第135話 また一つ強くなってしまった

 激突する二人。アリサの振るった剣がサイフォスの腕に食い込んだが断ち切ることは叶わなかった。

 まさか、斬ることが出来ないとは思えなあったアリサは動揺して固まってしまう。すると、正気を失っていようとも闘争本能からかサイフォスは動揺して一瞬動きを止めたアリサを殴り飛ばした。


「ぐッ……!」


 物凄い力で殴り飛ばされたアリサは地面を何度かバウンドして止まる。かろうじて擦り傷程度で済んでいるが、これが以前のアリサなら間違いなく骨折どころでは済まないだろう。


「折れてないだけマシね。それにしても……随分とまあ固くなっちゃって。これは斬るのに苦労しそうね」


 凶暴になっただけでなく肉体の硬度まで跳ね上がっているサイフォス。一体どのような原理があるのだろうかとアリサは考える。サイフォスがゴリラだからということはないだろう。あるとすれば獣人族ということだけ。

 しかし、獣人族についてアリサはほとんど生態を知らない。人を食べることくらいと身体能力に優れているということ以外は何も知らないのだ。


 もしかしたら、先程の動作が鍵になっているのかもしれないとアリサは予想する。先程、サイフォスが心臓部分に指を突き刺す動作が獣人族の秘儀なのかもしれないと考えた。


「(さっきのアレが獣人族の秘められた力を解放するとかなのかしら? 理性を失っているのをみると当たりだと思うんだけど……)」


 色々と考えるが何が正しいかは分からない。とりあえず、答えは後にして今はサイフォスを倒すことに専念するアリサは剣を構えた。


 実を言うとアリサの考えは正しかった。先程、サイフォスが行った動作は獣人族の中でも選ばれた者にしか使えない秘儀中の秘儀である。

 使えば自身の中に眠る野生の力を全て解放し、目の前の敵を殲滅すると言われているが代償として理性を失い、破壊の化身となり力尽きぬまで倒れない。


 つまり、諸刃の剣である。切り札とも言えるが、代償が大きく、敵味方問わずに暴れるので厄介な代物であった。

 とはいえだ。使わなければサイフォスがアリサに敗北していたのは違いない。ならば、多少の犠牲は覚悟の上だったのだろう。


「ゴォオオオオアアアアアアッ!」

「チッ。鬱陶しいわね!」


 天に向かって怒号を放つサイフォスにアリサは顔を顰める。その声量が凄まじいので鼓膜が破れかねないのだ。しかも、周囲を吹き飛ばすほどの衝撃波も同時に放っているので余計に鬱陶しい。


 怒号を放ち終えるとサイフォスはアリサへと顔を向ける。獲物を発見したサイフォスは床を破壊しながらアリサへと向かって突っ込んだ。

 アリサは向かってくるサイフォスに対して聖剣を振り抜き、一刀両断しようとしたがサイフォスの両腕に阻まれてしまう。


「どんだけ固いのよッ!」

「ガアアアアアアアッ!」


 聖剣を弾き返したサイフォスは体勢を崩したアリサに向かって拳を叩きつける。咄嗟に避けるアリサだがサイフォスの腕に纏わりついている電気が体に触れてしまい痺れて動けなくなる。


「なッ! こんのッ!」


 ほんの一瞬だが痺れて動けなくなったアリサにサイフォスは体当たりをする。直撃する寸前で痺れは解けたが体当たりを避けることが出来ずにアリサは吹き飛んでしまう。

 計り知れない衝撃にアリサは宙を舞い、何度も地面を跳ねてから止まった。


「ぐ……!」


 黄金の闘気で体を守っているが、何度もサイフォスの攻撃を受けていては流石に不味い。アリサは立ち上がろうとした時、僅かに身体の異変を感じ取った。


「(これはどこかにヒビが入ったわね。くそ。油断したつもりはなかったんだけど……)」


 内心で悪態を吐くアリサは痛む箇所を押さえる。痛みに顔を顰めているアリサに対してサイフォスは再び襲い掛かる。一切の慈悲など無くサイフォスはアリサへと距離を詰めた。


 すぐ傍にまで来たサイフォスにアリサは迎撃に出る。聖剣を振るいサイフォスを斬るが止まらない。サイフォスは理性を失っているので痛覚すら鈍くなっていたのだ。


 そもそも何度も斬っているアリサは理解しておくべきだった。サイフォスは既に生半可な攻撃では止まらないことを。

 アリサの懐へと足を踏み入れたサイフォスはその巨大な拳を彼女の腹部へと叩き込んだ。


「カハッ……!」


 これにはアリサも堪らず吐血する。今の一撃で内臓をやられたらしい。アリサは放物線を描くように宙を舞い地面へと落下した。

 地面に叩きつけられたアリサは意識が飛びそうになったが、なんとか持ち堪えてサイフォスへと目を向ける。しかし、サイフォスの姿はどこにもない。


 一体どこへ行ったのかとアリサが顔を動かすと、上からサイフォスが降ってくる。それに気が付いたアリサは咄嗟に横へ転がるようにしてサイフォスの攻撃を避けた。

 だが、サイフォスが地面に着地した衝撃でアリサはまたも吹き飛ぶ。ゴロゴロとアリサは地面を転がった。


「不味いわね……」


 油断も慢心もしていなかったが予想以上にサイフォスが強くなっている。このままではアリサは負けてしまうだろう。サイフォスのように起死回生の一手が欲しい所だ。


「ふぅ……。まあ、そんなのないんだけどね」


 立ち上がるアリサ。彼女には起死回生の一手などない。そもそも奥の手など彼女にはないのだ。いいや、必要ないと言った方がいい。

 なにせ、アリサは自他ともに認める天才だ。ならば、窮地に立たされたところでどうという事はない。


「斬れないわけじゃない。ただ固くなっただけ。なら、私が一段階ギアを上げればいいだけよ」


 そう言って彼女は目を閉じて集中する。当然、そのような無防備状態になったアリサをサイフォスが見逃すはずがない。サイフォスは猛スピードでアリサへと駆け出した。


 一方、目を閉じて集中し、精神を研ぎ澄ませているアリサ。

 そして、アリサは明鏡止水へと至る。一切の邪念なくアリサは聖剣を静かに構えて迫り来るサイフォスと相対する。


 聖剣を構えたアリサに向かってサイフォスが飛び掛かる。後少しでサイフォスの攻撃が当たるかと思われた時、アリサは動いた。

 ほんの一瞬、刹那の時間。アリサの斬撃がサイフォスを斬り裂いた。


 アリサに飛び掛かったサイフォスは彼女を通り過ぎてしまいピタリと止まる。それと同じくアリサは聖剣を鞘にしまい、勝負がついたようにピタリと動きを止めた。


「感謝するわ。私はまた強くなった」


 その言葉と同時にサイフォスの体が頭から股にかけて二つに割れるのだった。

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