第133話 汚え、花火だ

 怒りに支配されてしまったカーミラだが、流石に結界で守られているシエルに特攻する蛮勇は犯さない。いくらなんでも無謀であるという事は理解しているからだ。あの結界に触れれば自身の身が危ないと。

 しかし、魔法も届かない以上、シエルに近づかなければならない。ただ先ほども言ったように近づけばカーミラは消滅する恐れがある。ゆえにどうすることもできないでいた。


「ぐ……」


 魔法も通じない。接近も出来ない。そしてなによりもドヤ顔をしているシエルが腹立たしい。まるでこちらの心を読んでいるかのように煽っている表情が憎たらしい。アレで聖女と言うのだからどうかしている。

 もしかして聖女になる条件は腹黒でないといけないのではないかとカーミラはどうでもいい事を考えていた。


 カーミラが上空に滞在しており近づいてこないので挑発を繰り返しているシエルだが、彼女も少し焦っていた。

 なにせ、結界を張っていると彼女もカーミラに対して何も出来ない。勿論、聖杖ルナリスを背負ってカーミラの元へ跳躍ジャンプすることは出来るが、恐らくカーミラは逃げるに違いない。


 そうなると少々、いや、かなり面倒だ。シエルは残念ながら空中を移動する方法を持ち合わせていない。せいぜい、ピョンピョンと跳ねることくらいだ。

 つまり、お互いにジリ貧である。カーミラはシエルに攻撃できなくてシエルはカーミラに近づくことが出来ない。それに結界を維持するにあたってシエルは闘気を消費しているので、このままずっとというわけにはいかないのだ。


「(こちらから攻めるしかないでしょうか……。流石に結界を張っている状態だと向こうは近づいてこないでしょうし。そうと決まればやるしかありませんね)」


 幸いにもカーミラは完全にシエルに狙いを定めている。そのおかげでカーミラがシエルを無視して逃げ出すようなことはしないだろう。

 それならばと、シエルは結界を解いてカーミラをさらに挑発するように手招きを行った。


 くいくいっとドヤ顔で手招きを行うシエルを見てカーミラは堪忍袋の緒が切れた。


「結界を解いたことを後悔するがいいわ、小娘ェッ!!!」


 翼を大きく広げてカーミラはシエルに向かって鷹のように急降下する。その速度は常人では決して捉えられないだろうが、シエルは数え切れないくらい師匠エルとの戦闘で見ている。神速に至る師匠の剣技を。


 それに比べればカーミラの速度など児戯に等しい。シエルは激流を制する静水のように突撃してきたカーミラの攻撃を受け流すと彼女の手を取り、その勢いを逆に利用して地面へと叩きつけた。


「ぐがぁッ!?」

「柔よく剛を制す! そして、これがァ!!! 力の解放です!!!」


 そう言ってシエルは地面に仰向けで倒れているカーミラに向かって、力強く握りしめた拳に膨大な闘気を纏わせて振り上げる。そして、一切の加減なく叩きつけた。

 まるで特大の鉄球が落下したような轟音が響き渡る。その衝撃は計り知れない。シエルが叩きつけた拳はカーミラの腹部を貫通して魔王城の床を破壊して二人は下の階層へと落ちていった。


 シエルは綺麗に着地してカーミラへと目を向ける。彼女は白目を向いて倒れていたが、すぐに正気を取り戻した。


「はッ!? こ、ここは!?」

「ここは下の階層ですよ」

「なんじゃと!?」


 シエルの言葉を聞いてカーミラは天井を見上げる。すると、そこにはぽっかり大穴が開いており、上から落ちてきたと分かる。そして、同時にシエルが床を破壊したのだと戦慄に震えた。


「(ば、化け物か! 魔王様が御造りされた城をこうも簡単に破壊するとは!)」


 魔王が作り上げた城はそう簡単に壊れるようなものではない。それをああまで壊したシエルの破壊力は称賛に値するだろう。


「さあ、そろそろ決着を付けましょうか?」

「ぐく……! ちょ、調子に乗るでない、小娘が! これを受けても平気でいられると思うなッ!」


 カーミラは霧状に変化して幻影魔法を放った。

 一度はライを追い込んだ魔法だ。もっとも、当時のライは心身共に弱かったこともあるが、彼女の幻影魔法は精神を大きく揺さぶる非常に強力は精神攻撃である。


「これは……?」


 結界を張るよりも前にカーミラの幻影魔法を受けてしまったシエルは自身のトラウマと対面する。聖女候補として聖女になるために毎日辛い修業に苦しんでいた日々がシエルを襲った。


