第101話 これは俺だけのもの

 ライは用意されていた部屋で一人休もうかと思っていたら、扉がノックされる音が聞こえてそちらに振り向く。誰か来たのだろうかとライは返事をしながら扉を開けるのだった。


「はい、どちら様で?」

「俺だ、ライ」

「あー、ダリオスさんでしたか。どうしたんですか?」

「少し話したいことがあってな。中へ入ってもいいか?」

「いいですよ」


 部屋の中へ入るダリオス。扉を閉めたライは部屋にある椅子に座ってダリオスと向かい合わせになる。すると、ダリオスが部屋にあったベルを鳴らした。

 何も知らないライはダリオスの行動に首を傾げていると、部屋にメイドがやってきた。どうやら、先程の鐘はメイドを呼ぶものだったらしいとライは理解した。


「すまないが何か飲み物を持ってきてくれるか?」

「畏まりました。少々お待ちを」


 メイドが出て行くのを見ていたライにダリオスが話しかける。


「どうした? 珍しかったか?」

「え、あ、はい。まあ、一応何回か見てはいるんですけど……」

「お前にも専属のメイドは付いているぞ。先程の彼女がそうだ」

「何の説明も聞いてなかったんですが……」

「ハッハッハッハ! すまんな。お前が村人だったという事をすっかり忘れていたようだ。この鐘を鳴らせば先程のメイドが来てくれる仕組みになっている。何か用があれば遠慮なく呼ぶといい」

「はあ、わかりました」


 そうして二人が話していると、先程のメイドが台車を運んでくる。台車の上にはティーポッドが積まれていた。

 ライは明らかに高級そうな見た目をしているティーポッドやカップを見て顔を顰める。絶対に落としたりしないように細心の注意を払おうとライは決めた。

 落としたところでライが咎められることもなければ、弁償する必要もないのだが彼はそのような事知らないし考えないので仕方がない事だった。


「どうぞ、紅茶です」

「うむ、ありがとう」

「ありがとうございます」

「では、私はこれで失礼します。また何かありましたら鐘でお呼びください」


 紅茶を二人のカップに注ぎ、お菓子を置いてメイドは部屋を出て行った。


「さて、ライには色々と話しておかなければならないことがある。まずはアルとミクについてだ」

「……はい」

「あー、別にそう構えることはない。ただ、少々思う所があるかもしれん。それだけは覚悟しておいてくれ」

「内容によります」

「それでいい。では、話そうか。お前は復讐の旅をしているのはこちらも知っている。だが、アルとミクはその事を知らない。いいや、それどころか故郷が滅んだことさえ知らない」

「なッ……!?」


 思わず立ち上がって問い詰めようとしたが、まだ話は続いているためライは深呼吸をして座った。


「これには理由があるのだ。まずアルが勇者だということだ。もし、彼が故郷が魔族に滅ぼされたことを知ってしまえば暴走する恐れがある。だから、隠蔽した。勇者が制御の出来ない兵卒になってしまえば目が当てられんからな」

『まあ、組織なら仕方ないだろうな』

『マスターと違って個人的な理由で動くことが出来ませんからね』

「だから、ライよ。アルとミクに会っても故郷の事は秘匿してくれ」

「…………はい」


 ダリオスが言っていることは理解できる。だが、幼馴染の二人に家族が殺され、故郷が滅ぼされたことを黙っているのは人としてどうなのかと思う。二人にも復讐の権利はあって当然のはず。それなのに何も教えないのは、あまりにも薄情ではないのだろうか。


「(……そっか。知らないのか)」

『どうするのだ、主?』

『こっそり教えますか?』

「(いや、いい。俺が全部一人で終わらせる。二人は怒るだろうけど、きっとそれがいい。二人には俺のようになって欲しくないから)」


 きっと二人は怒るだろう。どうして教えてくれなかったのかと。どうして一人で背負ったのかと。どうして一人で苦しんだのかと。想像に容易い。二人が怒る姿が目に浮かぶライはふっと笑った。


「(いいや、違うな。これは俺の物語だ。俺が始めた旅なんだ。だから、俺が終わらせる。この復讐を俺が果たす)」

『フッ、そうか、そうか! ハッハッハッハッハッハ!』

『フフ、そうですね。私達が始めたんですからね。私達の手で終わらせるのが道理ですもの』

「(ああ、そうだ。俺達三人で始まったんだ。二人には終わった後、沢山叱られるよ。その時は付き合ってくれよ?)」

『ああ、勿論だとも!』

『ええ、いくらでも!』


 始まりを見たのも始まりを知っているのもこの三人だ。ならば、幼馴染とは言えどもアルとミクの二人は部外者である。二人にとっても故郷であるが、全てはあの日生き延びたライの特権なのだ。


「どうした、ライ?」

「いえ、なんでもないです。ちなみに二人は今どこに?」

「二人は今最前線にいる。もう数日したら帰ってくるはずだ」

「そうなんですね」


 あと数日したら久しぶりに会えるとライは喜ぶ。二人はきっと成長しているだろう。自分もそうだが、二人は今どんな姿をしているのだろうか。アルはもっとカッコよくなったのだろうか、ミクはあれからさらに可愛くなとライは想像が膨らむ。

 ただ一つ言えるのはたとえどのような姿になっていようとも見間違うことはないだろう。


「さて、話すべきことは話した。ライ、恐らくだがゆっくりできるのは後数日だけだろう。今は魔王軍の動きが大人しい。不穏であるが、休むべき時は休んでおけ」

「わかりました」

『魔王軍の動きが大人しいか……』

『何やら企んでいそうですね。何もなければいいんですが、流石にそれはないでしょう』


 ダリオスはライに伝えるべきことを伝えて部屋を出て行く。一人残ったライは残っている紅茶を飲み干してお菓子を食べた。


「うまッ!」

『おおッ! 素晴らしい! やはり帝都という事はあるな!』

『スイーツ! スイーツ巡りに行きましょう!』

「ハハ、そうだな。ダリオスさんがまだしばらくゆっくり出来るって言ってたし、街にでも行ってみようか」


 というわけでライは明日の予定が決まった。帝都でグルメ旅行である。果たしてどのような食べ物があるのだろうかと三人は期待するのであった。

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