。


「大変失礼いたしました、お席へご案内しますので、入ってはいただけませんでしょうか?」


 懇願こんがんにも似たウェイターの言葉に、心の中で苦笑しつつ、私は振り返ります。


「リーゼロッテ様、宜しいですか?」

「構わないわよ」


 リーゼロッテが肩をすくめるような仕草をして頷いたので、私はウェイターに、「それでは、案内していただけますか」と返事をしました。


 案内されたのは、お店の一番奥にある四人掛けのテーブル。

 ただし、窓際で通りを歩く人々からは丸見えです。

 わざわざこの席に案内したということは、何か意図があるのでしょう。

 席へ案内したウェイターを見ると、その後ろから白い調理服に身を包んだ白髪まじりの男性が現れました。

 男性はこの店の店主でシェフをしていると前置きをした上で、私たちに深々と頭を下げました。


「この度は、ご来店いただき誠に有難うございます」

「いえ、どうかお気遣いは無用に願います。私たちはあくまでお客としてこちらに入ったのですから」


 店主の表情や口調から、私達の身分などを知られていると思ったので、そう言うと、店主の表情が少し和らいだように見えます。


「そう仰っていただけると助かります。それでですね、お客様に一つご相談が……」

「この席に案内されたことと関係がありますか?」


 でなければ、このように外から目立つ席に案内されるはずがありません。


「もしよろしければなのですが、この席でお召し上がりいただけませんでしょうか?」


 店主の"相談"は一見すると奇妙なものでした。

 いえ、案内された席で食事を摂る、これ自体は別に変なことではありません。

 店内を見たところ、個室もなければテーブルとテーブルの間に仕切りもないので、どこに座ろうと同じことです。

 おかしいのは、それを店主からお願いされるという点。

 通りから目立つ席ということは、おそらく――。


「構いませんよ」

「有難うございます。その代わりといってはなんですが、お代は結構ですので、お好きなものをご注文ください。君、くれぐれも粗相のないように、後は頼んだよ」


 店主はそう言うと、私が反論しようとする前に厨房へと戻っていきました。


 客寄せとしてはこれ以上ない広告塔になるでしょうから、四人分の飲食代程度、大したことではないのでしょうが、それでも少々気が引けます。

 気が引けますがせっかくの申し出ですし、お言葉に甘えておきましょうか。


 と、ここでまだ誰も椅子に座っていないことに気づいた私は、椅子を引こうとするウェイターを制します。


「私がやりますので、メニューを持ってきていただけますか?」

「はっ? いえ、ですが……かしこまりました」

「お願いしますね」


 私はリーゼロッテの背後に回ると、音も立てずに椅子を引きました。

 リーゼロッテは私の方へ振り返り、「ありがとう」と言って、ゆっくりと椅子に腰を下ろします。

 続けて私はマリー、ミシェルの順に椅子を引くと、最後にリーゼロッテの向かいの席に座りました。

 マリーはリーゼロッテの隣、ミシェルは私の隣に座っています。


 戻ってきたウェイターから差し出されたメニューを受け取った私たちは、思い思いの飲み物を注文しました。


 いつの間にか喧騒は戻っており、私達に向けられていた視線もほとんどなくなっています。

 

 数分後、テーブルに置かれたのは、飲み物だけではありませんでした。


「こちらは注文していないのですが?」

「店主からのサービスでございます」


 直径十二センチほどのアイスケーキ。

 本物の薔薇バラの花びらで彩られたケーキからは、濃厚なバニラフレーバーと薔薇の匂い立つ、素晴らしい一品でした。

 ウェイターが四つに切り分け、四等分となったケーキを私たちの前に置いていきます。


「花びらは砂糖漬けにしてありますので、ケーキといっしょにお食べいただいても大丈夫でございます。それでは、ごゆっくりおくつろぎください」


 店主の粋な計らいに、リーゼロッテとマリーは嬉しそうに微笑んでいました。

 

「んー! 美味しい! 口の中が薔薇の花になったみたい!」

「すっごく良い香りですわ、お兄様!」


 目の前に座るリーゼロッテとマリーが、頬に手を当てて、興奮しながら幸せそうに目を細めています。

 一口食べると口内に広がる薔薇の香りと、口の中でとろける冷たい食感。

 これだけで店主の腕の良さが分かるというものです。

 

「ミシェル、美味しいですね? ……ミシェル?」


 見れば、ミシェルは一心不乱にケーキを食べており、私の声が耳に入っていないようです。

 

「ミシェルは、甘いものに目がないのですわ」

「その気持ち、よく分かるわ」


 そう言うマリーとリーゼロッテの手も止まることなく、ケーキへと向かっていました。


「ふふ、分からなくはありませんがね。おっと、ミシェル、口元にアイスがついていますよ」


 私はミシェルの口元についているアイスを指ですくうと、そのまま自分の口へ運びます。

 ミシェルは気づかずケーキを食べ続けていますが――。


「お、お兄様! ずるいですわっ。私にも、私にも同じことをしてくださいませっ!」

「マリー、落ち着きなさい。淑女なのですからもっとおしとやかにしないと。それに貴女の口元にはアイスはついていませんよ」

「だったら今つけますわ!」

「止めなさい」


 無理やりアイスをつけようとするマリーを、何とか思いとどまらせます。

 

