第80話 新生物爆誕

 逃げ出したカーミラは鷲獅子の背に跨っていた。もう自身で飛行するほどの魔力も残っていない彼女はぐったりと鷲獅子の背中にもたれかかっている。

 しかし、その表情は安堵からはほど遠く、焦燥感に満溢れており、奥歯を噛み締めていた。


「一体アレはなんだったのじゃ……。魔力も感じられんかった」

「私もです。上空で見てはいましたが、先程の現象は理解できるものではありませんでした。そもそも、奴は本当に人間なのですか?」

「人間と言いたいが最早アレは別の生き物じゃ。魔族でもない、人間でもない。正真正銘の化け物じゃろ」

「確かにあのような生き物はいませんからね。化け物、納得のいく呼び方です」

「それよりも、このことを早く陛下にお伝えせねば。アレは放置しておくと危険じゃ。理性を失っているように見えたが聖女を襲わなかったことから、アレは魔族に対してだけのようじゃ。もしも、あの力を制御できるようになってしまえば……」


 そこから先は想像するだけでゾッとする話だ。身体能力で獅子の獣人ガレオンを大きく上回っていたのだ。そこに魔剣と聖剣の強化が加われば、四天王にも匹敵するだろう。いや、下手をすると魔王にも届きうるかもしれない。


 それは魔族にとっては最悪の未来だろう。


 そうなる前に手を打たねばならない。手遅れになる前に。


 カーミラと鳥人は大急ぎで魔王場へ帰還するのであった。


 ◇◇◇◇


 カーミラ達が逃げ去り、残されたライとシエルは燃え盛る森の中にいた。シエルは残っていた闘気を使って身体強化を行って、意識を失ってしまったライを背中に担いでシュナイダーの下へ走る。

 聖杖ルナリスでシュナイダーの足を治すと、すぐにシエルはライをシュナイダーの背中に乗せて自分も飛び乗る。燃え盛る森の中からとにかく抜け出さなければとシエルはシュナイダーを走らせた。


「シュナイダー。怪我が治ったばかりなのにごめんなさい! でも、今は走って!」


 言われなくとも、と言わんばかりにシュナイダーは力強く走った。燃え盛る森の中を恐れずに真っすぐ突き進む。一陣の風となりシュナイダーは森の中を駆け抜けた。本来であれば走りにくいはずなのに。それでもシュナイダーは主の為に限界を超えて森を突っ切って見せたのだ。


 森を抜けて聖国から帝国へと辿り着いた瞬間、シュナイダーが倒れてしまい、巻き込まれるようにシエルとライが背中から落ちた。まだ意識を失っているライは上手く受け身が取れない。だから、シエルはライを守るように抱きしめて落馬する。


「あぐッ……!」


 背中を強く地面に打ち付けてしまうシエル。だが、ライを守ることが出来た。その事に彼女は満足である。多少の痛みなどライがこれまでに受けた傷を考えればどうという事はない。


「うぐ……。よかった。無事ですね」


 眠っているライに傷がない事を確かめたシエルは一安心する。ライが無事なのを確認したシエルは倒れてしまったシュナイダーの下へ向かう。

 シエルが骨折を治したが、流石に今回は無茶ばかりしすぎた。燃え盛る森の中は視界も悪く足場も悪かったにも拘わらず、シュナイダーは見事に走ってくれたのだ。ただ、やはり無茶が祟ったようでシュナイダーも限界を迎えている。


「ごめんなさい、シュナイダー……」


 息も絶え絶えで倒れているシュナイダーの下に近づくシエルは悲痛に顔を歪める。シュナイダーに無理ばかりさせてしまった自分が情けないのだ、彼女は。肝心な時はいつもライかシュナイダーに任せていてばかり。

 足を引っ張ってばかりの自分は負担でしかない。今回もシュナイダーがいなければ全滅していたかもしれない。あの燃え盛る森の中、ライを担いで抜け出すことは彼女には出来なかっただろうから。


「いつも、私ばかり足手まといで……」


 ポタリ、ポタリとその綺麗な瞳からシエルは涙を零す。戦うのはライかシュナイダーばかりで自分は安全な後方で結界に閉じ籠っているだけ。悔しくて悔しくて、それ以上に情けない。自分には人類最高峰と言われる莫大な闘気があるのに、何の役にも立てない自分が憎くて仕方がなかった。


「泣かないで……」

「え……?」

「シエル。俺はシエルがいてくれてよかったよ。聖都の時もそう。今回だってシエルがいなかったらどうなってたか……。だから、そんなに自分を責めなくていいんだ。シエルは十分頑張ってる」

「ライさん……。でも、私……」

「大丈夫。俺もシュナイダーも分かってるから。俺達には出来ないことをシエルは沢山頑張ってるの知ってるから」


 目を覚ましたライは立ち上がる力こそなかったが、近くで泣いているシエルの涙を拭うくらいは出来る。彼女のすぐ傍に寝ていたライは片腕を上げてシエルの流れる涙を拭った。


「今はさ、生きてたことに笑おう。反省は後でいい。そうだろ?」

「はい…………はい!」


 シエルは涙を拭い、ライに言われた通り笑った。頬には涙の跡があったが、その笑顔は確かに美しかった。その笑顔を見てライも釣られて笑う。最後の方は朧気にしか覚えてないが、彼女が笑ってくれてよかったとライは再び眠るのであった。


「ライさん……?」


 シエルは不安そうにライに近づく。規則正しい寝息が聞こえてきてシエルはホッと胸を撫で下ろした。

 寝ているライを起こさないようにシエルは服を着せていく。途中、起きてしまいそうになるくらいのハプニングがあったがライは目を覚まさなかったので一安心するシエルであった。

 それから、シエルは回復した闘気を使ってシュナイダーを癒す。完全復活したシュナイダーは元気よく立ち上がり、二人を乗せて近くの町まで走った。

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