第145話 変態じゃない。服がないだけだ

 ライの命運もここで尽きる、そう思われていたが、彼は決して諦めなかった。いいや、ライとブラドとエルレシオンの三人だけはこの絶体絶命の状況でさえ笑い飛ばして見せた。


「ククク、ハハハハハハハハッ! たかだかこの程度! 今まで何度も乗り越えてきたさ。やってやる、やってやるよッ!!!」

『そうとも! 主は魔力も闘気もない誰よりも劣っていながらも、この高みにまで上ったのだ! 主なら出来る! 迷わず進むのだ!』

『そうです! マスターが歩んできた道はこの程度の窮地、どうということはありません! 今でだってそう! いつだってマスターは道を切り開いてきました! ならば、此度も同じ事! さあ、マスター! 貴方の力を世界に示してください!』


 自暴自棄になったのではない。今までと同じだけだ。いつだってライは劣勢、不利な状態で戦ってきた。そして、全ての窮地を乗り越えてきた。

 ならば、それと同じ事。たとえ、灼熱の炎だろうと極寒の氷だろうと関係ない。全力で全開で己を信じて出し切るだけのこと。


「るぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 聖剣と魔剣を振り上げてライは吼える。迫り来る大火球を前にしてライは恐れることなく突っ込んだ。

 太陽の如き大火球とライがぶつかろうとした。その時、ライもガイアラクスも予想だにしていなかった事が起きる。


「これが俺の全力だぁぁぁあああああああッ!!!」


 それは横からの援護射撃であった。魔王城に入らず、事の成り行きを見守っていたクロイス達が魔王城から飛び出した黒竜ガイアラクスと戦っているライを見て駆けつける。

 そして、ライが窮地に陥ってる事を知ったクロイスが己の闘気を全て放出し、水の聖弓テクスディーネから放たれる最大威力の一撃を放ったのだ。


 荒れ狂う海のような激流が大火球へとぶつかる。圧倒的な熱量に蒸発する水だが、大火球を小さくすることが出来た。

 思わぬ助っ人にライは口角を吊り上げる。これならば確実に大火球を切り裂くことが出来るだろうと、クロイスに感謝してライは飛び込んだのだった。


 次の瞬間、ガイアラクスが放った大火球は花火のようにバラバラに砕け散った。


「己……ッ!」


 その怒りの矛先が向いたのはライでなく、横槍を入れてきたクロイスだった。ガイアラクスは血走った目をクロイスに向けた。


「よくも邪魔をしてくれたな! 羽虫がァッ!!!」


 邪魔をしたクロイスに怒声を放つガイアラクスは、闘気を使いきってしまい疲れ果てているクロイスに向かって竜の息吹ドラゴンブレスを放つため大きく口を開いた。

 竜の息吹を放つ直前にまた別の何者かがガイアラクスの顔面を殴打し、竜の息吹を逸らす事に成功した。


「どうだ! 見たかよ! アタシだってやる時はやるんだよッ!」

「お前は疾風の勇者ヴィクトリア! お前も邪魔をするかァッ!!!」

「二人だけじゃないさ。俺もいる!!!」

「ぬおぉッ!? 私の翼が!?」


 ヴィクトリアの次はアルだった。彼は雷槍ライトニングでガイアラクスの翼膜を貫いたのだ。翼膜に風穴が空いたガイアラクスはバランスを崩したが墜落することは無かった。


「鬱陶しい、蝿共めッ!!! 全員諸共消し飛ばしてくれるッ!!!」


 ガイアラクスは自身を中心に爆炎魔法で周囲一体を吹き飛ばそうとした。だが、そう簡単にいくはずがない。三人に気を取られたのは最大の失敗。ガイアラクスが魔法を発動させようとしていた所へ、遥か上空からライが流星の如く急降下してくる。