「今度ついていたら取ってくださいますか、お兄様?」

「取ってあげますから、今は大人しく食べるんですよ。いいですね?」

「むー、分かりましたわ」


 頬を膨らませつつ、渋々といった感じで頷くマリー。

 子供っぽいところも可愛いですが、やはり人の目がありますから、そのあたりは気にしないといけません。

 

「ん? リーゼロッテ様、どうかなさいましたか?」

「な、なんでもないわよっ」


 赤く頬を染めながらジッと私を凝視していたのが気になって、問いかけたのですが、プイっと顔を背けられてしまいました。

 「男の子同士で……」とか「私にも……」と、聞こえたような気がしたのですが……。


 ――店を出る頃には、客席がいっぱいになっていたので、多少は広告塔として貢献出来たのでしょう。

 店主の約束どおり、料金の記していない明細書を渡された私たちは、店主に見送られながら店を後にしました。





 ホテルに戻る途中。


「お兄様、早く早く」


 私の腕を掴みながら急かすマリーの顔は明るいものでした。

 先ほどのケーキがよほど美味しかったのでしょう。

 しきりに「また連れていってくださいませ」と、おねだりをしています。


「冬休みには戻りますから、その時にまた一緒に行きましょう」

「はいっ、今度は二人でデートですわね」

「はぁっ!?」


 マリーの言葉に、リーゼロッテが王女にあるまじき声を上げました。

 

「あら? 二人で行けばたとえ兄妹であろうと、デートですわ。それに、こうすればはたから見て兄妹とは分かりませんわ」


 私の腕に自分の腕をギュッと絡めて嬉しそうに寄り添うマリーの姿は、確かにどう見ても恋人に甘える少女の姿にしか見えません。

 私からすれば、兄に甘えてくる可愛い妹にしか見えないのですが。


「きょ、兄妹同士なんて不健全よっ! 離れなさいっ」


 リーゼロッテがそう言って私とマリーを引き剥がそうと、マリーの腕を引っ張ります。

 思ったよりも力が入っていたのでしょう。

 マリーはよろけるようにして、一、二歩後退あとずさると、後ろにいた人物とぶつかってしまいました。


「きゃっ!」

「おっと、大丈夫かい?」


 マリーを支えるように肩を抱きかかえたのは、男性でした。

 普通であれば、直ぐに謝罪をするところなのですが、一瞬忘れてしまうほど私は、いえ、リーゼロッテもマリーも、そしてミシェルもその場に立ち尽くしています。


 それほど見目麗しい青年でした。

 澄み切った青空を連想させる美しい海碧かいへきの瞳に、黄金と見まごうばかりに輝く金髪。

 いかにも貴公子然とした涼やかな風貌。


 シュヴァルツやヴァイス、オスカーとも違います。

 彼らも端整な顔立ちをしていますが、更に輪をかけて超越した何かが、目の前の男性にはありました。


 はっ! いけません。

 このままでは失礼すぎます。


「妹がぶつかってしまい、申し訳ございません」


 男性に頭を下げると、柔らかな笑みを浮かべました。


「気にしないでいいよ。それより怪我はしていないかな、お嬢さん?」

「は、はい! どこも怪我はしておりませんわっ」

「そうかい? なら良かった。ここは人通りが多いからね、気をつけるんだよ」


 はい、と私にマリーを差し出してくれた男性は、そのまま立ち去ろうとします。


「あの、なにかお詫びを――」

「お互い何も無かったんだから、気にしないでいいよ。じゃあね、アデル・・・くん」


 振り返ることなく片手を上げて、彼は私たちとは反対方向へ歩いて行きました。

 

 ん?


「私の名前をなんで知っているんでしょう?」

「そういえば、そうね」

「もしかしたら、兄上の昨日の試合を見ていたのかもしれないですよ」


 なるほど、その可能性は十分あります。

 それにしても、先ほどからマリーが静かなような?


「マリー、どうしましたか?」

「――いい」

「はい?」

「カッコいい! お兄様もお綺麗だと思っておりましたが、あんなに美しい方は初めて見ましたわっ。ああ! お名前を聞いておけばよかったですわ……またお会いできないでしょうか」


 胸の前で両手を組んで目を潤ませる姿は、まさしく恋する乙女のようです。

 男性とマリーとでは一回りくらい年齢差がありそうな感じはしましたが、恋する少女には年齢など瑣末さまつな問題なのでしょう。


 私とリーゼロッテはお互い顔を見合わせて苦笑しつつ、マリーとミシェルを連れて、ホテルへと向かうのでした。

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