第12話 最初の村

 剣の修業を始めてから、数日以上が経過していた。その間、ライは休むことなくブラドに戦いを挑み続けた。勿論、剣が当たることはなく、一度も掠ることすら叶わなかった。それだけライとブラドには実力差がある。


「ハア……ハア……ッ!」

『どうした。もう終わりか?』

「まだだァ……!」


 疲労困憊で満身創痍のライは今にも倒れてしまいそうだ。息も絶え絶えで剣を握っているのも辛いだろう。それでもやめないのは彼が偏に強くなりたいと願っているからだ。


 故郷を滅ぼされ、家族を殺された。その恨みは計り知れないものだ。今の彼を支えるもの、それは憎悪だ。復讐の炎が彼の心を奮い立たせるのだ。そうでもなければ常人ならとっくに心が折れている。


「はあああああああッ!」

『何度も言ったが雄叫びを上げれば強くなれるものではないぞ!』

「ぐうッ!」

『ここは精神世界だ! 多少の痛みならば堪えてみせろ!』

「がッ!?」


 目にも止まらぬ速度で切り刻まれるライは膝から崩れ落ちる。全身を切り刻まれて血だらけだ。痛ましい姿をしているライへブラドは容赦なく剣を突き刺した。


『何を寝転がっている! お前の執念はその程度か! その程度で復讐をするというのか! 笑わせるな! この程度でくたばるようなら、お前に資格はない。復讐など諦めて田舎にでも引っ込んでいろ!』


 厳しい言葉を浴びせるブラドは剣を捻り、ライに更なる苦痛を与える。


『いいか! お前が復讐しようとしている相手はこんなものではないぞ! 痛みを覚えろ! 体に刻め! それがお前を強くする! さあ、立て! 立ち上がれ!」

「ふ、ぐ……うぅ!」

『そうだ。それでいい! さあ、もう一度剣を握れ!』


 痛みに歯を食いしばりながら、苦しみに涙を耐えながらライは立ち上がり剣を構えた。その姿にブラドは満足げに口元を歪めて剣を構えた。


『行くぞ、主よ』

「おう」


 何度目になるか分からないぶつかり合い。一度たりとも勝てることはなくライは無残に殺される。精神世界とはいえ、何度も殺されているライの精神は摩耗していた。既にライの目は焦点が合わなくなっていた。剣を交えていたブラドはその事に気が付き、そろそろ限界かと修業を打ち切ることにした。


『今回はここまでだ』

「ッ!」


 首を刎ねられてライは目を覚ます。シャツが汗でびっしょりと濡れており気持ち悪いとライはシャツを脱ぎ捨てる。


「うへぇ……」

『大丈夫ですか、マスター?』

「ん? ああ、一応大丈夫かな」

『私もマスターの鍛錬を見てはいますが些かやり過ぎかと……』

「心配してくれてありがとう。でも、俺は他の皆より弱いからこれくらいでなきゃダメだ」

『しかし、それでマスターの精神が壊れてしまっては元も子もないじゃないですか!』

「それなら問題ないだろ? 二人はギリギリ限界を見極めてくれてるんだから」

『それはそうですが……』

「エルは優しいな。まあ、修行の時はブラド並みに厳しいけど」


 そう聖剣エルレシオンもブラドと同じく精神世界でライに修業をつけているのだが、ブラドと同じくらい手厳しい。


『そうだぞ。心配しているのなら、どうして我が修業をしている時に止めに入らないのだ』

『うっ……。マスターの邪魔をするわけにもいかないので……』


 実際、エルレシオンは一度二人の修業を止めに入ったのだが、その時高揚していたライが怒鳴ったのだ。それからは止めに入るのをやめている。エルレシオンは契約主であるライの意向を汲んでいるのだ。


「はは。まあ、この話題はまたにして移動しようか。そろそろ、一番最初の村が見えてくる頃だ」


 そう言ってライは立ち上がりシャツを着直すと歩き始める。汗で濡れたシャツが臭いのだがそこは我慢である。なにせ、貴重な服だ。予備はほとんどない。だから、捨てていくわけにもいかない。


『主よ、訊いていなかったが、これから向かう村とは交流があったのか?』

「ああ、一応な。色々と物資を交換してたんだ」

『でしたら、今回の事を話せば食料などは分けてくれそうですね』

「どうかな。物々交換なら応じてくれただろうけど、一方的ってのは難しいかも」

『何故ですか?』

「自分達の食い扶持だけで精一杯なんだよ、村人ってのは」

『なるほど。そういうことか。余程、裕福な村ではない限り他人に施しを与えることはないわけか』

「そう、そういうこと」


 元々、村の交流は物々交換で成り立っていたものだからライが食料などを求めても素直には応じてくれないだろう。理由を話しても同じだ。同情はされるだろうが、自分達の食い扶持を減らすようなことはしないだろう。


『それじゃあ、どうするんですか?』

「まだ貰えないって決まったわけじゃないから。とりあえず、着いてから考えるよ」


 楽観的な考えではあるが、今から悩んでいても仕方がないのでライの言うことは正しかった。


『一つ言い忘れたのだが、我等の声は主にしか聞こえない。だから、我等と話している時、主は独り言を言っている変質者だと思われるから気を付けた方がいいぞ』

「マジで村に入る前に教えてくれてありがとうな」


 本当に助かったとライはブラドに感謝した。もし、それを知らずに村で二人と会話していれば、どのような目で見られたことだろうか。少なくとも異常者だと思われていたことだろう。


 そうして、ライは旅立ってから一番最初の村へとやってきた。


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