第39話 新人戦⑬
「"
シュヴァルツは地面に倒れて動けなくなっている"顔なし"に一度だけ冷ややかな視線を投げ、そして私の方を向きながら問いかけました。
「そうです。"顔なし"と名乗ったこの男は、確かに"薔薇十字団"と言っていました。――シュヴァルツ先輩は"薔薇十字団"をご存知なのですか?」
困ったような顔を浮かべるシュヴァルツ。
「知っている、と答えられるほど俺も知っている訳ではないんだ。噂を耳にしたことがあるくらいだよ」
「噂、ですか?」
私の問いにシュヴァルツは一つ頷くと、真っ赤に染まる赤い月を見上げながら、ゆっくりと口を開きました。
「曰く、世界を在るべき姿へ戻さんとする者達の集まり。曰く、世界中から指名手配されている秘密結社。曰く、異能を極め、長寿あるいは不滅に到達したとされる超越者……それが"薔薇十字団"だ。まさか学園で会うことになるとは思ってもみなかったが」
「そんな男が何故……」
倒れたままの"顔なし"に視線を向けます。
世界中から指名手配されるほど危険な集団の一員である"顔なし"。
そんな男が何故、わざわざオスカーと入れ替わってまで学園に侵入し、リーゼロッテを攫おうとしたのか。
――いえ、そう言えば確か。
「確か"顔なし"は、『私の目的は王女様を"あの方"の所まで連れて行く事だ』と言っていました」
「リーゼロッテさんが目的だったと?」
「恐らくは。ああ、それと私も誘われましたね。もちろん、丁重にお断りをしましたが」
「ふふ、そうか。だが、気になるな」
シュヴァルツの視線が再び"顔なし"へと向けられます。
冷笑を浮かべ目を細めたその顔は、この世のものとは思えぬほどの美しさがありました。
「ええ。リーゼロッテ様を連れて行くことで、彼らにとって何かしらの利点があるということなのでしょう。そして、それは私にも当てはまるようです」
「そのようだ。"あの方"とやらの事も含めて尋問したいところではあるが――残念ながら学生の身である俺達にその権限は無い。学園長に報告して、騎士団を派遣してもらうとしよう。ヴァイス、リーラ行くぞ」
「は〜い」
「はっ」
振り返るとヴァイスとリーラの姿がありました。
先程まで気配はなかったはずですが、いつの間に……。
シュヴァルツは"顔なし"を拘束すると、二人を引き連れて校舎の方へ歩き始めました。
シュヴァルツを見送った私は、リビエラとリーゼロッテの元へ近づきます。
「リーゼロッテ様は――まだ眠っておられるようですね」
「ええ。よほど強い薬を嗅がされていたみたい。人体に影響は無さそうだし、直に目を醒まされるとは思うけど」
リビエラは、慈しむような眼差しでリーゼロッテの顔を見ながら、彼女の髪を撫でていました。
それにしても――。
「いつもの話し方とは全く違うのですね。というよりもこちらが本来の話し方、という訳でしょうか」
「……何かおかしい?」
こちらを睨むような視線を向けていますが、恐らく恥ずかしさを隠す為でしょう。
微かに頬が赤くなっているのが分かります。
「いえいえ、そのような事はありませんよ。どちらの話し方でもリビエラさんの美しさを損なうことはありません。ですが、そうですね――今の話し方のほうが魅力的かもしれませんね」
ニッコリと微笑みながら思ったことを告げると、リビエラはリーゼロッテの髪を撫でていた手をピタッと止め、表情も固まってしまいました。
おや? どうされたのでしょうか。
私が首を傾げていると、リビエラはハッとした表情になり、顔をブンブンと左右に振ったかと思うと、先ほどよりもキツい視線を向けてきました。
「……アデル君は普段からこうなの?」
「こう、と言われましても何に対してなのか、分かりかねます」
「そう……リーゼロッテ様も大変ね」
表情を呆れたようなものに変えたリビエラは、深い溜め息を吐くとリーゼロッテを見つめながらそう告げました。
うーむ、事実を申し上げただけなのですが。
それにしても、何故リーゼロッテが大変なのでしょう?
