第100話 汝、何を望む

 抱っこされていたライだったがダリオスはライ達を探しに来ていた事を思い出して、彼を地面に下ろした。


「おっと、興奮して忘れていた。陛下がお待ちだ。皆、ついて来てくれ」


 ついつい、己の役目を忘れていたダリオス。

 四人を連れてダリオスは皇帝の下へと向かう。

 案内された場所は普通の応接室で奥の椅子に只ならぬ雰囲気をしている老人が座っているのをライは見た。


「(あの人が皇帝かな……)」

『であろうな……』

『雰囲気に飲まれないように注意してくださいね』


 エルレシオンの忠告にライは頷いた。

 それから、ダリオスが皇帝に話しかける。


「陛下。噂の白黒の勇者ことライを連れて参りました」

「うむ、ご苦労」


 ライ達より一歩前に出たダリオスが頭を下げると、後ろへ下がった。この後どうするのだろうかとライが思っていたら、ダリオスが彼の肩を叩く。肩を叩かれたライはダリオスの方を見上げると、彼は前に出るように指示を出した。


「ライ、前へ」

「は、はい」


 今まで多くの修羅場を潜り抜けてきたライだが、今回はいつもとは訳が違う。以前話したことのある領主ゼンデス以上で帝国の頂点に君臨する存在だ。そんな天上人に対して村人であるライはガチガチに緊張していた。


「そう緊張しなくてもよい。ダリオスから話は聞いている。楽にしてくれたまえ」

「あ、はい」


 緊張して固まっているライに優しく声を掛けるノア。ガチガチだったライもその声を聞いて少しだけ緊張が解けた。


「まずは自己紹介としようか。私の名前はノア・オルクス。このオルクス帝国の皇帝である。とはいってもそれは公けの場だ。今回は私人のノア・オルクスである。故に楽にしていいし、言葉遣いも気にしなくていい」

「ご配慮ありがとうございます」

「ハハハ、そう畏まる必要はない。と言いたいが難しいだろう。今はそれでいい。さて、話は聞いているが実際に私も魔剣と聖剣を見てみたい。いいかね?」

「あ、それは全然大丈夫です」


 ノアのお願いを聞いてライは魔剣ブラド聖剣エルレシオンを取り出した。手の平に現れた二つの剣を見てノアは目を見開くが、報告どおりの見た目に落ち着いた。


「ふむ、なるほど。これは君以外には使えるのかね?」

『その質問は答える必要はないぞ』

『マスター。答えなくていいです』

「(もしかして殺して奪うつもりだとか?)」

『可能性は低いだろうが……』

『最悪の事態は想定していおいて良さそうですね』


 ノアの質問に二人が忠告してライは自分でも考えてみて結論を述べる。ノアにそのつもりがなくてもライは僅かな可能性も考慮して否定した。


「いえ、使えません」

「そうか。それはよかった」

『ふむ……。どちらの意味だろうか?』

『どちらとも取れますね』

「(もしかして、殺さなくて良かったとか?)」

『それもあるが敵に奪われる心配がなくてよかったという意味もあるかもしれん』

「(おお、そういうことか)」

『ですが、暗殺の可能性があることは覚えておいてくださいね』

「(……わかった)」


 そうなったら泥沼である。仇である魔族に悪意に塗れた人類。そうなれば、もうどちらの勢力にもつけなくなってしまうだろう。敵の敵は味方ではない、敵である。明確な敵意を向けてくるならば、共存の道は無い。どちらかが滅ぶまで殺し合いしかないだろう。

 もっとも、ライはそのようなことはしないが。ただそうなった場合は仇を討てたら人間関係を断ち切って田舎で隠居するくらいだろう。


「君のことは調べている。ランギルス王国の辺境に位置するグレアム領にあった・・・アルバ村の出身だということ。帝都を目指していたことから、君の目的は魔族への復讐であろう?」


 さすがは世界最大の国家オルクス帝国の皇帝である。ライの素性を調べ尽くしており、生い立ちからその目的まで見抜いていた。


「……はい」

「やはりそうか……。では、連合軍への加入は拒否するのかな?」

「え? 俺は連合軍に入れるんですか?」

「ん? 君は白黒の勇者としての実績があるだろう。それを考えれば連合軍への加入どころか勇者認定されるが?」

「そ、そうなんですね。知らなかったです」

「そうだったのか。それで、話は戻るが君は連合軍へ加入するのかね? 君の目的を考えたら一番効率がいいと思うが」


 ノアの言うとおり、ライの目的である復讐を成し遂げるならば連合軍へ加入し、最前線へ向かうのが一番手っ取り早いだろう。しかも、勇者認定されれば手厚い待遇も受けられるのでライにとっても悪くない話だ。

