第16話 初めての人殺し

 山賊と村人が戦っている場へいきなり現れたライに両陣営は驚いて固まってしまう。そして、次に一体どちらの味方なのかと凝視する。


「アルバ村のライ! ゴンガ村の助太刀に参った!」

『おお~ッ!!!』


 山賊と戦っていた村人達が新たな助っ人の参上に沸いた。一方で山賊の方はライが持っている剣を見て只者ではないことを知って舌打ちをする。厄介な敵が現れたと山賊達は警戒心を上げた。


「あの双剣の奴から殺せ!」


 リーダー格である山賊がライを指差して叫んだ。すると、何人かの山賊が村人を蹴り飛ばしてライへ襲い掛かる。


『さあ、主よ! 修業の成果を見せる時だ!』

「(実戦は初めてなんだけどな!)」


 襲い来る山賊が刃こぼれの激しい剣を振り上げた。ライは腰を低くして一歩踏み込んだ。迫りくる剣よりも速くライは山賊の腕を断ち切る。血飛沫が舞いライの頬を濡らした。


「うぎゃあああああ! お、俺の腕がァっ!?」


 腕を切られた山賊が喚くがすぐに収まる。ライが山賊の首を刎ねたのだ。ポンッ、と軽快に飛んだ首はゴロゴロと戦場に転がる。その光景は戦場にいた者達の視線を集めるには十分なものだった。


『次だ、主!』


 ブラドの掛け声と共にライは動いていた。獣のように姿勢を低くして駆けるライは、仲間がやられたことで固まっていた山賊の懐に侵入する。


「ひぃッ!?」


 気を取られていた山賊はいつの間にか懐に侵入していたライに対して小さな悲鳴を上げた。


「(二つ!)」


 足を切り裂き、体勢を崩したところへ一閃。二つ目の首が宙を舞う。ほんの数秒で二人も殺された山賊は怖気づいてしまう。あの双剣使いは尋常ではないと。勝てる見込みがないと判断した山賊は踵を返して逃げ出した。


『遺恨を残すな。確実にここで仕留めるのだ!』

「(わかった!)」


 逃げ出した山賊を追いかけてライは魔剣を投擲した。魔力により身体強化をされたライの筋力は常人を超えており、投げられた魔剣は山賊が身に着けていた鎧を貫通する。


「ぐはぁッ!」

「戻れ!」


 ライがそう叫ぶと山賊を貫いた魔剣が手元に帰ってくる。そう、魔剣と聖剣は契約主の下へ必ず戻ってくる仕様になっているのだ。だから、先程のように投擲することが出来る。


「ひ、ひい! ば、化け物め!」


 その光景を尻目に見ていた山賊が恐怖に叫んだ。その叫び声を聞いてライは怒った。


「誰が化け物だ! お前らのように理不尽な者達に言われたくない! ゴンガ村の人達は穏やかに暮らしていたんだ! それを脅かすお前達の方が化け物だ! だから、死ね! お前達が死ねばゴンガ村の人達も安心して眠れる! 死ね、死ね、死んでしまえ!」


 ライは自身の村が魔族によって理不尽に滅ぼされたことを思い出していた。その時の憎しみが溢れ出してライの心を狂気に染めていく。目の前を逃げている山賊を必ず殺さねばならないとライの心が叫んでいた。


『マスター、落ち着いてください。あれは仇ではありません』

「(そんなもの知るか! あれは許せない! 理不尽に奪おうとする者は誰だろうと許さない! 殺す、殺してやる、殺さなきゃならないんだ!)」

『ダメだ。今の主には我等の言葉は届かん』

『マスター……』


 憎悪に支配されてライは山賊を追い詰めていく。山賊は背後を振り返り、ライの顔を見て血の気が引いていくのを感じた。ライの顔は悪鬼の如く怒りに歪んでおり、必ずお前を殺すという強い意志が伝わってくる。捕まれば絶対に殺されると山賊は死に物狂いで走った。


 が、狂気に駆り立てられているライから逃げることは出来なかった。


「捕まえたぞ……」

「ひッ! た、頼む! もう二度としないと誓うから助けてくれ!」

「黙れ、死ねッ!!!」

「かっ……!」


 命乞いをしてきた山賊をライは問答無用で首を刎ねた。全ての山賊を殺し尽くしたライは興奮状態から元に戻り、大きく肩で息をし始めた。


「ハア……ハア……!」


 滝のようにドバドバと汗を流し始めるライはゆっくりとゴンガ村へ帰っていく。しかし、そこで待っていたのは歓迎の言葉ではなかった。畏怖である。勇敢に山賊を退治してくれた恩人という認識ではなく、山賊を惨たらしく殺した殺人鬼という認識であった。命こそ救われたが、いつ自分達にその刃が向けられるか分からない村人達はライに批難の目を向ける。


 その中で村長だけがライに近づき、弓矢と食料と水が入ったカバンを渡した。それから、すぐにこの村を去るように伝える。


「村を救ってくれたことは感謝する。だが、お前さんは恐ろしい。悪いが早々にこの村から出て行ってくれ」

「……食料と水をくださってありがとうございます」


 また、会いましょうなどと口が裂けても言えなかった。ライは寂しそうな背中をしながらゴンガ村を後にした。その背中を見ていたゴンガ村の村長は悲しそうに空を見上げて呟いた。


「悲しき鬼よ。復讐に取り憑かれた哀れな鬼よ。お前さんの旅路の果てに幸あらんことを……」


 いつか彼に幸福が訪れることを祈る村長であった。


 ゴンガ村を後にしたライはトボトボと歩いていた。先程の光景が忘れられないのだろう。助けたのに感謝どころか批難されたのは初めてだったのだ。落ち込んでしまうのも仕方がない事だろう。


「……」

『主よ。覚えておくがいい。これが主の旅路だ。復讐に取り憑かれた者が辿る道なのだ。それは決していいものではない。褒められることなどない。それでも、まだ進むか?』

「……当たり前だ」

『そうか……。ならばこれからも同じようなことが起こるだろう。心しておくことだ』

『そうですよ、マスター。今回のようなことはこの先も起こります。心折れぬように』

「ああ。ありがとうな、ブラド、エル。心配してくれて」


 ライは心強い味方が自分にはいるのだと朗らかに笑った。大丈夫、二人がいるなら自分は頑張れるとライは次の目的地へ向かって歩き始めた。

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