第11話 旅立ち

『主よ、馬はいないのか?』

「小さい村なんだ。馬なんているわけないだろ」

『だとしたら、次の目的地までどれだけかかるのですか?』

「徒歩で三日。まあ、休まずに歩き続けた場合だけど……」

『つまり、四日、五日はかかるというわけか……』


 村を飛び出したのはいいが肝心の移動方法が徒歩ということで前途多難の旅になる。ライがまず目指すのは交流のあった村だ。そこで食料や水の調達を考えている。


『やれやれ、それでは長い旅になりそうだ』

「……」

『ですね。まあ、いいではありませんか。こうしてのんびり歩くのも楽しいですよ』

「そういえば、二人は感覚とかあるのか?」


 ふと気になったことをライは尋ねてみた。思えば二人は剣である上にライの体の中にいるので視覚や聴覚が機能しているとは思えない。なのに、二人はまるで見えているかのように話している。


『ふむ。感覚ならあるぞ。主の目や耳を通して外の情報を手に入れているのだ』

「え、それって俺のプライバシーとかは……?」

『あ、その辺は問題ありませんよ。マスターがそういうことを致すときは感覚を切ることが出来ますから』


 何も安心できないライはこめかみを押さえる。二人が力を貸してくれるのは有り難いことだが、個人の自由が無くなるのは勘弁してほしかった。ライは聞かなければ良かったと少しだけ後悔した。


「はあ……。それじゃ、痛覚とかはどうなんだ?」

『ない。我等が感じるのは視覚、聴覚、味覚といったものだけだ』

「それってずるくない!?」

『それは申し訳ないというかなんというか……』

『ハハハ、我は今の世にどのような珍味があるか気になるぞ』

「言っておくけど、変なものは食べないからな」

『何を甘いことを言っている? もしも、食べ物がなければ我等が知恵を貸して虫でも食べてもらうぞ』

「いぃっ!? 虫なんて嫌だぞ!」

『戦時では文句を言えなくなりますよ。最悪、魔物を食べる羽目にもなりますし……」

「え……? 食べれるの?」

『無論、食べれる』

「うえ……。想像するだけで吐きそう」

『まあ、中には美味しい魔物もいますから……。大半は不味いですが』

「おい! 最後の方、声小さかったけど聞こえてるぞ!」


 道中、他愛のない話をして一行は笑いながら前に進む。その足取りは軽かった。復讐が目的であるが常時その事ばかり考えているわけではないのだ。だからといって忘れるわけにもいかない。平時は復讐の刃を研ぎ澄ませて戦時で振るえばいい。そうすれば鈍ることはなくなるだろう。


 それからも、しばらく三人は他愛もない話を続けて歩いていく。もっとも、歩いているのはライだけなのだが。

 やがて、歩き疲れたライが休憩のために近くの木の根元に座り込んだ。木陰で休んでいるライにブラドが声を掛ける。


『主よ、少しいいか?』

「ん、あー、いいよ」

『では、あちらに来てもらってもいいか?』

「あー、今からやるの?」

『肉体は疲れているだろうが精神は別であろう?』


 顔は見えないがブラドは不敵に笑っているのが容易に想像できるライは苦笑いをしていた。


「はは、まあ、そうだな。分かったよ」


 苦笑いをしていたライだったが強くならねばならないと気持ちを切り替えて目を瞑った。それから、少しだけ集中すると以前訪れた真っ白な空間に立っていた。


「やっぱり、まだ慣れないな」

『そうか? その割には落ち着いているが』

「そう見えるだけだよ」

『なるほど。虚勢を張っているわけか』

「そうだな。強がってるだけだよ」

『くくっ。別にそれは構わんさ。むしろ、それはいいことだ。戦いにおいて虚勢は時に役立つことがある。上手く相手を騙せれば儲けものだ』

「そういうものなのか……」

『うむ。もっとも、あの魔族には通用しないだろうがな』

「はは、確かに」

『さて、それでは無駄話はこれくらいにして始めようか』

「始めると言っても俺武器なんて持ってないけど?」

『なに、ここは精神の世界だ。どうとでもできるさ』


 そう言ったブラドはいつの間にか持っていた剣をライへ投げ渡した。ブラドがいきなり投げてきた剣を慌ててキャッチするライ。


「おい、いきなり投げるなよ! びっくりするだろ!」

『ハハハ、すまぬ』

「はあ、それで何をすればいい?」

『まずは我が剣の扱い方を教える。その後は実戦あるのみだ』

「え、普通は素振りとか型の練習とかじゃないの?」

『確かにその通りだろうが、普通の方法では主が強くなるのに時間がかかりすぎる』

「うぐ…………。やっぱり、魔力や闘気がないからか?』

『ああ、そうだ。主は他の者に比べたらハンデを背負っている。それを覆すには普通の方法ではダメだろう』

「だから、実戦か」

『そうだ。さあ、良く見ておくがいい。これから我が見せる剣を』


 そう言うとブラドはライから少し離れた場所で剣を振るった。ライはそれを食い入るように見つめる。一挙一動見逃すことなくライは目を離さなかった。しばらくしてブラドがピタリと止まり、ライの方へ顔を向ける。


『どうだった?』

「なんていうか綺麗だった。本当に剣技なのかって思うくらい」

『ふっ。我が考えた剣技ではない。かつて我が主が会得していたものを再現しただけよ』

「前の主って強かったの?」

『強かった。まぎれもない強者であったさ』

「そっか……」

『では、軽く剣を交えようか」

「ああ!」


 何度か剣を交えるライだが一度もブラドに剣を当てることが出来なかった。しかし、折れることもなかった。何度、負けようともライは果敢に立ち向かった。どれだけ叩き伏せられようとも決して諦めなかった。


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