第21話 あの日の事を領主に話す

 ゼンデスと向き合いウェンディがお茶菓子を持ってくるまで雑談をすることになったライだが、何を話せばいいか分からない。全く話題が浮かび上がらないライはオロオロとしていた。


 しかし、それを察したゼンデスが適当な話題を上げてライに話しかける。ライは失礼のないよう言葉に気を付けながら、ゼンデスの話に付き合う。とはいえ、ライはただの村人だったから所々言葉遣いが悪くなったりした。ライ自身は気が付いていないが、ブラドとエルレシオンとゼンデスは気が付いていた。ただ注意はしなかった。


 ブラドとエルレシオンは注意をしようと思ったのだが、ゼンデスが何も言わないので何も言わなかった。領主である彼が許しているのだから自分達が何か言う必要はないだろうと判断したのだ。もし、言うのであればゼンデスがライの言葉遣いを不愉快に思った場合だけだ。


 それからもウェンディがお茶菓子を運んでくるまで二人は色々と話し合った。とはいっても、本当に雑談ばかりでゼンデスがライを呼んだ本題については全く触れていない。


 しばらくして、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。ウェンディがお茶菓子を持ってきたということだ。ゼンデスは中へ入るように声を掛ける。彼の許可を得たウェンディがお茶菓子が乗った台車を押して部屋の中へ入ってきた。


 ライは初めて見るお茶菓子に少しばかり目が輝いていた。村ではお茶菓子など高級品で一度も食べたことがなかったのだ。思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。その音を聞いたゼンデスがクスリと笑い、ウェンディに子供のように待ちわびているライへお茶菓子を出すよう命じた。


「お客様。こちらをどうぞ」

「は、はい!」

「そう焦ることはない。ここには君のお菓子を奪うような者はいないからね」

「うっ……」


 思ったよりも興奮していたことがバレてライは恥ずかしそうに顔を下に向けてしまう。


「ハハハ。すまない。どうやら意地悪だったようだね。遠慮なく食べてくれたまえ」

「えっと……いただきます!」


 目の前に差し出されたお菓子をライは恐る恐る手に取り、ゼンデスの方をチラリと見て彼がどうぞと言うように首を縦に振ったのでライは遠慮なくお菓子を食べた。


「ん~~~!」

『美味い!』

『美味しいです!』

『うむ! 久方ぶりの甘味だ! これは素晴らしい! かつて食べたものの中で一番だ!』

『やはり、時が経てば新たなお菓子が生まれますね! 人類の欲望は果てがありませんね! これからもどんどん新しいお菓子や料理を生み出してほしいものです』

「(俺のセリフ、ほとんど奪うじゃん……)」


 初めて食べるお菓子に舌鼓を打っていたライだが、味覚を共有している二人が彼以上に大絶賛していた。ライも美味いと言いたかったのだが二人に言われてしまいタイミングを逃してしまったことを不満そうに呟いた。


『すまぬな、主。何分、甘味を食べるのが久しぶりすぎて我を忘れてしまったようだ』

『申し訳ありません、マスター。私も同じく久しぶりの甘味に思わずはしゃいでしまいました』


 ライは二人があの洞窟にどれだけの時間を過ごしていたかは分からないが、ずっとあそこにいて退屈していたはずだと思った。なら、少しくらいは許してもいいだろう。そう思ってライは二人に気にしていないことを伝える。


「(別にいいよ。もう気にしてないから)」


 そう伝えると二人も嬉しかったのか笑って納得してくれた。


 お菓子に夢中になっていたライだったがゼンデスに呼ばれて、ここに来たことを思い出した。机の上にあったお菓子をパクパクと口にしていたが、ゼンデスは怒っていないだろうかと顔を上げてみると、彼はニコニコと笑っていた。それが却って不気味だった。


「す、すいません。つい……」

「いや、怒ってなどいないさ。どうだったかね? お菓子はお気に召しただろうか?」

「あ、それは、はい! とても美味しいです!」

「フハハハ! そうか、それはよかった」


 ひとしきり笑うとゼンデスはライを真っすぐ見据えて真面目な顔をする。ライはゼンデスの雰囲気が変わったことに驚いたが、いよいよ呼ばれた理由が分かるのだと気持ちを切り替えた。


「では、お茶を飲みながら話そうか」

「は、はい」

「つい数週間前に私の下にある一報が届いた。我が領内に魔族が目撃されたという知らせだ。私はそれを聞いてすぐさま兵を派遣し各地を調べさせた。そこで分かったことが一つある。我が領内の村が五つ滅んでいた。その中には君のアルバ村も含まれている」

「…………」

「教えてほしい。アルバ村に何があったのかを」


 そう言った瞬間、ゼンデスの背筋にゾワリと悪寒が走った。目の前には、先程の好青年のような雰囲気から一転してどす黒いオーラをまき散らしているライがいた。彼は拳をギュッと握りしめ、下唇を噛んで、肩を震わせていた。怒りや悲しみといった感情がライをそうさせていたのだ。


『主! 落ち着け! 落ち着くのだ!』

『マスター! 気をしっかり! 深呼吸をして心を落ち着かせてください!』

「ッ……!」


「ふう、ふう」と乱れていたライの呼吸は二人の声により落ち着きを取り戻していく。ようやく落ち着きを取り戻したライは領主ゼンデスの前でとんでもないことをやってしまったと顔を青ざめて、すぐさまソファから降りて土下座した。


「も、申し訳ありません! 領主様に対してとんでもない失礼な態度をとってしまい――」

「よい、構わない。先程の君を見て理解した。魔族に家族を殺されたのだな?」

「ッ……はい」


 ライの声は震えていた。ゼンデスの言葉を聞いて、あの日の事を思い出してしまったのだ。何も出来なかった無力な自分。別れの言葉すら満足に伝えることも出来なかった悲しき現実。そして、理不尽にすべてを奪った魔族。


「君の怒りも悲しみも理解した。だが、それでも教えてほしい。何があったのかを」

「……あの日、村に魔族がやってきたんです。魔族は聖剣と魔剣を探していました。しかし、魔剣や聖剣の居場所を知らないと言ったら……」

「そうか……! すまない。辛い過去を思い出させてしまって」

「いえ! 大丈夫です」

「それで君はどうして無事だったのだ?」

「俺は狩人をしてまして、その日は狩りに出かけてたんです。それで村に戻ったら魔族がいるのを見てしまい慌てて隠れました。魔族は村人を殺すと、どこかへ飛んで行ったんです」

「なるほど……。そういえば君は旅をしているそうだね。理由を聞いても、いや、やはり言わなくていい。凡そ見当はつく」


 そこまで言ってゼンデスは聞くのをやめた。何せ、身を以て知っている。ライからにじみ出ていたどす黒い感情のオーラを。彼は復讐のために旅へ出たことなど容易に想像できるだろう。

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