第137話 もういいじゃないか
ヴィクターは明らかに弱っているライへ向かって魔法を放つ。ライは飛んでくる魔法を剣で斬り裂くと、ヴィクターへ向かって足を踏み出すが膝から崩れ落ちた。
転んだライは足元を見ると腐っているのを確認した。致命的な隙を生んでしまったことに歯噛みして顔を歪ませる。
するとそこへ影が差す。ヴィクターだ。彼はライが倒れた所へ、近づき容赦なく剣を振り下ろす。咄嗟に剣を盾代わりにしてヴィクターの攻撃を防ぐが、今度は腕が腐り落ちてしまう。
すぐに再生はするが片腕が一瞬だけでも使えなくなった隙は大き過ぎた。ヴィクターの剣が再びライの体を斬り裂いたのだった。
「ぐ、が……ッ!」
そのまま一気に畳みかけようとするヴィクターだがそう簡単にはいかない。ライはすぐに体勢を整え直してヴィクターへと打って出た。
身体は完全に再生しており、万全の状態となっている。が、すぐに腐敗の呪いで体勢が崩れてしまう。
「ぎッ……!?」
「好機ッ! くらえッ!!!」
「ぐがああああああああああ!!!」
体勢が崩れて所にヴィクターがすかさず攻撃を仕掛けてライを切り刻む。意識が持っていかれそうになるライだがなんとか持ち堪えて体勢を戻すが、そこをヴィクターに魔法で吹き飛ばされてしまう。
宙を舞うライは身を翻して着地を試みるが腐敗の呪いで片足が腐り落ちてしまい着地に失敗する。ゴロゴロと不格好に地面をライは転がった。
「ハア……ハア……」
仰向けに倒れているライはヴィクターを睨みつけるが、その姿はあまりにも弱弱しい。はっきり言って既に負けが決まっているようなものだ。
地面に倒れ伏し見上げているのはライ。そして、そんなライを見下ろしているのはヴィクター。どこからどう見ても勝負は既についてるようにしか見えない。
誰が見てもヴィクターが勝者だと疑う事はないだろう。
しかし、まだライは諦めていない。魔力も闘気も残り半分を切ったがまだ負けてはいない。なにせ、まだ死んではいないのだから。
ならば、勝負はまだついていない。まだ終わりではない。生きている限り終わりではないのだ。
たとえ、泥に塗れようとも、血反吐を吐こうとも、死んでいないのだから勝負は分からない。
とはいえ、ライが立ち上がろうと力を込めると、その箇所から腐っていく。まるで本当にスカーネルの怨念がそうしているかのようだ。
忌々しい事この上ないがどうすることも出来ない。それでもどうにかしなければライに勝ち目はないだろう。
「もう諦めたらどうだ?」
「なんだと……?」
「だから、もう諦めたらどうだと言ったのだ。お前は十分によくやった。たった一人で魔王軍をここまで追い詰めたのだ。もう十分ではないか。復讐したい気持ちは分からなくもない。だが、人間はいずれ遅かれ早かれ死ぬだろう? それこそ事故や病気といったものから自然災害といった多岐のものに渡って」
確かにそれはその通りだ。ヴィクターの言うようにいずれ人は死ぬ。
しかし、他者によって理不尽にその人生を終えていいわけがない。命を踏みにじっていいわけではないのだ。
「ならば、今回の事はもう忘れたらどうだ。運が悪かったと。それでいいだろう? お前はあの女達とどこかでひっそり暮らせばいい。そうすれば苦しみからは解放されるはずだ。なのに、何故そこまで両親の敵討ちに拘る? 先程も言ったがお前の両親はお前よりどうせ先に死ぬ定めだったのだろう? それが早かっただけではないか」
「お前、本気で言ってるのか?」
「そうだとも。お互いにこれ以上は不毛な戦いであろう。お前の呪いはどうやっても解けぬ。それ以上戦っても死ぬだけだ。それなら、ここらで終わりにして、我等に手を出さないと誓ってくれるなら我等もお前を見逃す。勿論、お前の伴侶や家族もだ」
「ふざけてるのか……? 今更そんなこと……! 俺を怒らせるのもいい加減にしろ! そもそも最初にお前が約束を守ってくれていたら、こうはならなかっただろうが! それなのに、今更過去の事はお互い忘れて水に流しましょう、だ? どこまで人をコケにすれば気が済むんだ、テメエらはッ!!!」
もはや、我慢ならなかった。やはり、魔族と人間では考え方が違うのだとライは改めて思った。
しかし、それは違う。人でも同じことだ。単純にライの価値観とヴィクターの価値観が違うだけで魔族全体が同じとは限らない。そこだけはライも分からなかった。
懸命に立ち上がるライは剣を杖代わりにしてようやく立ち上がった。腐敗の呪いが進行すると同時に体を再生させて肉体は強化されるのだが、それと一緒に呪いまで強化されていく。
『そうか。ようやくわかったぞ。主の体は我の再生能力で変質しているせいか呪いも変質しつつあるのだ!』
『それがこの進行の早さですか』
『ああ……。だが、問題が解決したわけではない』
『ええ。再生速度と同等の速度で腐敗の呪いが進行しています。このままではいずれ……』
『幸いなのは頭に呪いが影響していない事か……』
『恐らくですがマスターの本能が守っているのでしょう。ですが、戦闘の真っ最中に手足が腐るのは非常に不利ですね』
『うむ。それさえどうにか出来れば……』
原因はわかったが解決策は何もない。結局のところ、頼りになるのはライの底力だけというわけだった。
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