最終話 失恋したら聖剣と魔剣を手に入れました

 魔族との戦争が終わり、人類には平和な日々が戻っていた。とはいっても、完全に平和というわけではない。魔王こそ討ち取りはしたが、残存している魔族はまだ沢山いた。

 統率の取れなくなった魔族は散り散りに各地へと身を移し、人々を襲っている。


 それは帝国の領内にある小さな村でも起こっていた。


「へっへっへ……いただきま~す」

「いやあああああああッ!」


 恐怖に腰が抜けて地面に倒れている少女に向かって一匹の獣人が大きく口を広げた。叫び声を上げる少女だが誰も助けは来ない。獣人が強いからというのもあるが、少女と同じように他の村人も獣人に食べられそうになっているからだ。

 もうお終いだと少女は目を瞑る。しかし、一向に獣人が襲ってこない。はて、これはどうしたことだろうかと目を開けると、そこには雷光を纏う勇者アルの姿があった。


「もう大丈夫。あとは俺に任せて」

「へ、あ、はい……」


 少女の方へ顔を向けてアルは笑いかけると、獣人達目掛けて走り出した。雷槍ライトニングを握り締めてアルは縦横無尽に駆け抜ける。稲光いなびかりが村の中に走ると、村人達を襲っていた獣人達が丸焦げになっており死んでいた。


「ふう……」

「よう。お疲れさん」

「あ、クロイスさん」

「相変わらず仕事が早いな~」

「ハハハ、まあ、これでも雷槍の勇者なんで。その名前に恥じないくらいの働きは見せないと」

「カカッ。そうさな。だが、あんまり力み過ぎんなよ?」

「分かってますって。それよりも、後始末お願いします」

「分かってるって。おい、獣人共の遺体を一か所に纏めて焼却するぞ。衛生兵は村人達の手当だ。ほら、急げ」


 クロイスは一緒に来ていた兵士達に指示を出して、自分もテキパキと動く。ひとまずは、村長あたりに話を聞きに向かい、どこから獣人が現れたかなど、どれだけの村人が犠牲になったかを問い質した。


 その後、仕事を終えたアルとクロイスの二人は一旦その場から離れて話し合う。


「やれやれ、まだまだわんさかいるな~」

「ええ。本当に困ったものです」

「しっかし……あれから半年以上過ぎたっていうのに……」

「ライが次元の穴を塞いでからですね……」


 そう言うとアルは寂しそうに遠くの空を見上げるのだった。



 ◇◇◇◇



 魔王を討伐してから半年以上の時間が経過しており、今は破壊された街などの復旧作業に人類は追われていた。

 そして、それともう一つ。魔王が引き連れてきた魔王軍の残党狩りだ。統制が取れなくなったせいで各地で人々を襲っている。そのおかげで今も勇者や連合軍は働き詰めであった。


 とはいえだ。もうこれ以上魔族が増えることはない。あの日、ライが一人で魔王城に残って魔王が安定させた次元の穴を塞いだのだから。


 あの最終決戦の後、勇者達は一度陣地に戻り闘気を回復させてから、もう一度崩壊した魔王城へと赴き、ライを探し回ったのだが残念ながらライの遺体はおろか次元の穴すらなかった。

 それを見た勇者達は恐らくライが塞いだものだと判断して引き返し、連合軍に完全勝利を告げた。

 歓喜に包まれた連合軍を引き連れて勇者達は帝都へと凱旋。負傷者こそ出たが連合軍は犠牲者がゼロというまさに奇跡を成し遂げた。


 ただ、勇者達の顔色は優れない。その結果がたった一人の犠牲で成り立っているのだから。最も多くの戦果を残し、誰よりもその身を犠牲にした真の英雄ライ。復讐のためだと言いながらも最後は人類の為に尊い犠牲となったのだ。


