第134話 ゴリラ覚醒

 時は少し遡り、シエルがカーミラと激闘を繰り広げていた頃、アリサもサイフォスと激闘を繰り広げていた。

 サイフォスはドワーフが作った双斧を両手にシエルの聖剣イグニスレイドと互角に渡り合っている。とはいえ、サイフォスの双斧には特別な能力はなく、単純に耐久性だけが高い。

 サイフォスの全力に耐えるものという注文だったからだ。彼は四天王の中でも一番力が強く、中々自分に合った武器を持っていなかった。


 しかし、今回ドワーフによって満足のいく武器が手に入った。これで聖剣が相手だろうと魔剣が相手だろうと互角に戦うことが出来る。

 ただ互角に戦うことが出来ると言っても必ず勝てるわけではない。


「くッ……。ここまで腕を上げていたか!」

「当たり前でしょ! あれからどんだけ時間があったと思うのよ!」


 互角ではあるがサイフォスは若干押されている。勿論、手加減などしているわけではない。最初から全力であり、以前のように体毛の一部が赤く染まり、赤黒い稲妻をサイフォスは纏っていた。

 それと同じようにアリサも黄金の闘気を全力で展開している。前回はいい勝負をしていたが、成長限界が近かったサイフォスと成長速度が凄まじいアリサとでは実力に差が生まれ始めていた。


 元々、天才肌のアリサだったがライの持つ魔剣ブラドと契約したことにより、その才能をさらに飛躍させた。精神世界で魔剣ブラドと地獄の特訓を行ったのだ。

 ブラドは過去の所有者を再現させることが出来る。そんな過去の英霊を相手にアリサは毎日のように戦っていたのだ。強くならないわけがない。


 盗める技術モノは盗み、改良できるところがあれば自身の体や能力に合わせて改良し、さらなる進化を遂げている。

 さらには黄金の闘気の制御に、毎日の実戦という名の訓練。シエルとライがいるおかげで怪我を恐れることなく戦い続けたのだ。


 凄まじいまでに成長したのは当然であろう。それこそ、サイフォスを上回るくらいは。


「づぅッ!」

「アンタは強いわ。本当に。でも、相手が悪かったの。私が天才美少女勇者だったばかりにアンタは負けるの」

「く……ッ! 舐めるな! 私は魔王軍四天王サイフォスだ! それこそお前が生まれる前から戦い続け、この地位にいる! そう簡単に負けてなるものか!」

「だから、なによ! たかが十数年しか生きていない小娘に負けるのが嫌だったってわけ? はッ! バカじゃないの! 時代は移り行くものよ! アンタは負けるの! この私にね!」

「ぐぅおおおおおおッ!」


 サイフォスの攻撃を潜り抜けてアリサが聖剣を振るい、サイフォスを大きく吹き飛ばした。

 咆哮を上げながらサイフォスは吹き飛んでいき壁に激突する。背中をぶつけたサイフォスは堪らず息を吐いた。


「カハッ……!」

「トドメよッ!!!」


 壁にぶつかったサイフォスにアリサが止めを刺そうと聖剣を真っすぐに向けて迫る。それを見たサイフォスは目を見開き、壁に埋まっていた体を無理矢理動かしてギリギリで避けた。

 とはいえ、まだ窮地を脱したわけではない。体勢は崩れたままでアリサへ顔を向けるサイフォスと彼女の目が合う。

 その瞳に慈悲の色は移っていない。獲物を狙う猛禽類のような目をしているアリサは壁から剣を引き抜きサイフォスへと襲い掛かった。


「お、おおおおおおおおッ!」


 サイフォスは上段から振り下ろしてくるアリサの聖剣を不安定な体勢のままで受け止める。双斧が聖剣を受け止めて嫌な金属音を鳴らしていた。

 歯を食いしばりアリサの聖剣を受け止めているサイフォスの表情は苦しそうにしていた。


「はあああああああああッ!!!」

「ぬぅうううおおおおおッ!!!」


 アリサがさらに力を込めて聖剣を押し込んでいく。負けじとサイフォスも雄叫びを上げながらアリサの聖剣を押し返す。

 しかし、体勢的に不利であり、黄金の闘気を完全に制御しているアリサの力は凄まじく、徐々にサイフォスの双斧は押されていった。


「(ぐぅ……! このままでは斬られる!)」


 完全に押し負けていることを理解しているサイフォスは内心焦っていた。このままでは斬られてしまうと。

 しかし、どうすることも出来ない。起死回生の一手でもなければサイフォスはアリサに斬られて終わりだろう。


「(やはり、もうアレを使うしかないか……)」


 当然、サイフォスは奥の手を残していた。だが、使うのを躊躇っている。


「(考えている時間はない。勇者アリサに勝つには私も命を賭けよう!)」


 覚悟が決まったサイフォスは力を弱めてアリサの聖剣を受けてしまう。突然、力を抜いたことに気が付いたアリサは目を見開いて驚いたが、容赦はしないと一気に畳みかける。


 だが、サイフォスが双斧を投げつけてきてアリサは少しだけ動きを止めてしまう。その少しがサイフォスには重要だった。

 瀕死の体にサイフォスは鞭を打ち、心臓部分へ自身の指を突き刺した。


 それを見ていたアリサは理解不能なサイフォスの行動に声を上げてしまう。


「な、何やってんのよ!?」

「すぐに分かるさ……」


 その言葉を発した後にサイフォスの体が脈動する。ドクンドクンと揺れていたサイフォスの体が突然止まった。

 死んだのかと怪訝そうな顔をするアリサだったが、彼女は嫌な予感が全身を襲い、サイフォスへと斬りかかった。


 だが、もう遅い。


 サイフォスは天に向かって怒号を放つ。その声量は凄まじく周囲を吹き飛ばすほどの威力であった。

 すかさずアリサは防御したが衝撃耐えられず、後ろへ飛ばされる。サイフォスから大きく離れた場所で止まったアリサは冷や汗をかいていた。


「まさか、まだ奥の手を残していたなんてね……」


 白く美しかったサイフォスの毛並みは全て真っ黒に染まり、アリサに斬られていた傷もふさがっている。それだけでなく、両腕には稲妻のような黄色い模様が刻まれていた。

 その腕にはバチバチと電気が迸っており、サイフォスの目は真っ赤に染まり、アリサを見て咆哮を上げた。


「ガァァオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 正気を失い、完全に獣へとその身を落としたサイフォスは破壊の化身となる。目にも止まらぬスピードでアリサへと近づ、その電気を纏わせた拳を叩きつけた。


 受けるのは不味いと思ったアリサは後ろへ大きく飛んで避けると、その予想は正しかったらしくサイフォスが殴った箇所は爆発でも起こしたかのように吹き飛んだ。


「力を隠してたわけ? 随分と舐めたことしてくれるじゃない!」

「グゥルルルル……」

「ああ、もしかして隠してたんじゃなくて、躊躇ってたのね。理性を失うから」

「ゴオアアアアアアアアアッ!!!」


 言葉を発さなくなったサイフォスは行動で示す。獣のように四足歩行でアリサの元へと迫る。

 それに対してアリサは聖剣を構えて叫ぶ。


「リミッターを解除したってわけよね! なら、私が引導を渡してあげるわ!」


 自身の方へと迫り来るサイフォスに向かってアリサも駆け出すのだった。

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