第138話 禍を転じて福と為す
腐敗の呪いで辛いだろうに立ち上がる姿を目にしたヴィクターは称賛すら覚えるが、やはりどうあっても戦うことを止めないライに辟易する。
もう既に虫の息に近い。放っておいても腐敗の呪いによって死ぬのは間違いないだろう。
しかし、これまでの事を思い返すとライは死の淵から蘇る度に強くなっている。ならば、ここで早急に止めを刺しておくのが最善であろうとヴィクターは剣を振り上げた。
「お前は確実に息の根を止めておかねばどうなるか分かったものではないからな。首を刎ねても死なないことは既に知っている。だから、頭を完全に破壊してやる」
これ以上強くなられると本当に手が付けられなくなるとヴィクターは剣をライの頭に叩き込んだ。
無論、ライは抵抗する。頭目掛けて振り下ろされた剣を魔剣と聖剣で受け止める。だが、やはり腐敗の呪いが邪魔をした。
ライが身体強化を施して腕を強化すると腐敗の呪いが侵食して腕が腐り落ち、抵抗虚しくライの頭部に剣が叩き込まれた。
声すら出せずにライは崩れ落ちる。完全に意識を失ってはいないが視界は朧気で手足にも力が入らない。なんとかしようと必死に身体を動かしているが、もう見苦しいだけだ。これ以上、時間を掛ければライが蘇ってしまうかもしれないとヴィクターは極大の火炎魔法を放った。
迫り来る魔法を見てライは走馬灯が脳裏をよぎる。思い出すことは出来ないが確かにライの脳には鮮明に記憶が刻まれている。生まれてから今までの事がだ。
見返りを求めず無償の愛を注いでくれた両親。
ほろ苦い思い出であるが幼馴染との恋物語。
すべてが狂い始めた起源にして原点の日。
それから歩き始めた復讐の旅路。
そして、愛を知り、二人の為に生きるのを誓ったこと。
「(ああ…………)」
そうだ。確かに自分は復讐から始まった。だから、それだけでここまで来た。
憎悪の炎に身を焦がし、数え切れないくらい傷つき、ただ仇を討つためだけに歩み続けて来たのだ。
だが、今はそれだけではない。
未来を、二人との明日を掴み取るために戦うことを新たに誓ったのだ。であれば、このような所で終わっていいわけがない。終わらせていいわけがない。
それにだ。まだ復讐を成し遂げていない。ここで諦めていいはずがないのだ。負けを受け入れることは復讐も二人との未来も諦めるという事だ。
それだけは決して許してはならない。
たとえ、この身が朽ち果てようとも、この魂が燃え尽きようとも、己が誓った信念だけは守らねばならぬ。
炎が宿る。ライの瞳に再び光が灯った。倒れ伏し迫り来る魔法に飲み込まれるライ。
だが、それがどうしたとライは力を込める。勿論、再生を絶え間なく行い、腐り落ちる足で立ち上がる。当然、腐敗の呪いが足先から手の先まで腐らせてライの命を刈り取ろうとした。
それに対してライは砕けんばかりに歯を噛み、一歩また一歩と足を踏み出す。歩くたびに足が腐り、何度も倒れそうになるが、それと同じくらい再生を行い、歩みを止めなかった。
「(終われるか。終わって堪るか。終わっていいわけがない!!!)」
爆炎の中、ライは腐敗と再生を繰り返していた。
「(あの日からずっと苦しく、辛く、悲しみを抱えて生きて来たんだ。今更、この程度の呪いで立ち止まれるか! 飲み込んでやる。歯を食いしばれ、腹に力を入れろ、踏ん張るんだ、俺! 今までだってずっとそうだっただろう!!! ピンチはチャンスだと母さんに教わった! 耐え忍ぶことを父さんに教わったんだ! 俺なら出来る!!! 出来るとも! ああ、そうだ!!! 俺に不可能なんてないッ!!!)」
ライの覚悟が、信念が、思いが呪いを克服する。否、それだけではない。禍を転じて福と為す。魔力と闘気を放出し、再生と腐敗を繰り返していたライの体は崩壊手前まで壊れたが殻を破るように進化した。
爆炎が渦を巻くように消えていく。その摩訶不思議な光景にヴィクターは目を丸くする。一体何が起きたのだろうかと見詰めていたら、全裸であるが万全状態のライがいた。
「バ、バカなッ!? 確かに頭部を破壊したはずだ! 一体何が……! 何なのだ、お前は!」
悪夢のような光景に戦慄するヴィクターは恐怖から後退りをしていた。
『な、なんだ、これは!?』
『活性化!? 肉体が、いいえ、細胞の一つ一つが活性化しています!』
『それだけではない。魔力が闘気が全身余すところなく補っている!』
『まさに最高の肉体……! いや、その程度ではありませんね。史上最高の肉体でしょう。神々すら見惚れる肉体ですよ! ここまでの戦士は過去にも未来にもいないでしょう!』
『ああ。我等も悠久の時を見てきたが、主以上の肉体を持った人間も魔族もいない。空前絶後の最強戦士といっても過言ではないぞ!!!』
ライの肉体は度重なる再生と腐敗を繰り返したおかげで際限なく強化されていった。しかし、それだけでなくライは極僅かながらも周囲から魔力や闘気を吸収していたことも一つの要因になっていた。
自然界の魔力や闘気を微量であるがライは取り込み、自身の糧としていたのだが、そこへダメ押しとばかりにヴィクターの魔法だ。
本来ならば魔法を吸収することなど出来なかったのだが、腐敗と再生を繰り返し、肉体が崩壊寸前のところにまでいったおかげで、肉体がさらなる進化をしたことによりヴィクターの魔法を吸収することが出来たのだ。
ただし、それは進化する際の副作用なもので狙って出来るわけではない。とはいえ、ライがさらに進化すれば可能性はあるかもしれない。
「ヴィクター。決着の時だ。この復讐の旅に終止符を打ち、愛する二人との未来のためにお前は邪魔だ!」
「ッ……! ぐくく……! お前はお前だけは我が命に代えても殺してやる!!!」
新たな力を手にしたライと脂汗をかいているヴィクター。恐らくこれで最後になるであろう戦いの火蓋が切られた。
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