 だが、しかし、シエルとアリサの二人だけはそこまで落ち込んではいない。それは何故か。簡単な話である。ライが必ず帰ってくるのを信じているからだ。

 どれだけの時間を待つか分からないが必ずライが戻ってくるのを信じている二人は自分達が出来ることをやろうと決めた。


「悲しんでる場合じゃないわ。魔王を倒したけど、これから忙しくなるでしょ」

「まだ魔王軍の残党も残っていますからね。これからが本番かもしれません。私も聖女として頑張ります」

「(アンタは性女でしょって突っ込むのは流石に不味いわよね……)」

「どうしました、アリサ? 私の顔に何かついてますか?」

「いや、なんでもないわ」

「そうですか? 何か言いたそうな顔をしていましたが……」

「流石は聖女だって思っただけよ」

「ふふーん。ついにアリサも私の有難みに気が付いたんですね。いい事です」

「言っておくけど、変な宗教を広めるんじゃないわよ……?」

「ギクッ!」

「擬音を口に出して驚く馬鹿がどこにいるのよ! アンタ、この機に乗じて信者を作る気ね! そうはさせないわよ! くそビッチが!」

「んなぁッ!? ビッチとは心外です! この身も心も全てライさん一人にだけ捧げたんです! 私が所構わず発情するような言い方はやめてくださいよ!」

「所構わず発情してるでしょうがッ!!!」


 突然始まる喧嘩に他の勇者達も驚いたが、それ以上に可笑しくて笑い出した。そう、二人の言う通りだ。ライは不可能を可能のした男。ならば、いずれ帰ってくるだろう。

 それなら、二人の言う通り、心配せず今は自分達が出来ることをしようと決めたのだった。


「おえええええッ!」

「うおおおお!? どうした、二人とも!? 突然、吐いたりして!」

「気持ち悪い……」


 喧嘩をしていた二人が唐突に吐いて、慌てふためく勇者達であった。


 ◇◇◇◇


 帝都の中央にある城でダリオスは部下から報告を聞いていた。


「ダリオス様。アル様とクロイス様が獣人の部隊を討伐したとのことです」

「そうか。わかった。すまないが二人には帝都へ戻らず、そのまま任務を続行するように伝えておいてくれ」

「はッ! 了解しました!」


 ダリオスからの伝言を受けた部下は部屋を出て行く。静かになった部屋でダリオスは書類仕事に戻る。各地から送られてくる魔族の目撃情報を目にしながらダリオスは溜息を零した。


「はあ……。手が足りんな。アリサとシエルがまさか妊娠していたとは」


 現在、出撃出来る勇者はダリオス、クロイス、ヴィクトリア、アルの四人だけ。アリサとシエルは妊娠しているので静養中である。まあ、ライとあれだけ合体していれば当然だろう。


 最終決戦の後に判明したことで、すでに立派な妊婦になっている二人は城にいる。すぐ傍には侍女が複数待機しているので何かあっても問題はない。そもそも二人は妊婦と言っても勇者と聖女だ。自身の身くらいは守ることが出来るので余程のことがない限り放っておいても問題はない。


「そう言えば今日はヴィクトリアと三人で出かけると言っていたな。心配だが……まあ、ヴィクトリアもついているから大丈夫だろう」


 そう言ってダリオスは冷めてしまった紅茶を飲み干して、書類仕事に戻るのであった。


 出掛けていたアリサとシエルとヴィクトリアの三人は洋服を買っていた。勿論、自分達のものでなく生まれてくる子供のだ。それから、刺繍に使う布なども買っている。

 妊娠している二人はあまり動くことが出来ないので、読書や刺繍といったもので時間を潰しているのだ。まあ、箱入りお嬢様であった二人は刺繍に大苦戦しているが、案外やってみると楽しいもので今は趣味の一つだ。


「う~ん……。これとこっちどっちがいいかしら?」

「こっちの方がよくないですか?」

「アタシはどっちでもいいと思うが……そもそもどう違うんだ?」

「全然違うわよ。肌触りもそうだけど、色の濃さとか」

「そうです。ヴィクトリアさんも少しは勉強しておいた方がいいですよ。ダリオスさんとそう言った関係になることを考えると」

「あーーー。何も聞こえな~い」


 ちなみにダリオスとヴィクトリアの関係はあまり進展していなかった。さりげなくヴィクトリアがアピールしているのだが、残念なことにダリオスが仕事が忙しく気付いてくれないのだ。


「はあ。まあいいわ。それより、こっちに決めたわ」

「私はこれです」

「あ、いいじゃない。これで何作るの?」

「今回は動物にしてみます。前回は花だったので」

「なんだか、思った以上にまともになったよな~」


 よく喧嘩をしていた二人だが、やはり子供が出来たことで大人しくなったのか今は立派な母親らしくなっている。その事にヴィクトリアが驚き呆れていると、城の方で爆音が響いた。


「なんだ!?」

「何! どうしたの?」

「敵襲ですか!?」

「わかんない! でも、城の方から煙が上がってる!」

「ダリオスさんがいるんでしょ? だったら、大丈夫じゃないかしら」

「でも、急いで戻った方がいいですよ」

「アタシは先に戻る! お前等は後で来い!」

「大丈夫よ。ちょっと走るくらい!」

「バカ! お前等は大丈夫かもしれないがお腹の赤ちゃんの事考えろ!」

「それも問題ありません! 私達とライさんの子供ですよ!」

「あー、そうだが……」


 どうしようかと頭をかくヴィクトリアは二人の説得を諦めた。


「いいか? 極力無茶はするなよ!」

「ふふん! わかってるわ!」

「やばかったら私が聖女パワーでどうにかしますよ!」

「ったく、本当にお前等は……! 急ぐぞ!」


 呆れ果てるヴィクトリアは今更二人が言う事を聞くわけないと諦めて城へ向かって走り出すのだった。


 書類仕事をしていたダリオスは突然の爆音に聖槌を担いで爆音の聞こえてきた城門の方へと急いだ。

 すると、そこには奇妙な兜を付けて襤褸布だけを装備している全裸の男が双剣を持って暴れていた。


「うおおおおおおおおッ! アリサとシエルに会わせろって言ってるだけだろ! なんで襲ってくるんだ!」

『やはり、格好が不味いのではないか?』

『まあ、全裸に兜と襤褸布だけですからね。不審者ですよ』

「俺だって好きでこうなってるわけじゃないんだ! てか、話聞いてくれよ! 勇者なら誰でもいいから連れてきてくれれば分かるって言ってるのに! どうして、誰も信じてくれないんだ! このバカヤローッ!」


