第82話 アナタのハートにズッキューン!
魔王軍の行動は早かった。カーミラの部下である吸血鬼達が変化で民衆に溶け込み、ライの噂を流した。
これに新聞というメディアの力まで加わり、各国へライの悪評が轟いた。しかも、厭らしい事に背格好や髪の色といった個人情報まで一緒に。
当然、この噂は帝都にいる勇者にも伝わった。ダリオスは新聞を広げて、その内容に目を通し、怒りを露にする。
「馬鹿げている! 何が裏切り者か! 一体どこのどいつがこのような記事を!」
「落ち着け、ダリオス。私も噂の発生源を探しているが、どうもおかしい」
「どういうことです?」
「策略的すぎる。噂が広まる早さもそうだが、何よりもここまで詳しく書けるものか。恐らくだが第三者の手によるものだろう」
すでに皇帝ノアにも回っており、彼の周りにも浸透している。ライは人類の裏切り者だと。おかげで多くの人間がライを殺すことに躍起になっている。
「つまり、魔王軍の仕業だと?」
「信じたくはないがそういうことだろう。今代の魔王は随分と嫌らしい手を使ってくる。まさか、人一人を殺すために民衆を扇動するとはな。中々の策士だよ。火消しを行おうにも聖国がこの記事に便乗して聖女誘拐の犯人だと発表した。完全にしてやられたよ……」
聖国は聖女が自ら出て行ったと言えなかったが、今回の記事によりライを悪役に仕立て上げることが出来ると喜んだ。これ幸いとライを聖女誘拐の犯人だと大々的に発表したのだ。そのおかげで聖国の不満は全てライにぶつけられ、国民が草木の根をかき分ける様にライを探している。
「くッ……! 陛下、私にライの捜索任務を与えてください!」
「出来ぬ。お前も知っているだろう? 魔王軍の進軍速度が上がったことを」
「それはそうですが……ッ! しかし、このままではライが……」
「案ずるな。別の者がすでに動いておる」
「別の者? もしや、ライの幼馴染であるミクとアルですか?」
「いいや、違う」
幼馴染の二人ではないなら一体だれがとダリオスが考えていると皇帝はニヤリと唇を釣りあげた。
「アリサだよ。彼女が立候補というより真っ先に動いた」
「なんと!? あのアリサがですか?」
「うむ。護衛を引き連れて恐らく国境付近へ向かっているだろう。なにせ、ライの噂は事欠かぬからな」
口を開けて笑う皇帝の言う通り、魔王軍が流した噂のおかげでライの報告は後を絶えないのだ。とはいえ、どれが本物かも定かではないが。ライと似たような人物が収容所に間違えて何人も捕らえられたりしている。
間違って捕まった者達からすれば迷惑な話だろう。ただ似ているだけで疑いを掛けられ捕まるのだから。
その事も相まってライを捕まえようとするそっくりさんも増えていたりする。
◇◇◇◇
「……ここもダメですね」
フードを深くかぶって物陰から町の様子を伺っているシエルは引き返していく。
今、彼女はライを町から連れ出そうとしているのだが町中に兵士がうろついており、ライを連れ出せる余裕がなかった。
なにせ、似ているだけで詰所にまで連行され尋問される。そのような状況で眠っているライを連れ出すことなど出来ない。
いくらシュナイダーの逃げ足が速かろうとも逃げ出すことは難しい。それに下手に騒ぎを起こせば魔王軍にまで見つかってしまう。
幸い、今のところ魔王軍からは上手く隠れているが、見つかるのも時間の問題だろう。
「ライさん……」
宿へ戻ったシエルは今も眠り続けているライの手を握った。深い眠りについたまま目を覚まさないライ。シエルは何度も目を覚ましますようにと祈ったが、叶う事はなかった。
いつまでも手を握っている訳にもいかず、シエルは部屋を出て行こうとする。シエルが部屋を出ようとした時、扉をノックする音が聞こえた。
宿屋の店員が尋ねてきたのだろうかとシエルは返事をすると、返ってきたのは無機質な声をする兵士だった。
