第13話 お前に俺の気持ちが分かるかーッ!!!

 ライが魔王と宣言してエルフ達の反応は、それはもう見事なものであった。


「なんと! 平坦な顔をしている新種の魔物ではなく、魔王陛下であられたか! 確かに納得である。ドラゴンが傍に仕えており、羽翼族の戦士まで仕えているのだ! それに何よりも、この膨大で奇妙な魔力! まさに魔王と呼ぶに相応しい!」

「最初の言葉には目を瞑るけど……。あれって、褒めてるの?」


 悪口としか思えない発言にライは顔を顰めているが、後半部分は褒められているように聞こえる。


「率直な感想だろ。よかったじゃねえか。全裸の魔王こと魔裸王じゃなくてよ」

「それはそうだけど……平坦な顔も地味に傷つくんだが」

「仕方ありませんよ。エルフたちはライと違って堀の深い顔立ちをしていますから」

「だからって、ああも真正面から言われるとな~」

「悪意はないんだからいいじゃねえか。あんまり不満ばっか言ってないで交渉しろよ」


 そもそもここにはジュリウスという人間界へ帰れる方法を知っているかもしれないエンシェントハイエルフを探しに来たのだ。スカイの言っている通り、エルフに対して腹を立てている場合ではない。


「えーっと、それじゃあ、俺達はジュリウスを探しに行くんで、これで失礼しますね」


 そう言って踵を返した時、エルフたちがライ達を囲んだ。戦闘態勢に入るライは聖剣と魔剣を召喚したが、エルフたちは武装を解除しており、戦闘の意思はない。


「あれ~?」

「お待ちを! 我等は新たなる魔王陛下を歓迎いたします! さあ、我等の里へおいでください!」

「いや、ちょ、俺先急いでるから」

「まあまあ、いいではありませんか。時間はたっぷりありますから」

「いや、俺エルフと違って時間ないから!」


 嫌々とエルフの里に行くのを断るライだが、エルフたちはお構いなし。ライの服を引っ張って無理やりにでも連れて行こうとする。思わぬ事態にライは焦っていた。


「(うおおおおお! 服が! 俺の服が破れちゃう!)」

『やはり、裸になるのは運命だったか……』

『この際だから、エルフもマスターの肉体美を見せつければいいのでは?』

『素晴らしい。そうすれば平服するかもしれんぞ!』

「(せんでいいわ!)」


 裸になってエルフたちを黙らせるなら安い仕事である。犠牲になるのはライが着ている服だけなので誰も傷つかない。平和的解決方法だ。ただし、代償としてライの服は無くなる。


「お気持ちだけで結構です! お気持ちだけで結構ですから服を引っ張るのを止めろぉッ!」


 魂からの咆哮だった。折角、手に入れた服を破られてはならないとライは泣きそうになりながら叫んでいた。

 全裸は慣れた。恥ずかしさなどない。されど、異常扱いされるのは心外なのだ。それだけは耐えられないライはエルフの猛攻を必死に凌ぐが、服には代えられず、エルフの里へ行くことを受け入れるのであった。


「分かった! 行く! 行くから、服を離せぇッ!」

「おお! そうですか!」

「え?」


 パッと手を離すエルフたち。必死に抵抗していたライは服を破られないように掴んでいた。

 その結果、どうなるか。答えは簡単だ。服が破れる。ライは自らの力で服を破ってしまった。


「ああ……あああああああああ!?」


 ビリビリに破ける服。無残にも原形を留めておけず、ヒラヒラと服の欠片が地面へと落下する。それは儚く散る桜の様に美しかった。

 全裸の運命から逃れられなかったライは、その場に膝から崩れ落ちる。ガクッと四つん這いになったライは激しく地面を叩いた。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!」


 男の慟哭は悲しかった。虚しかった。誰も声を掛けれない。その場にいた全員がいたたまれない気持ちになっていたが、唯一嗤わらっているドラゴンがいた。


「ぶはっ! ブヒャハハハハハ!」


 スカイは全裸になって服の残骸の上で咽び泣いているライを見てこらえ切れずに大笑いだ。

 ライはスカイの笑い声が森中に響き渡る中、儚く散ってしまった亡き服をかき集めてフルフルと震えた。そして、このどうしようもない感情をぶつける為にライはスカイの方を振り向く。


「うわあああああああああああッ!!!」

「うげえええええええええええッ!!!」


 せめてもの手向けであるとライは服の残骸を握り締めた手でスカイを思いっ切り殴り飛ばした。

 怒りの感情に任せて殴ったのでスカイは勢いよく吹き飛んでいく。何本もの木にぶつかり、へし折りながらスカイは吹き飛んだ。


「ハア……ハア……」


 しかし、この感情が収まることはない。腹いせにスカイをぶん殴ったライだが、失ってしまった服は戻ってこないと虚しさを感じていた。その姿はフルチンである。


「う、羽翼族の戦士殿。この場合、どう声をかければいいのかね?」


 元凶であるエルフはクーロンに小声で話しかける。今のライをどう鎮めればいいのかとエルフは混乱していた。魔界で最強と言われている種族のドラゴンを拳一発で戦闘不能にしたのだ。

 その矛先が自分達に向けられたら終わりだ。それだけは避けなければならないとエルフたちは必死である。


「と、とにかく、服を上げましょう! 貴方達は手芸を得意としてるのですから服くらいありますよね?」

「勿論です! 早急に手配します!」

「流石にこれ以上暴れることはないと思いますが、急いだほうがいいのは確かです!」


 クーロンの言葉に従って一人のエルフが急いで里へ戻っていった。新たな魔王ライの怒りを鎮める為、服を取りに大急ぎである。

 その魔王ライは先程から微動だにしなくなった。これはなにかの前兆ではなかろうかと全員が身構えている。


『あ、主よ。一旦、冷静になろう。先程、エルフの一人がどこかへ行くのを確認した。恐らくは服を取りに行ってくれたのであろう。だから、落ち着くのだ』

『マスター。悲しいのは分かりますが、ここは落ち着いてください。エルフたちが怯えてますよ』

「(…………スカイのところへ行こう)」


 突然、動き始めたライにビクリと肩を震わせるエルフたちとクーロン。しかし、ライはそんな彼等を無視して、先程殴り飛ばしたスカイの方へと向かった。

 まさか、トドメを差しに行ったのだろうかと不安がるエルフたち。流石にそのようなことはしないだろうと信じている一方で不安な気持ちが拭いきれないクーロン。両者はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 その一方で吹き飛んだスカイのもとへやってきていたライは、虫の息になっているスカイを見つける。

 ヒュウヒュウと今にも死にそうな呼吸をしているスカイのもとへ歩み寄り、ライは申し訳ないと頭を下げた。


「すまん。ちょっと、本気でやりすぎた」


 返事はない。まだ息はあるが死ぬ一歩手前である。返事をする力がないのだ。これは不味いとライは魔剣を使ってスカイを回復させる。


「し、死ぬかと思った……」

「すまん……」

「ああ、いや、気にするな。俺も悪かった」

「次はなるべく暴走しないように気を付ける」

「俺も笑わないように気を付ける」


 と言う訳で仲直りした。スカイも笑ったことだし、ライもたかが服一枚で大人げなかったのが悪い。喧嘩両成敗ということはないが、お互いに悪かったと謝った二人は一緒にエルフたちのもとへ戻るのであった。


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