「ん……」
と、リーゼロッテの瞼が動き、やがて薄らと目を開きました。
どうやら気がついたようです。
「ご気分はいかがですか、リーゼロッテ様」
「……アデル?」
「はい、アデルです。リビエラさんもいらっしゃいますよ」
自分がどのような状況なのか理解出来ていないのでしょう。
目の前できょとんとしているリーゼロッテに優しく微笑みかけると、視線をリビエラに向けました。
私の視線に釣られてリーゼロッテもリビエラへと視線を向けます。
「うんうん、無事なようで~、良かったね~」
あ、リーゼロッテが目を覚ましたらその口調に戻すのですね。
「え? リビエラ、さん? 何で? と言うか私は一体……」
「リーゼロッテ様は私の偽者に襲われたのです。危うく連れ去られるところを私とリビエラさんで助け出したというわけです」
「アデルの偽者? そう言えば確かにアデルが二人いたような……あれが偽者だったと言うの!?」
意識がハッキリとしてきたのか、リーゼロッテは目を大きく見開くと、一人で起き上がりました。
悔しそうな顔をされています。
「リーゼロッテ様、彼の異能は対象の姿を完璧に再現するというものです。見破るのは本人でなければ不可能に近いでしょう」
「彼?」
リーゼロッテの問いに私は頷くと、事の顛末を話しました。
私に化けたのがオスカーだったこと、そのオスカーも偽者で、正体は"薔薇十字団"という秘密結社に属する"顔なし"という人物であったこと、そして彼の狙いがリーゼロッテであったこと、今は拘束してシュヴァルツ先輩と共にいること、明日には騎士団が来ること。
話を聞くごとに面白いように表情を変えるリーゼロッテでしたが、
「私を攫うことが目的だったというの?」
「"顔なし"の言葉を信じるのであれば、ですが。――申し訳ございません。リーゼロッテ様を危険な目にあわせてしまいました」
私はリーゼロッテに深々と謝罪します。
本来であれば、"顔なし"がリーゼロッテに接触する前に取り押さえる予定だったのですが、思いの外、踊りの誘いを断るのに時間を取られてしまいました。
リビエラさんがいましたし、連れ去られるということは無かったでしょうが、それでも危なかったことに変わりません。
「頭を上げてちょうだい、アデル。貴方がいなければ私は今ここにいなかったかもしれない。助かったわ、有難う」
「勿体ないお言葉です」
「それと、リビエラさんも有難う」
「いいよ~、当然のことをしただけだしぃ~。気にしないで欲しいなぁ~」
リビエラは謙遜した言い方ですが、彼女がいなければ助けることは出来なかったのです。
もっと胸を張っても良い気がしますが、彼女なりに理由があるのでしょう。
リーゼロッテも敢えて問おうとはしませんでした。
「そう……だけど二人とも、本当に有難う」
もう一度礼を述べるリーゼロッテに、私とリビエラは笑顔で頷くのでした。
◇
そして翌朝――。
"顔なし"は、
両手を特殊な拘束具によって自由を奪われた"顔なし"は、車に乗る直前、私の前で立ち止まります。
この拘束具には、異能を発現しようとすると魔力の流れを狂わせる効果があるのだとか。
顔がオスカーのままなのは、既に発現した異能については効果がないそうです。
「今回は君にしてやられたのだよ。おかげでこのザマなのだよ。ま、甘くみていた私が悪いのだがね」
「今回は、ですか。まるで次があるかのような口ぶりですが、逃げられるとお思いなのですか?」
「さて、どうだろう」
不敵な笑みを浮かべて、本気とも冗談とも取れる言葉に続いて、「くはは、また会う日を楽しみにしているのだよ」と意味深な台詞を残すと、"顔なし"は車に乗りました。
公国騎士団はフィナールの卒業生でないと入団出来ないという、謂わば異能に特化した者達です。
"顔なし"の異能は確かに厄介でしたが、拘束具を着けた状態で彼らから逃げる事が出来るとは思えません。
思えないのですが――昨日のシュヴァルツの言葉が頭を過ぎります。
世界中から指名手配されている秘密結社、ですか。
団員の数や素性など、その全てが謎に包まれ、表舞台に姿を現すことが殆どないと言われている組織。
"世界を在るべき姿へ戻さん"というのが、どういう意味かは分かりませんが、リーゼロッテを攫おうとしたくらいですからね。
碌でもない事を考えているに違いないでしょう。
目的がリーゼロッテであった以上、"顔なし"はともかくとして、"薔薇十字団"と関わることが無いとは言い切れません。
今回はリビエラさんも居ましたし、シュヴァルツも居ました。
ですが、リビエラさんはこの学園の生徒ではありませんし、シュヴァルツも来年には学園を卒業します。
――もっと強くならなければ。
強くなければ、私の目に映る人達を守る事は出来ません。
そうですね、秋の代表選考会で"五騎士"を目指しましょう。
去りゆく電磁車を眺めながら、私は決意を新たにするのでした。
【新人戦編】 (完)
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