第136話 崖っぷち

 シエルとアリサがそれぞれ因縁の相手であるカーミラとサイフォスを倒している頃、ライは仇であるヴィクターと死闘を繰り広げていた。

 ライはスカーネルによって腐敗の呪いを掛けられており、弱体化しているせいもあって少しばかり苦戦を強いられていた。


「ぐく……ッ!」

「どうした! 先程から動きが鈍くなっているぞ!」

「ほざけ! このくらい屁でもないわ!」

「フハハハハ! そうは言うが技の切れも落ちてきているのは誤魔化せんぞ!」


 ヴィクターの言うとおりライの動きは鈍くなる一方だった。どういうわけか腐敗の呪いはスカーネルの怨念を写しているのか、どんどん強くなっている。

 内臓が腐り、骨が溶け、肉が爛れていく。その進行具合はヴィクターとの戦いの最中に増していったのだ。


『再生を上回る勢いだ……! 一体何が……』

『どうにかならないのですか!?』

『分からぬ。我もこのような現象は初めてなのだ。もしや、主の体に比例して呪いも強化されていると言うのか……?』


 何千年と生きてきたブラドでもライの身に起きている現象については一切心当たりが無い。そもそも腐敗の呪いを受けた時点で全身に激痛が走り、満足に立っていることすら不可能なレベルの呪いなのだ。

 しかし、ライは魔剣と聖剣の影響を受けており、常人よりも頑強であり、尚且つ身体が腐ろうともすぐに再生することが出来る。それゆえ腐敗の呪いなど意味が無かったのだが、ここに来て腐敗の呪いが強さを増したのだ。


 全く以って理解できない事態にブラドもエルレシオンも焦っている。


 呪いだけでも厄介だというのに契約主であるライはそれを仲間に隠して戦っている。しかも、敵には呪われている事を知られているという最悪な状況だ。

 そのせいでライは苦戦を強いられているのだから、助言しか出来ない二人は歯痒くて仕方がないだろう。


「おおおおおおおおおおッ!!!」

「ハハハハ! 吼えた所で呪いは消えんぞ!」

「ぐ、ガァッ!」


 踏み出した足が腐り落ちて体勢が崩れてしまうライにヴィクターは容赦なく剣を振るった。

 体勢が崩れていたライは思うように身体が動かず、ヴィクターの攻撃をモロに受けてしまう。真っ赤な血がライの体から噴き出してヴィクターの鎧を赤く染めた。


「ゴプッ……!」


 それと同時に腐敗の呪いが体内を腐らせライは盛大に吐血する。当然、そのような絶好の機会をヴィクターが見逃すわけがない。血を吐いたライへヴィクターは蹴りを放ち、ライを壁に向かって蹴り飛ばした。

 矢のように飛んでいくライは壁に勢い良く激突する。堪らぬ衝撃に口から血を撒き散らすライはその場に崩れ落ちた。


「く、くそ……!」


 すかさず立ち上がろうとするものの腐敗の呪いは強くライの手足を腐らせる。思うように動かせない体にライは歯噛みする。どうすることも出来ない事に苛立ちを覚えている所へヴィクターが迫って来た。


 急いで立ち上がろうとするライだが、いかんせん腐敗の呪いが邪魔をする。足の付け根が腐り落ちてしまい、立ち上がった瞬間にライは体勢を崩してしまった。

 すぐに再生するのだが、その一秒にも満たない時間が致命的である。ほんの僅かな隙をヴィクターが狙いを定めてきた。


 迎撃に出るライだが、少しばかり遅い。ヴィクターの剣がライの肩から腰にかけて一本線を作った。

 そこから血が噴き出して倒れそうになるライは寸前のところで剣を地面に刺して体を支えた。


「ぐ……」

「頭さえ破壊してしまえばお前は再生できないだろう!」


 剣を支えにしているライへ向かってヴィクターは剣を振り下ろす。ヴィクターの言うとおり、ライは頭部を破壊されれば再生することが出来ない。意識さえ保っていれば再生は出来るのだが頭部を一撃で破壊されればライも死ぬ。


 流石にこれは不味いとライも障壁を張って身を守ったがヴィクターの剣は障壁を破壊した。

 とはいえ、ほんの少しでも時間を稼ぐ事が出来たのでライはその隙にヴィクターから離れて距離を取った。


「ハア……ハア……!」

「苦しそうだな、ライ。腐敗の呪いはやはり重荷か」

「うるせえよ……」


 強がって入るがヴィクターが指摘したとおり、今のライはかなり辛い状況である。腐敗の呪いはどんどん強さを増しており、絶え間なく襲ってくる激痛と予想できない箇所を腐らせる。ライもまさかここまで厄介だとは思っていなかった。


「(くそ……! 闘気も魔力も消費するし、痛みはずっとあるし、戦ってる最中に足や腕がいきなり腐り落ちるのはやりすぎだろう!)」

『本来ならここまでではないのだが……』

「(じゃあ、スカーネルの怨念ってか?)」

『う~む……分からぬ。主よ、すまぬ』

「(いいよ。ブラドが悪いわけじゃないんだ。今回は俺のせいでもあるし)」


 スカーネルと戦っているときは両親を死霊に変えられて怒り狂っていたが敵を侮っていたわけではない。ただ、スカーネルが最後の最後で予想外の事をしてきただけ。

 しかし、いたぶることなくもっと早くに決着ケリをつけておけば話は違ったかもしれないが、それはたらればの話だ。今更、悩んでも仕方がないだろう。


「どうした? 来ないのならこちらから行くぞ!」

「かかってこいよ! 返り討ちにしてやる!」


 と、虚勢を張るも今尚続く激痛に腐敗のせいで体はボロボロ。常に再生を掛けているが、いつ呪いが再生を上回ってもおかしくない。はっきり言って崖っぷちに立たされているような状況だ。後一つでも間違いがあればライは負けてしまうだろう。


『マスター……』

「おら、どうした! 来ないのか!!!」

「(明らかに強がっている。魔力の減少速度が戦う前よりも上がっている。恐らくだが、腐敗の呪いが進行しているのだろう。スカーネルには感謝しかない)」


 魔人族であるヴィクターは魔力を視ることが出来る。ゆえにライの魔力が減少傾向にあるのを見抜いていた。そして、事前に魔王から情報を貰っていた事で、それがスカーネルによる腐敗の呪いが原因である事も。

 だからこそ、ヴィクターは強気に出る。情けない話であるが今の弱体化したライになら勝てると思って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る