 皇帝も今や人類最高戦力になり得るライを連合軍へ参加させることが出来れば戦況は好転すると踏んでいる。ゆえに断られないように慎重になっていた。


『そういえば人類と魔族は戦争をしていたのだったな。それならば、連合軍に参加して最前線で戦うのが主の復讐を果たす近道かもしれん』

『それはいいですが、政治的に利用されるかもしれませんよ』

『その事に関しては問題ないだろう。主は勇者に認定されたとしても村人だ。政治など分かるはずがない。それゆえ、戦争が終われば褒賞を与えてお役御免だろう』

『確かにそうですが、マスターの力を知ればどのような事を仕出かすか分かりませんよ。不死に近いマスターを囲って政治の道具にすることだってあり得ます』

『ふむ。確かにそれはそうだが、心配しすぎではないか? いざとなれば逃げればよかろう』

『ずっと逃げ続ける生活をマスターに送らせるのですか?』

『では、どうすればいいのだ? まさか、人間を皆殺しにするつもりではないだろう?』

『ええ。ですから、こちらも何か条件をつけた方がいいかと』

『主に交渉させるつもりか?』

「(え……! 流石に皇帝相手に交渉は難しいんじゃないかな……)」

『いえ、簡単なものでいいんです。たとえば、戦争が終わったら自分は自由にさせてもらいますとかでいいんです』

「(そ、それくらいなら言えそうだけど……)」

『問題は相手が約束を守るかどうかだな。契約書を書かせたとしても破るのが人間だろう?』

『そうなんですよね。何かいい方法はありませんか?』

『魔族であれば魔法の契約で必ず守るようにすることが出来るが……残念ながら人間にはそのような事できないだろう』

『色々と考えてみましたが駄目ですね』

「(じゃあ、どうするのが正解なんだ……?)」


 二人の会話を聞いていたライは不安になっている。ノアの真意が分からないため、どのように言うのが正しいのか。果たして、二人の言うように何か企んでいるのか。ただの村人であるライに皇帝の考えなど分かるはずがなかった。


「どうしたのかな? 何か思うことがあるのか?」

「い、いえ、その……もしも戦争が終わった場合、俺はどうなるのかなと思いまして」

「ふむ……」


 考える素振りを見せるノアにライは心臓が爆発しそうだった。恐らく、本音は言わないだろう。言うとしたら体のいい言葉だけだろうが、少なくとも安心できる材料が欲しい所である。


「君はどうしたい?」


 まさかの質問である。どう答えたものかと頭を悩ませたが、正しい答えなど分かるはずもなくライは思ったことを口にした。


「こ、故郷に帰って墓参りをした後、旅に出たいと思ってます……」

「旅……か。それは自由になりたいという事でいいのかな?」

「は、はい。そうです……」


 ジッと見詰めてくるノアにライは脂汗を流しながらも決して目を背けなかった。


「ふ、そうか。ならば、出来る限り君の望みに応えよう」

「へ……」

『ほう……』

『そうきますか……』


 予想もしていなかった返答にライは気の抜けた声を出す。一瞬、自身の耳を疑ったがノアの顔を見る限り聞き間違いではないようだ。ライは震える声で確かめた。


「あ、あの、いいんですか?」

「うむ。元々、君には戦力として期待はしていても戦後の事については期待していない。今、この場で話していても分かる。君は政治など分からぬだろう。まあ、君は勇者と呼ばれてはいるが村人に過ぎない。ある程度の望みは叶えるつもりだったが、君の願いが自由の身ならば私が保証しよう」

「ほ、本当ですか……?」

「ああ。だが、これだけは言っておこう。全ての人間が君に好意的ではない。これだけは覚えておいてくれたまえ」

「は、はい。わかりました」


 最後の一言はこの長い旅で痛いほど理解している。ライはノアに言われたことを胸に刻み、一歩後ろに下がるのであった。


「さて、話が長くなってしまったが長旅で疲れているだろう。今日はゆっくり休みなさい。部屋は用意してある。ダリオスに案内してもらうといい」


 長い問答が終わってライ達はノアに頭を下げて部屋を出て行く。

 その後、ダリオスの案内でライは用意された部屋へ向かう。用意されていた部屋はこれまで見たこともない豪華な部屋でライは卒倒しかけたのだった。

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