「失礼。少し尋ねたことがあるのだが、よろしいか?」
「(これは……! 恐らく顔の確認でしょう。私達は顔を隠してますから、店主が通報したのでしょうか? いえ、多分違いますね。今、噂になっているライさんの捜索でしょう。いったい、どうすれば……)」
ドアノブに手をかけながらシエルは思案する。兵士が訪ねて来たのはライを探すためなのは間違いない。通報されたのではなく、片っ端から捜索をしているのだろう。それが、遂に自分達の所に来たまで。
しかし、非常に不味い状況である。肝心のライは眠りについたままで、出口はシエルの前にある扉しかない。後は窓があるだけ。ただし、ここは三階。ライを担いで飛び降りることは可能だが果たしてシエルに出来るかどうか。
「すいません。今、散らかってるので後でもよろしいでしょうか?」
「すぐに済むことですから構いません。顔を確認するだけですので」
「(やはり、目的はライさんですか……!)」
振り返るシエルはライを見詰める。何も知らずに眠り続けるライだが、彼はこれまで多くの人を救い、自身を投げ打ってでも戦い続けてきた。
そんな彼に酷い仕打ちをする連中には渡してはならないとシエルは決意する。
「少しだけ時間を貰ってもよろしいでしょうか? 少々、着替えたいので」
「時間は取らせないと言ったはずですが?」
「では、貴方は職務だからと言って踏み込んできますか? 女性が着替えると言っている部屋に」
「……わかりました。もうしばらくだけ待ちましょう」
「ありがとうございます」
それからのシエルは迅速な行動だった。彼女は荷物を纏めて背負うとライを抱き上げて窓を開ける。外を見れば壮観な光景が目に飛び込んでくるが、もう二度とこの景色を見ることはない。シエルは大きく息を吸い込んで身体強化を行う。
身体強化を行ったシエルは覚悟を決めて窓から飛び降りた。着地したシエルは衝撃が伝わらないように結界で包み込んでいたライを一瞥する。どうやら、無事だったらしい。彼の表情は変わっておらず寝息を立てている。
「ふう、上手くいきました。まだ兵士が窓から顔を出さないということは待っていてくれてるのでしょうね。ごめんなさい、真面目な兵士さん」
嘘をついてしまい、兵士の仕事を邪魔してしまったシエルは罪悪感から謝罪をするがライの為だと割り切っている。それから、すぐにシエルはシュナイダーの下へ移動してライと一緒に町を出て行こうとする。
その時、シエル達の背後から兵士が追いかけて来た。どうやら、逃げた事に気付いたようだ。シエルはシュナイダーに全速力で逃げるように頼んで、町を駆け抜けた。
だが、やはりそう簡単には町から逃げる事は出来ない。出入り口を塞がれていたのだ。ライの悪評が広がってからほとんどの町が警戒態勢を取り、出入りを厳しくしている。この町も例外ではない。出入り口を兵士で固めており、固く門で閉ざされていた。
「ッ……!」
「何者だ、お前! そんなに慌ててどこへ行こうとしている! それにどうして顔を隠しているのだ?」
「(…………このままだと後ろの兵士にも追いつかれてしまいます! ここはどうにかして逃げないと!)」
このままでは挟み撃ちにされてしまうとシエルが焦っていた時、上空から一筋の光が彼女の胸を貫く。何が起きたのか理解するのに数秒かかったシエルは自身の胸を見下ろした。
そこにはぽっかりと穴が開いており、彼女は血を吐き出す。
「ごふッ……!?」
「な、なんだッ! 何が起きたんだッ!?」
突然、目の前にいた怪しい人物の胸が光に貫かれて、馬から転げ落ちたのを見ていた兵士は慌てる。地面に倒れたシエルは一緒に転がり落ちたライの下へ這いずっていく。
「(ああ、よかった……。お怪我はありませんね…………)」
口から血を流しながら彼女は笑って目を閉じた。
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