第81話 ライ包囲網

 町にやってきたシエルは事情を門番をしていた兵士に話した。一部嘘を吐いて少しだけ気が引けたが必要なことだと割り切った。町の中へ入ることが出来たシエルはまず宿屋を探した。ほんの少しだけ目を覚ましたライだったが、今は死んだように眠っている。

 まずは安全を確保しなければならないとシエルは宿屋を探し回る。そして、宿屋を見つけたシエルはライを担いで宿屋の中へ。


 宿の店主は怪しげな二人組に不審な目を向けたがシエルが懐から出した大量のお金を見て目を変えた。怪しげな二人組ではあるが金払いのいい客なので店主は態度を変えて対応する。

 一番上等な部屋へ案内して手を揉む店主。あからさまな変化にシエルは辟易するが、人とは現金なものだと目を瞑ることにした。

 それになにより、今はライを休めませることの方が先決である。そう考えたシエルは店主にお礼を言うのであった。


 ベッドにライを寝かせるとシエルは部屋の鍵を閉めてシュナイダーの下へ向かう。ひとまず、失ってしまった食料や水、それからライの服を購入しなければならない。

 お金だけは持っていて助かったと安堵するシエルはシュナイダーと一緒に町に買い物へ向かった。


「手持ちが大分減ってしまいましたが背に腹は代えられませんよね……」


 すっからかんとはいかないが、それに近い状態になってしまった財布を見てシエルはがっくりと頭を垂れる。しかし、落ち込んでいる暇はない。

 目を覚まさないライの代わりにシエルが頑張らないといけないのだ。顔を上げたシエルは頑張るぞ、と意気込むのであった。


 ◇◇◇◇


 ライが眠りについてから数日が経過していた頃、カーミラは魔王城へと帰還していた。彼女はライのことを報告する為に四天王を集めて、緊急会議を開く。

 突然、カーミラが緊急会議に呼び出すものだから他の四天王は大層驚いたが、カーミラの雰囲気がいつもと違う事に気がつき、気を引き締めた。


「陛下はいつ来られる?」

「今、陛下は魔界と人間界を繋ぐゲートを安定させているところだ。もうしばらくしたら来られるだろう」

「そうか。では、それまで待っていよう」

「カーミラよ。今回、我等を緊急で呼び出したがそれほどまでに急を要する事が起きたのか?」

「それをこれから話すつもりじゃ。それと最初に言っておく。サイフォスよ。ガレオンは忠臣にして良き戦士じゃった」

「…………そうか」


 カーミラから放たれた一言でサイフォスは大きく目を見開き息を吐くと、彼女が呼び出した理由を知った。

 程なくして魔王ガイアラクスが姿を現した。一同立ち上がり頭を下げる。ガイアラクスは立ち上がった四天王に座るように手を振りかざし、自分も席に着いた。


「さて、今回は珍しくカーミラから緊急会議を開くと聞いて驚いたぞ。それで、どのような報告があるのだ、カーミラよ?」

「は! 妾は陛下のご命令の下、白黒の勇者と呼ばれ、魔剣と聖剣を扱いし少年ライを始末しに赴きました所、不測の事態が発生した事をここに申します」

「不測の事態が起きたのか? それは一体どのようなものだ?」

「その、申しにくいのですが妾にも上手く説明が出来ぬ現象が起こりまして」

「構わん。申してみよ」

「は。妾はライと戦闘を行い、勝利したのですが止めを刺す前に聖女に邪魔をされてしまいました。結界を張られてしまい、先の戦闘で消耗していた妾はガレオンを呼び、結界を破壊したのですが」


 そこでカーミラは一度円卓に座っている四天王と魔王へ目を向ける。彼女はこれから続ける言葉に緊張しており、ゴクリと喉を鳴らして報告を続けた。


「聖女によって回復したライが立ち上がり、尋常ではない身体能力を発揮してガレオンを殺したのです。妾はガレオンの手によって無事に離脱し、帰還することが出来ました」

「ふむ……。カーミラよ。お前の言葉に嘘がないことは分かる。しかし、どうしても聞きたいことがある。ライは生きているのか?」


 そこが重要なのだろう。魔王ガイアラクスは真剣な目でカーミラを見つめている。カーミラも嘘をつくわけにもいかず、はっきりと告げる。


「はい。奴は生きております」

「そうか…………」


 ライが生きていると聞いたガイアラクスは背もたれに体を預けると、息を吐いた。その心情は誰にも分からなかったが、唯一分かるのはガイラクスが憂いているということだけだった。


「すまなかった」


 唐突に謝罪の言葉を述べるガイアラクスに四天王はうろたえる。一体どうしたのだと。何に対しての謝罪なのか理解できていない四天王は魔王の次の言葉を待った。


「私は歴代の魔王のように人類を侮らず、入念に情報を仕入れ、徹底的に下準備を整えているつもりだった。しかし、今はどうだ? たった一人の人間に翻弄されている。かつて勇者を侮り、戦力を小出しにして敗北した魔王と同じ轍を踏んでいるのだ。これでは私も歴代の魔王の事を馬鹿に出来ぬ」


 そして、ガイアラクスはサイフォスへ目を向けた。サイフォスは自分が何故見られているのかを理解している。ガイアラクスの言う通りならば、ガレオンが死んだ最大の原因は他の誰でもない魔王の所為だ。


「サイフォス。すまない。私の所為で部下を失わせてしまった」

「構いませぬ。私も陛下と同じく敵を侮っておりました。これは陛下だけでなく我々全体の責任かと」


 サイフォスがそう言うと、他の四天王も頷いた。どうやら、同じ気持ちだったらしい。その事にガイアラクスは感謝したようで少しだけ笑うと、顔を引き締めて宣言した。


「これより、魔王として命じる。カーミラ、人類に潜入させている諜報員にライの噂を流せ。魔剣を操りし、人類の裏切り者というレッテルを貼るのだ!」

「は! お任せを!」


 カーミラは亜人部隊の隊長であり、多くの種族を従えている。もっとも、彼女の直属の部下は吸血鬼であり、今は変化の能力を使って諜報活動をしている。その諜報員を使ってライを追い込んでいくことになる。


「サイフォス! お前は前と同じでライをあぶり出し、発見次第抹殺せよ。ヴィクター。お前は帝都への侵攻を部下に任せてライの抹殺へ向かえ。サイフォス、カーミラ、ヴィクターの三名はライの抹殺を最優先にせよ。良いか、必ず殺すのだ。ライが成長しきる前に。そして、他の勇者に合流する前にだ!」


 三人が返事をして、ガイアラクスは残ったスカーネルへ顔を向ける。


「スカーネル。死霊軍は補充が必要か?」

「キヒッ。では、強力な個体を用意して頂ければ幸いです」

「良かろう。私が魔界から仕入れてくる」

「有難き幸せ。必ずや、陛下のご期待に応えましょう。キヒヒッ!」

「うむ。では、他に何か意見がある者はいるか? いないようであれば会議は終わるが」

「陛下。ライの抹殺は我々三人だけで行えばよろしいので?」

「そうだ、サイフォス。お前達は部下に厳命しておけ。ライと無暗に戦えば魔力を吸われて糧となってしまう。それを避けるにはお前達三人のみが戦うのがよかろう」

「承知しました」

「他にはないか?」


 もう一度四天王を見回すが、誰も意見を出さないのを確認したガイアラクスは立ち上がり、会議を終えることにした。

 会議が終わるとガイアラクスは魔界へ赴き、残った四天王は魔王の命令を忠実にこなすのであった。



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