「余所見とはつれないじゃないか、魔王ッ!!!」

「ッッッ!? しまッ――」

「遅いッ!!!」


 アルが風穴を空けた翼のとは別の翼をライが根元から切り落とす。これで飛行は不可能だろうと思われたが、ガイアラクスは未だに健在。宙に浮いたままだ。


「翼を切り落とせば飛べぬと思ったか! 馬鹿め! この巨体を持ち上げているのは魔法によるものだ!」

「そうかよッ! だが、片翼じゃ不恰好だぜ!」

「ほざけ! 先程まで死に掛けていたくせに吼えるな!」

「ハハハハハハハッ! 死んで無いんだからいくらでも鳴いてやるよ! キャンキャンなァッ!!!」

「どこまでも舐めた口を聞きおって……ッ!」


 神経を逆撫でしてくるライにガイアラクスは青筋を立てる。どこまでも相手を小馬鹿にしたような口を聞くライを黙らせるためにガイアラクスはさらなる上空へと飛翔した。


「逃げたのか?」

『いえ、違います。アレは……』

『恐らくは超遠距離からの大規模魔法だろう。ここら一帯を吹き飛ばすつもりだ』

「なに!? そうはさせるかよッ!!!」


 雲の上へと消えたガイアラクスをライは追いかけていく。その後姿を見ていた三人はなんとも言えない表情をしていた。


「アイツ……どうして裸なんだ?」

「アタシが知るわけないだろ。アルなら幼馴染だし何か知ってるんじゃないか?」

「いや、俺の知る限り裸になるような人間じゃないんだけど……」

「もしかして、裸の方が強いとか……か?」

「いや~、それはないんじゃないか?」

「う~ん……。ライが契約している聖剣と魔剣の能力とかですかね?」


 力を発揮する為に毎回裸になるような聖剣や魔剣など契約したいと思わないだろう。それこそ、露出狂でも無い限りは契約者は現れない。契約の代償として人の尊厳を失うのはあまりにも酷である。


「まあ、なんにせよ、俺らが出来る事はもう何も無いってことだな」

「そうだな。にしても……」


 クロイスの意見に同意するヴィクトリアが急に黙るので、気になったアルが声を掛ける。


「どうかしたんですか? ヴィクトリアさん」

「い、いや……男のアレってあんなに大きいものなのか?」


 その質問には答えられないとぎこちない動きでクロイスとアルの二人はヴィクトリアから顔を背けた。その反応を見たヴィクトリアは男性に聞くのではなくシエルやアリサに聞いたほうが良かったなと少しだけ後悔するのだった。


 と、その時、三人の元へ魔王城に突入した三人が合流する。ダリオス達はライとガイアラクスが魔王城の外で戦い始めたのを見て、慌てて追いかけて来た。すると、クロイス達を発見したのでこうして駆けつけたのだった。


「無事か、三人共!」

「ええ。俺らは平気です。それよりも、アレが魔王ですか?」

「ああ。最初は人の姿をしていたのだが変身して竜になった。今、ライが戦ってるのか?」

「はい。ここからじゃよく見えませんけど、ライが空で戦ってます。いや、空飛ぶ変態が戦ってます」

「……ヴィクトリア。気持ちは分からなくもないがライはアレで真面目に戦ってるのだ。もう少し言い方をだな」

「で、でも、ダリオス様! アイツ、フルチンでしたよ! しかも、何の恥じらいもなく、堂々と!」

「それの何がいけないんですか!? むしろ、ご褒美、いえ、眼福じゃないですか!」

「お前は何言ってんだよ! 仮にも聖女ならもう少し慎ましく言い換えろよ!」

「ライさんはアレが正常なんです! 常にあのスタイルなんですぅッ!」


 酷い誤解である。ライは別に露出が趣味の変態ではない。ただ戦闘する度に服が破れてしまうだけである。

 シエルの言い方だとライが露出するのが趣味の変態である。当然、ライのことをほとんど知らないヴィクトリアはシエルの言葉を真に受けてしまい、ドン引きである。ひくひくと頬が引き攣っていた。


「嘘だろ……マジかよ……」

「ちょ、ちょっとシエル! アンタ、誤解を招くような言い方するんじゃないわよ!」

「あいたぁッ!?」


 シエルの言い方にアリサが注意するように彼女の頭を叩いた。痛がっているシエルはアリサに殴られた箇所を手で押さえて、自分の言う事は間違ってないはずだと訴える。


「で、でも、ライさんが戦闘の際には常に裸だってアリサもよく知ってるじゃないですか!」

「それはそうだけど、違うでしょ! ライが裸なのは単に戦闘で服が破れるからで、自分から脱いでる変態じゃないわよ!」

「どっちみち裸なのは変わらないのか……」


 二人の言い争いを聞いていたヴィクトリアは納得するのであった。

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