 城門付近で兵士達を傷つけないように大立ち回りをしている変態が泣き叫んでいた。ただ兜をしているので泣いているかは分からないが、セリフを聞いている限りでは泣いているのだろう。恐らくだが、号泣しているに違いない。


「フ、フッフッフ……ハハハハハハハハハ! 全く、あのバカは何をやっているのだか」


 その光景を見ていたダリオスは聖槌を担いだまま、謎の変態の元へと向かう。謎の変態を取り囲んでいた兵士達はダリオスが来たのを知って、これで変態もお終いだと歓喜した。


「ダ、ダリオスさん! お、俺です! ライです!!!」

「ああ。わかってる。お前達、もう下がっていいぞ。彼は……私の古い友人だ」

『ああ、世界を救った英雄がこのような変態では示しがつかないから嘘を吐いたのか』

『真実は時に残酷です。優しい嘘も必要なのですね』

「な、なんで……ッ!」


 酷く傷ついた変態は悲しみに震えている。何故、白黒の勇者だと言ってくれなかったのかと嘆き悲しむ。悲しいが仕方ないだろう。まさか、白黒の勇者がこのような変態だとは。

 すでに白黒の勇者は世界を救った英雄として記憶に刻まれているのだ。それをぶち壊すわけにはいかない。ダリオスの判断は間違っていなかった。


「ですが、ダリオス様! そのような変態は牢にぶち込んだ方がいいのでは?」

「まあ、その意見も分かるが……彼も悪気があって裸になってるんじゃないんだ。ここは俺に任せてお前達は仕事に戻ってくれ」

「し、しかし、納得がいきません。ダリオス様のご友人というのならば、何故その男はアリサ様やシエル様に会わせろと? 普通ならご友人であるダリオス様をご指名するはずですが」

「そ、それは……彼は彼女達のファンなのだ。許してやってくれ」

「そう言われても……」


 謎の全裸を取り囲んでいる兵士達はどうしようかと悩んでいる。ダリオスの言葉は恐らく嘘であると見抜いているが、彼がここまでして庇っている所を見ると知り合いだということは間違いではない。


「分かりました。ダリオス様のお言葉を信じます」

「おお、そうか。すまない」

「いえ。それに……彼は誰も殺してません。城門は破壊しましたが」

「……ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げて謝る変態を見て兵士達は戦闘態勢を解くと、ダリオスの指示に従ってその場を離れていった。


「はあ……。ひとまず、中へ入れ。話はそれからだ」

「うす……」


 とても傷ついたライはダリオスの後ろをトボトボとついて行く。肩を落とし、哀愁漂う背中は見ていて可哀そうだった。


 ダリオスに連れられてライはついに服を着ることに。しかし、どうしてか兜を外さない。疑問に感じたダリオスがどうして兜を外さないのかとライに質問する。


「何故、兜を外さんのだ?」

「これ呪いの装備なんです」

「ほう。では、外せないのか?」

「えっと、一応解呪方法は教えてもらってます」

「どのような方法なのだ? 俺でも出来るのか?」

「いえ、愛する人からキスらしいです」

「それはなんとも古典的だな……」

「はい……。おかげで全裸に兜だけで余計に変態度が増しました」

「まあ、積もる話もあるが、まずは彼女達を待つとしよう。恐らく、先程の騒動を目にしているはずだから、近いうちに戻ってくるだろう」

「うす……」

「あと、一つだけ聞きたいのだがどうして裸だったのだ?」

「え~っと……実は魔界からこっちに戻ってくる時、次元を超えたんですが体が引き裂かれてしまいまして……」

「あ~……それはなんというかお前らしいな」

「笑い事じゃないですよ! 大変だったんですから! こっちに帰って来た時には全裸に兜で変態扱いされて、隠せるものが襤褸布しかなくて!」

「相変わらず、お前は波乱万丈な生き方をしているな」

「くそぅ。他人事だからと言って笑いやがって……」


 自らの不幸話を笑うダリオスにライが怒りに震えていると、ブラドとエルレシオンが彼女達の存在を感知した。


『主、こちらに彼女達が……おや?』

『これは五人? 三人は分かるのですが……』

「え、なに、どういうこと?」

「む? どうした?」

「あの、アリサやシエル達以外にも誰かいます?」

「あー……。それは自分の目で確かめるんだな」


 意味深な事を言うダリオスにライは首を傾げて不思議そうにしていた。すると、そこへアリサとシエルとヴィクトリアの三人が戻ってくる。

 二人はダリオスの目の前にいる兜を被った謎の人物を見て瞳に涙を浮かべる。


「ただいま、二人……あれ? 太った?」


 目にも止まらぬ速さで二人はライの懐へ侵入し、渾身の一撃を顔面に叩き込むのだった。


「ぐはぁッ!!!」


 叫び声を上げながらライは吹き飛ぶと同時に兜が外れるのだった。愛する者のキスが解呪条件であったが鉄拳でも問題ないことが判明した瞬間である。


「おかえりなさいッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る