「ハハハハハハッ! それがお前のトラウマか! 人間は脆く弱い生き物じゃ! 過去のトラウマに囚われて無様に泣き叫ぶがいい!」

「…………」


 恐らくシエルは体感時間で何十時間と己のトラウマを見ている頃だろう。無防備であるがカーミラは近づかない。心が完全に壊れるまでは静観しておくつもりだった。


 だが、それは叶わない。


「なんだ。この程度ですか」

「は?」

「どうしたんですか? もしかして先程の魔法が貴女の切り札でしたか?」

「ば、馬鹿な! 何故、平然としておる! あの魔法はライでさえもそう簡単に破れなかったのに!」

「簡単な話ですよ。私のトラウマを再現したのでしょうけど……既に私は悟っています。あの苦悩の日々はライさんと出会うためにあったのだと!」

「はあ? 何を馬鹿なことを!」

「馬鹿とは心外ですね。私は愛を知りました。ならば、あの日々も愛おしいものです。全ては繋がる。ライさんと出会うためのものだったという事と考えればトラウマではありません」

「(ダ、ダメじゃ。この女に何を言っても通じん! に、逃げるか? しかし、逃げた所で妾は一生こいつらに怯えて生きなければならぬ。それだけは嫌じゃ! もう……どうすることも出来ん。魔法も物理も、そして精神でさえもこの女には勝てん……)」


 もう勝ち目がないと悟ったカーミラは心がぽっきりと折れる。自身の全てをシエルにぶつけても勝てないと分かったカーミラは逃げの一択しかないと考えていた。


「どうしました。もう終わりですか?」

「……妾の負けじゃ。殺せ」

「…………」


 目を瞑り両手を広げて体を差し出すようなカーミラにシエルはゆっくりと近づいた。

 そして、カーミラの目の前にまで来たシエルはただ一言。


「では、遠慮なく」

「す、少しは慈悲を――」

「散々ライさんを痛めつけた貴女に一切の慈悲はありません! 容赦なく、徹底的に、そして完膚なきまでに貴女を殴ります!!!」

「なあッ!? い、嫌じゃ! それなら――」


 殴り殺されると知ったカーミラは最後の悪あがきと言わんばかりに蝙蝠に変化して逃げ出した。

 しかし、シエルが背中に背負っていた聖杖ルナリスを床に突き刺すと結界が発生して二人を囲んだ。

 その結界に阻まれてカーミラは逃げることが出来ずに、それどころか変化が解けて元の姿に戻ってしまう。


「ま、待て! この身をライに捧げる! だから、許し――」

「クソババアが入る余地なんてあるわけないでしょう! たとえ、神様仏様お天道様が許そうとも私が許しません。塵一つ残らず砕け散れ!!! 聖女殺戮無尽撃ッ!!!」


 地面を陥没させるほどの踏み込みでカーミラの懐へ侵入したシエルは乱打ラッシュ乱打ラッシュ乱打ラッシュの息を吐かせぬ無限の乱れ打ち。

 結界により逃げ場を無くしたカーミラはボコボコに殴られる。再生するがより苦しむだけ。しかも、息をもかせぬ無限の乱れ打ちにカーミラが再生する速さを超えて体が破壊されていく。


「ダダダダダダダダダダダダッ、ダーンッ!!!」


 最後のフィニッシュと言わんばかりにシエルは全力でカーミラを殴りつけて結界の外へと吹き飛ばした。


 そして、吹き飛んだカーミラに背中を向けて両手を組んで叫んだ。


「爆殺ッ!!!」


 その言葉と共にカーミラの肉体は文字通り爆発した。勿論、再生することが出来ないくらい塵一つ、髪の毛一本すら残らず彼女の肉体は焼失したのだった。

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